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第四話 円卓会議


「さて」


 神城流架が口を開いた。


「知っての通り、親父が人間に喧嘩売った」


「言い方」


 ペネロペ・エマーソンが即座に突っ込む。


「間違ってないだろ」


「もう少し真面目に始められないの?」


「じゃあシェイラ、頼む」


「どうして私なの」


「得意だろ」


「あなたが招集した会議でしょう」


「細かいな」


「細かくない」


 いきなり揉め始める。


 鈴司は料理を食べている。


 アレクは酒を飲んでいる。


 アルバートは何かメモしている。


 ペネロペはそれを覗き込んでいる。


 コレットだけが静かに空を見ていた。


 シェイラが、


 とうとうテーブルを叩いた。


「真面目にやる!」


 全員が静かになった。


「はい」


 流架が素直に返事する。


「あなたね……」


「ほら、進めようぜ」


「誰のせいだと思ってるの……」


 シェイラは深呼吸する。


「状況を確認するわ」


 空気が変わった。


「三日前。アメリカのヘブンズゲートが開いた」


 アルバートが続ける。


「確認されているだけでも、天兵、神獣、複数種の異形が投入されている」


「本物の天使は?」


 ペネロペが聞く。


「確認できていない」


 答えたのはコレットだった。


「少なくとも私が把握できた範囲では、一人も」


 全員の表情が変わる。


 アレクがグラスを置いた。


「……ミカエルも?」


「いない」


「ガブリエル?」


「同じ」


「ラファエルも?」


「確認してない」


 アレクが舌打ちする。


「つまりアメリカを三日で落とした連中は」


「前座だ」


 流架が言った。


 誰も否定しなかった。


 人類が三日三晩戦い、


 国家主権まで奪われた。


 なのに。


 神軍は、


 まだ本当の主力を投入していない。



     ◇



「それで」


 シェイラが流架を見る。


「あなたは、何をするつもり?」


「止める」


「神を?」


「ああ」


「簡単に言うわね」


「難しく言っても結果は同じだろ」


 シェイラは目を細めた。


「私は方法を聞いてるの」


「これから決める」


「……何も考えてないの?」


「だから集めた」


「あなたを殴っていい?」


「未来見なくても分かる。痛いから嫌だ」


 一瞬。


 沈黙。


 アレクが吹き出した。


「お前、相変わらずだな」


「褒めんな」


「褒めてねえ」


 だが。


 笑っていたシェイラの表情が、


 次第に真剣なものへ変わった。


「私は一つ確認したい」


「何?」


「人類を守るの?」


 店内が静かになる。


「それとも」


 シェイラは流架を見た。


「神へ反抗したいだけ?」


 流架は、


 すぐには答えなかった。


 鈴司も食べる手を止める。


 これは、


 軽口で答えていい質問ではない。


「……同じじゃねえよ」


「そうね」


「親父が気に入らないから戦うなら、俺一人でやる」


「じゃあ何故、私たちを呼んだの?」


 流架は、


 テーブルを見渡す。


「お前らだからだよ」


「説明になってない」


「なるだろ」


 流架は窓の外を見る。


 ヘブンズゲート。


「親父は言った」


 人間は争う。


 人間は殺し合う。


 何千年与えても変わらなかった。


 だから、


 滅ぼす。


「間違ってるか?」


 誰も答えなかった。


 流架が続ける。


「人間が争うのは事実だ」


「そうね」


 シェイラが認める。


「俺なんて、そのための道具を教えちまった」


 アレクが自嘲するように笑った。


 人間は武器を作った。


 剣。


 甲冑。


 やがて銃を作り。


 戦車を作り。


 戦闘機を作った。


 三日前。


 自分たちが生き延びるために、


 そのすべてを神軍へ向けた。


「俺が最初に人間へ武器を教えたとき」


 アレクが言った。


「こんなもんになるなんて思わなかったけどな」


 流架が見る。


「後悔してる?」


「毎日してるよ」


 即答だった。


「じゃあ、人間は滅びた方がいい?」


「それとこれとは別だ」


 アレクが酒を飲む。


「包丁作った奴が、刺殺事件の責任まで取れるかって話だ」


 鈴司が顔を上げる。


「包丁を馬鹿にすんなよ」


「お前は黙ってろ」


「料理人として聞き捨てならん」


「ベル」


「はいよ」


 鈴司はまた料理へ戻る。


 ペネロペが小さく笑った。


 それから言う。


「人間は、確かに失敗するわ」


 全員が彼女を見る。


「何度も同じ失敗をする」


 ペネロペは、


 持ってきた本を一冊テーブルへ置いた。


「でも」


 表紙を指で撫でる。


「失敗したことまで、残すの」


 歴史を。


 失敗を。


 罪を。


 人間は文字にする。


「次の人に読ませるために」


 ペネロペは微笑んだ。


「私は、それが好きよ」


 流架が、


 今度はコレットを見る。


「コレット」


「何?」


「お前は?」


「…………」


「人間、どう思う?」


 誰もが、


 彼女へ注目した。


 コレットは、


 長い間答えなかった。


 その視線は、


 窓の向こう。


 空へ向いている。


「私は」


 ようやく、


 コレットが口を開いた。


「人間を、ずっと見てきた」


 争いも。


 殺し合いも。


 憎しみも。


 誰より多く見てきた。


「そして」


 彼女は続ける。


「全部、報告した」


 神へ。


 人類が何をしているのか。


 何を生み。


 何を壊し。


 何を愛したのか。


 見たものをそのまま、


 天へ報告し続けた。


「だから」


 コレットの声が、


 ほんの少しだけ震えた。


「もし、今回の判断に」


 一度、


 言葉が止まる。


「私の報告が使われているのなら」


 流架は黙っている。


「……私にも責任がある」


「違う」


 流架が即座に言った。


「違わない」


「お前は見たものを報告しただけだ」


「でも――」


「コレット」


 低い声。


 彼女が流架を見る。


「親父がどんな結論出すかまで、お前の責任にすんな」


「…………」


「それに」


 流架は少し笑った。


「お前、悪いことしか報告してなかったわけじゃねえだろ」


 コレットの目がわずかに見開かれる。


「人間は殺した」


「ああ」


「でも救った」


「ああ」


「奪った」


「ああ」


「それでも、分け与えた」


「ああ」


 コレットの拳が、


 静かに握られる。


 人間を見続けた。


 だからこそ。


 知っている。


 人間は悪だけではない。


 善だけでもない。


 矛盾している。


「神は人間を見たと言った」


 コレットが呟く。


 そして。


 初めて、


 その瞳に明確な怒りが宿った。


「違う」


 全員が彼女を見る。


「人間を見ていたのは」


 コレット・ベルナール。


 かつて、


 神に信頼され、


 人類を観測し、


 そのすべてを報告していた者。


 そして最後には、


 神を裏切った者。


「私たちよ」


 静かな言葉だった。


 だが。


 誰も反論しなかった。



     ◇



「で」


 鈴司が言った。


「結局、全員どうすんだ?」


「雑だな」


 流架が言う。


「腹減ってきた」


「さっきからずっと食ってるだろ」


「考えると腹減るんだよ」


「考えなくても食ってんじゃねえか」


「細けえ男だな」


 流架がため息をつく。


 だが。


 空気は少しだけ軽くなった。


 流架は改めて、


 六人を見る。


「俺は」


 立ち上がる。


「人間側につく」


 シェイラが流架を見る。


 アレク。


 コレット。


 アルバート。


 ペネロペ。


 そして鈴司。


「親父のやってることを止める」


「勝てると思ってる?」


 シェイラが聞く。


「知らん」


「…………」


「やってみねえと分かんねえだろ」


「相手は神よ」


「知ってる」


「私たちは、もう昔とは違う」


「それも知ってる」


「なら――」


「だからだ」


 シェイラが言葉を止める。


「俺たちは変わった」


 流架が言った。


「親父は知らねえ」


「何を?」


「人間のことだよ」


 何千年。


 人間と暮らした。


 同じものを食べ。


 同じ街を歩き。


 働き。


 笑い。


 失敗し。


 人を好きになり。


 嫌いになり。


 それでも、


 人間のそばで生きてきた。


「俺は」


 流架が笑う。


「人間が愚かなことくらい、親父より知ってる」


 アレクが鼻で笑った。


「それ、庇ってんのか?」


「庇ってる」


「聞こえねえよ」


「同時にな」


 流架は続ける。


「人間が、捨てたもんじゃないことも知ってる」


 沈黙。


「それで十分だろ」


 シェイラが目を閉じた。


 しばらくして、


 息を吐く。


「あなたは」


 流架を見る。


「本当に変わらないわね」


「またそれ?」


「昔から」


 一度、


 言葉を切る。


「そうやって、最後には一番面倒なものを背負う」


 流架が肩をすくめる。


「性分なんだよ」


「そう」


 シェイラは小さく笑った。


「なら、私も行く」


 アレクが続く。


「俺も」


「早いな」


「人間に武器教えた責任くらい取るさ」


 ペネロペ。


「私も」


「理由は?」


「まだ読み終わってない本が、たくさんあるの」


「そこ?」


「重要よ」


 アルバートが眼鏡を押し上げる。


「私も異論はない」


「研究?」


「半分」


「残りは?」


「神の術式を直接解析できる機会など、二度とないかもしれない」


「やっぱ研究じゃねえか」


「人類を守る意思もある」


「先に言え」


 そして。


 コレット。


 彼女は、


 もう迷わなかった。


「私は戦う」


「親父と?」


「ええ」


「理由は?」


 コレットは、


 窓の外の門を見る。


「もう一度」


 静かに答えた。


「今度は私自身の目で、人間を見るために」


 最後。


 全員が鈴司を見る。


「何だよ」


「ベルは?」


「俺?」


 鈴司は、


 目の前の料理を見る。


 それから。


 店を見る。


 壁に並べた酒。


 人間が作ったグラス。


 厨房。


 何百年も。


 何千年も。


 人間が試行錯誤して生み出してきた、


 数え切れないほどの料理。


「人類滅びたら」


 鈴司は言った。


「新しい飯、食えなくなるだろ」


「…………」


「…………」


「…………」


 流架が頭を抱えた。


「お前さぁ」


「何だよ」


「もうちょっと格好いい理由出せなかった?」


「大事だぞ、飯は」


「大罪のリーダーがそれでいいのかよ」


「暴食を舐めんな」


 アレクが笑う。


 ペネロペまで笑い始める。


 シェイラは呆れている。


 それでも。


 誰も鈴司の言葉を否定しなかった。


 人間が作った料理を。


 人間が作った酒を。


 愛している。


 それだって、


 人類を守る理由には違いない。



     ◇



「よし」


 流架が言った。


「決まりだな」


「ちょっと待って」


 シェイラが止める。


「何?」


「一つ確認させて」


「まだあるの?」


「重要なことよ」


 彼女は、


 流架をまっすぐ見る。


「私たちは今、人間の名で生きている」


「ああ」


「この世界では、あなたは神城流架」


「そうだな」


「私もシェイラ・ハザウェイとして生きている」


「だから?」


「これから」


 彼女の声が変わる。


「どちらの名で戦うつもり?」


 その質問に。


 店内の空気が変わった。


 アレクが黙る。


 ペネロペも。


 コレットも。


 鈴司だけが、


 静かに流架を見ている。


 神城流架。


 人間として生きるための名。


 長い。


 本当に長い時間。


 その名前で、


 地上を生きてきた。


 だが。


 その前に。


 神から与えられた名がある。


「流架」


 シェイラが言う。


「いいえ」


 一度、


 言葉を切る。


 そして。


「ルシファー」


 その瞬間。


 空気が、


 震えた。


 何かが起きたわけではない。


 翼が現れたわけでも。


 光が溢れたわけでもない。


 ただ。


 その名前だけで、


 そこにいる男が、


 さっきまでとは違って見えた。


 ルシファー。


 神に近かった者。


 神に背いた者。


 そして。


 地へ堕ちた者。


 流架は、


 少しだけ嫌そうな顔をした。


「……久しぶりに呼ばれたな」


「答えて」


「どっちの名前で戦うのか?」



 流架は、


 少し考える。


 そして。


 笑った。


「神城流架でいい」


 シェイラが僅かに目を見開く。


「俺は今」


 流架が言った。


「こっちの方が気に入ってる」


 鈴司が小さく笑う。


「いいじゃねえか」


「だろ?」


「お前らしい」


 流架は、


 もう一度全員を見る。


「じゃあ」


 七人。


 人間の名を持つ、


 人ならざる者たち。


「始めよう」


 かつて。


 人間へ情を持ったため、


 神の定めた境界を越えた者たち。


 その者たちを、


 見捨てることができなかった者。


 そして今。


 再び。


 人類を巡って、


 神と対峙する者たち。


「第一回」


 流架は、


 丸いテーブルへ手を置いた。


 そして、


 少しだけ笑う。


「人類防衛円卓会議だ」


「ダサい」


 シェイラが即答した。


「え?」


「名前がダサい」


「今考えたの?」


 ペネロペまで乗ってくる。


「いや、分かりやすいだろ」


「円卓会議だけでいい」


 アルバートが冷静に結論を出した。


「俺は好きだけどな」


 アレクが笑う。


「ベルは?」


「飯冷めるぞ」


「誰も味方してくれねえ」


 数千年ぶりに集まったというのに。


 そこにあったのは、


 神話の中の存在らしい荘厳さではなかった。


 ただ。


 長く離れていた仲間が、


 久しぶりに同じテーブルを囲んだ。


 そんな光景だった。


 だが。


 この七人の決断を、


 人類はまだ知らない。


 後に。


 神と人類の戦争そのものを変えることになることも。


 

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