いしいしんじ「調律師のるみ子さん」⑤
「るみ子さんは手紙を閉じ、ケーキを冷蔵庫にしま」う。彼女は「元来、甘いものが好きではない」。このケーキは彼女に食べられず、やがて捨てられてしまうのだろうか?
「夜中になっても寝つけず、るみ子さんはステレオの前に座り、古いレコードを取り出しました。学生のころよく聞いたピアノソナタ。一枚が終わると、また別のレコードをかけました。久しぶりに聞くその音は、以前と同じく、きらきらと光を振りまくように聞こえました。それでいて、どの演奏のピアノも、すべて、それぞれが違う響きを放っているのでした」。
老人の言葉と、かつて助けた小学生の感謝の手紙とチョコレートケーキ。るみ子さんはこれまでの人生を振り返る。あの時もし自分が小学生を助けなければ、自分の右手は守られ、ピアニストとして希望に満ちた華やかな人生を歩むことができたかもしれない。しかしもし助けなければ、あの子は死んでいたかもしれない。自分のその後の人生は、暗闇を歩くようなものだった。人には知られぬ小さく隠された復讐は、自己満足にすぎないものだ。キー音をわずかに狂わせるということが、何の気晴らしになっただろうか。
人生に迷った時、人は過去を振り返るだろう。「古いレコード」には、「学生のころよく聞いたピアノソナタ」が収められている。レコードを聴いている彼女の耳には、老人からかけられた「これじゃあピアノがかわいそうです。あなたは本当のところ、ピアノのことが、あまりお好きではないようですね」という言葉も再び響いているだろう。るみ子さんは、まだ純粋にピアノが好きだったころのことを、ピアノソナタを聞くことで思い出そうとしている。
一枚が終わる。また別のレコードをかけてみる。ピアノが好きだったころの風景と自分の思いを、彼女は心で再現する。「久しぶりに聞くその音は、以前と同じく、きらきらと光を振りまくように聞こえ」た。暗くふさぎ込んでいたるみ子さんの心に、ピアノによって輝く光が差し込んだ。久しぶりの感動と興奮を彼女は感じているだろう。
しかも、その音色は一様ではない。「どの演奏のピアノも、すべて、それぞれが違う響きを放っているのでした」。人には様々な個性があり、また人生を歩んでいるのと同じように、ピアノにも「それぞれが違う輝き」を持っている。私の輝きは何なのか。私の個性は何なのか。私の人生はどうあるべきなのか。若いころ愛したピアノは、そんなことをるみ子さんに考えさせ、教え導いてくれるようだった。
「三枚目をかける前、るみ子さんは冷蔵庫を開け、チョコレートケーキをつまみました。四枚目、五枚目とかけているうち、窓から朝日がのぞきました。皿のケーキは半分以上なくなっていました」。
るみ子さんが「元来」「好きではない」「甘いもの」を食べてみようとしたのは、今のままでは自分はいけないと思ったからだろう。苦手にしているものに挑戦してみる。困難にめげずに一歩を踏み出す。彼女のこの行為は、それを暗示している。今まで避けていたことにチャレンジしてみようという意欲がわき始めている。
せっかくの感謝を無にするのは忍びないという思いもあるだろう。しかしこの場面は、るみ子さんが変わり始めていることを表している。
るみ子さんは過去を振り返り、ピアノへの愛をもう一度抱き、自分は変化しなければならないと感じている。
大好きだったピアノを聞くうちに、いつの間にか朝になる。皿のケーキもいつの間にか半分以上なくなっていた。そうしてそこにはもちろん、差出人の「ちょっぴり」の「工夫」が効いているはずだ。差出人の工夫が、るみ子さんへの励ましになったのだ。このケーキはるみ子さんに、体の栄養と心の栄養を与えた。これらは体力と気力の充実につながり、るみ子さんの人生の次の一歩を踏み出す力になったはずだ。
かつて助けた人に今度は助けられたるみ子さんだった。
(つづく)




