いしいしんじ「調律師のるみ子さん」⑥
あくる日の「お昼過ぎ、道具箱を持って」るみ子さんは「例の邸宅をまた訪ね」た。「目の見えない老人は少し驚いたよう」だったが、「何も言わず、るみ子さんを居間へと通」す。一歩を踏み出そうとしているるみ子さん。
「るみ子さんはピアノの前に膝をつき、音を合わせ始めました。他のピアノにはない響き、それぞれの音が見せる表情を、一瞬でも聞き逃すまいと息をひそめて。ピアノのささやきは、初めはおずおずと、そのうち大胆に、彼女の耳に流れ込んできました」。
この物語のクライマックの場面。ピアノへの愛を取り戻したるみ子さんによる調律は、その耳の良さもあいまって、ほかの調律師にはできない・かなわないものとなっている。ピアノとるみ子さんがまさに共鳴し、「年季の入った」老人のグランドピアノは以前の音の響きを復活する。ピアノは次第にるみ子さんに「ささやき」かけはじめる。るみ子さんはそのピアノのもつ個性を開放し、ピアノはそれに応え始めるのだった。
一方で、るみ子さんにはるみ子さんの、ほかの人にはないよい「響き」がある。彼女は自身が持つ良さを再認識し、これから世の中のピアノたちに施すだろう。
最後に、この物語の美しい結末部を示す。
「やがてるみ子さんが、最後のA音をポロンとはじくと、老人は朗らかな声で、
「ああ、うちの音だ。やっとうちのピアノの音になった!」
視力のない目に深い笑みを浮かべて、
「あなたは全くすばらしい腕ですね。もしよろしければ、なにか一曲、聞かせていただくわけにはまいりませんか?」
るみ子さんは軽くうなずきました。そして指の足りない両手で、子供時分に習った短い練習曲を、軽やかに奏で始めました」。
ここで、以前るみ子さんの「音は全部合っていますよ」という言葉に対し、老人が「そういう問題ではない」と言った理由がわかる。老人が求めていたのは、ただ単に音を合わせることではない。自分のピアノが持っていた「響き」を、再び引き出してほしいと思っていたのだ。
ピアノにも人にも、「それぞれの音」がある。あなたはあなたの音を出し、それに呼応・共鳴する形で、ほかの人やピアノが音を奏でる。あなたは自分の持つ「響き」を、正しく使っていない。そう、老人は言っていたのだ。
もしかしたら「視力のない」老人は、るみ子さんの指の欠損に気付かなかったのかもしれない。それで「なにか一曲」と気にせずに演奏を依頼したと考えられる。
これに対し、老人は、るみ子さんの指の欠損に気付いていたとも考えられる。「なにか一曲」という依頼は、それにもかかわらずなされたことになる。
老人は、るみ子さんの調律の腕だけでなく、ピアノ演奏の腕前も見抜いた。調律の様子から、ピアノと正面から向き合うこと、ピアノへの愛を取り戻したことを理解し、演奏を依頼したと考えられる。この人は、まじめ・本気になると、どんな演奏をするのだろう、さぞかし素晴らしい演奏をするに違いない。そう思ったのだ。
「るみ子さんは軽くうなず」く。彼女はもう何も隠す必要がない。鬱屈を、ピアノにも依頼主にもぶつける必要がない。ただピアノが好きだった自分に戻ればいい。いま「指の足りない両手で」「奏で」られるのは、「子供時分に習った短い練習曲」だけかもしれない。しかしこの時るみ子さんは、指だけでなく心も、「軽やかに」なったはずだ。
困難に沈むのではなく、愛するものに素直に向き合うこと。それが他者の「笑」顔・幸福にもつながること。それによって「三十八歳」のるみ子さんのこれからは、笑顔・幸福に包まれるだろう。
(終わり)




