第29話
「なあ、キディアス。村長の話だが、どう思った」
ダンスはキディアスに声をかけた。ダンス、キディアス、パディルの3人は、村の広場で粗末なつくりのベンチに腰を掛けている。暖かい日差しが降り注ぐなか、村で飼われている犬が斜めに広場を横断し、3人に近づいてきた。犬は鼻を鳴らしてそれぞれの匂いを嗅ぐと、ダンスの手をペロリとなめた。ダンスが両耳の後ろをかいてやると、気持ちよさそうに目を細める。
「どう、というか……。驚きがあったのは認めよう。だが『壁』のことでは、村長はまだ話していないことがあるはずだ」
キディアスが応じる。彼女の目線の先では、村の子供たちが泥をこねて遊んでいる。着ている服は泥に汚れ、あとで母親に怒られるのは間違いないだろう。顔についた泥は白く乾きかけている。
「やっぱりドルグが言ってたことが正しいのかな。おれの手、いつまでこうなんだろう」
とつぶやいているのはパディル。左手の掌をしきりとさすったり、指のストレッチをしたりしている。
「この村では、誰も『壁』の話なんてしていない。そんなこと気にしてるのはドルグくらいだ」
ダンスはテーブルの上に両手を組んで置き、視線を遠くに投げた。どこか遠くから牛の鳴き声が聞こえる。
「あのう……」
目を細め、無意識のうちに牛を探していたダンスの後ろから、少女の声がした。振り返ると、十代前半くらいの女の子が、木製のトレイに木をくりぬいたカップを3つ乗せ、こちらに差し出している。栗色の髪が陽光に透けて輝いている。
「うちのお母様が、お客様に差し上げろって。井戸から汲みたてなので、冷たくておいしいですよ」
少女は控えめな笑顔を見せながら、ダンスにカップを手渡した。キディアス、パディルもそれぞれカップを受け取る。
「飲み終わったら、そのままそこに置いておいてください。片づけに来ます」
そういうと少女は一礼し、トレイを小脇に抱えて小走りで去っていった。
「いただこう」
ダンスは二人に頷きかけ、カップに口をつけた。彼女の言葉通りよく冷えた水が、のどを駆け下りていく。
――井戸で、よく冷えた……どこかで飲んだな。そうか、マイサの。
ダンスはカップを両手で握り締め、改めて周囲を見回した。犬は足元であくびをしている。子供たちは泥遊びにあきて、家と家のあいだを走り回っている。牛の声はいつの間にか止んでいた。
――あの牧場にも、こんな日々があった。だが。
ダンスは無意識に背筋を伸ばしていた。歪んでしまった牧場の姿、ディゴのうつろな瞳。ダンスは水を飲み干した。そんなはずはないのに、水に苦い後味が残った気がした。
「ダンス」
キディアスが声を上げた。
「すまないが、私にはあまり時間がない。内勤になってしまえば、こうやって『壁』の外に出ることもできなくなる。だから……」
「そうだった、すまないキディアス。わかった、街に戻ろう」
ダンスは夢から覚めたような気分で立ち上がった。キディアスとパディルもそれに従う。ちょうどそこに、ドルグを追っていったはずのレキサが戻ってきた。
「街に戻るのか」
言葉少なにレキサが聞く。ぶっきらぼうではあるが、警戒心は感じさせない語調だ。
「ああ。街でやることがあるんでな」
「街に何があるのか、わえにはわからんが。まあ、またいつでも来るといい。村長も喜ぶだろう」
「改めて、丁重な歓迎に深謝する。再訪の機会があることを願っている」
そういうと、ダンスはレキサに向かって深々と一礼した。レキサもまた礼を返す。
「ところで、ドルグのやつを見なかったか。あいつには厳しく言って聞かせなければならん」
そうぼやくレキサの顔を見て、ダンスはつい笑ってしまう。
「この次、村の外でドルグを見つけたら縛り上げて連れてくるよ。しっかりお説教してやってくれ」




