255 お風呂
こぐまはリョウの弁当も気に入ったようで『これおいしー!』を連呼して嬉しそうに沢山食べた。昼食後は皆と小舟に乗って海藻採りの手伝いもしたし、合間には追いかけっこなどの遊びもして貰って沢山はしゃいだ。
帰る頃にはすっかりジラフに懐いてべったりだ。こぐまといえど体重は15kg以上あるし、大きさも幼児位ある。ジスカールは常人にしては鍛えているが、それでも“おじさん”である為、長時間こぐまを抱っこしていれば当然腕は痺れるし腰だって痛くなる。ジラフにはそれが無い。ずっと抱っこや肩車をしてくれるジラフをこぐまは凄く気に入ったのだ。
『おふろ! おふろっ! たのしいおふろ!』
「そうよ~ッ! 村のお風呂は楽しいんだからッ!」
今は肩車をして貰って、風呂へ移動中だ。キャッキャッとはしゃぐこぐまも、担ぐジラフも一日の疲れなど皆無で楽しげだ。その後をついていく二人――ガンは兎も角、ジスカールの方はヨボヨボしていた。凝り固まった背を反らしたり、腰を擦って叩いたり。悲しきおじさんムーヴである。
「いやはや、ジラフの体力は凄いな」
「あんたも常人にしちゃ体力はある方だろうけどなァ。今日は慣れねえ仕事だったし、腰も痛えだろ」
「ゆっくり湯に浸かった上で、湿布を貼りたい気持ちだね……」
「湿布か。カーチャンに後で貰ってきてやろう」
「助かるよ……!」
脱衣所に着くと、丁度ケンが風呂に入ろうとしている所だった。いつの間にやら海上都市から帰って来ていたらしい。
「おお! ガンさん達も戻って来たか!」
「おー、結構海藻採れたぞ」
「俺も余剰物資の手配と漁業の指示をしてきた。明日は朝から漁に行くぞ!」
「ケンちゃんもお疲れ様よッ!」
シャツを脱いだケンが、ジラフの頭を抱え込むこぐまの姿に気付いた。
「ほう、仲良くなれたのか!」
「ええ、喧嘩したけど仲直りしたのよネ~ッ!」
『ねー!』
「おおお、俺も仲良くしたい! どうだ!?」
「ウルズスちゃん、ケンちゃんも怖くないわよ。登ってみたら?」
ジラフに促され、こぐまが『うーん』と考えてからジラフを降りた。少しおっかなびっくりだが、ケンの足元に近付いてふんふん匂いを嗅ぐ。
「ウルズス。ケンは胸毛がすげえから、村で一番熊に近い。大丈夫だ」
「そんな保証の仕方あるか?」
「ケンちゃんなら力持ちだし、アタシみたいにずぅっと抱っこしてても疲れないわヨッ! お相撲や追いかけっこも出来るしッ!」
『ほんと~?』
こぐまが見上げるので、胸毛を誇示してみる。『わっ』という顔をして、すぐにケンをよじ登って来た。
『ほんとだ、ジスカールよりもじゃもじゃしてる! ケンもくまなの!?』
「熊ではないが自慢の胸毛である! 男らしいだろう!」
『ケンも、だっこや肩車できる? おすもうやおいかけっこ、してくれる?』
「うむ、幾らでもしてやろうぞ!」
『わあ』
胸毛に親近感が湧いたのか、それともジラフの信用が村全体に及んだのか、こぐまは簡単にケンにも懐いた。肩車をしてもらいご満悦である。
『ケン! おふろ! おふろはいるの!』
「うむ! 入ろうぞ!」
先に脱いでいたケンが下履きもぽいぽいして先に浴場へと入って行く。すぐに『すごーい!』というこぐまの歓声が聞こえた。
「あの様子なら他とも仲良くやれそうネ。良かったわ」
「……ああ、君のお陰だ。本当にありがとう、ジラフ」
「ウフ、当たり前の事をしただけヨッ!」
心底の感謝を貰い、ジラフがはにかんだように笑う。
「ヨッシャ、おれらもさっさと入っちまおう。ジスカールの腰がやべえからな」
「アラッ、薬草か何か入れる!?」
「お恥ずかしい……! 頼むよ……!」
「たしかよもぎが余ってた筈だから……腰痛に効果がある筈よ」
棚からジラフがよもぎ湯用の葉と袋を取り出し準備してくれた。感謝しつつ、残った三人もさっさと脱いで風呂に入る事にする。
「ジスカールちゃんの常人感、こっちの世界に来てからは無かったから凄く新鮮だわネッ! 守ってあげたくなるワ……!」
「その傷なんだ? 不老不死になる前についた傷か?」
「ああいや、これは殆ど不老不死になってからだな」
全て脱いで浴場へ向かいつつ、ふと見るとジスカールの全身は傷跡だらけだった。
「不老不死とはいっても、吸血鬼みたいに一瞬で治る訳では無いし回復に時間は掛かる。致命傷だとまあ一日位で治るかな。普通に傷跡は残るね」
「不老不死つッても出所でサービスに違いあんのかァ」
「元が刑罰だったからかしらねェ? 治癒力最低保証って感じがするワ」
既にこぐまと浴場で遊んでいるケンを見る。ケンは不死ではないが馬鹿みたいな祝福で治癒力も回復力も高い為、傷跡など一切無い。こういうのはピンキリなんだなあとしみじみ見比べてしまった。
「そういやジラフも傷無えな?」
「いやん! どこ見てるの! だってアタシ美容には気を使ってるものッ!」
「美容で済むのか!?」
「傷跡が残らない程の怪我しか今まで負ってないとか……!?」
それはそれでとんでもない話なので考えない事にした。三人が来たのに気付いたこぐまが寄って来たので、泡あわのもこもこにして洗ってやる。その後は湯舟におもちゃを浮かべて遊んだりと色々教えてやった。風呂の後は夕食で全員揃い、その時にはこぐまも嫌がらず全員と交流する事が出来た。
* * *
就寝時間になり、ジスカールはこぐまと共に与えられた個室で横たわる。昨日も感動したものだが、ちゃんとしたベッドで眠るなど何十年ぶりの事だ。二日目でも新鮮な喜びがあり、感謝と共に脱力する。こぐまも楽しそうに、ころころとマットの上を転がっていた。
『ジスカール、今日はたのしかったね』
「ああ、沢山友達が出来たな。ウルズス」
『うん! みんなすき! こわくなかったよ!』
「それは良かった」
『ここのおふろはすきだし、ブラシでとかしてもらうのも、きもちよかった!』
生まれて初めてちゃんと風呂に入ったこぐまが、胸の中に転がりこんで来る。抱えてやると、ふわふわで良い匂いがした。ブラッシングも石鹸も、これまで与えてやれなかった事なので、嘗てない良い匂いと手触りだ。
「……ああ、歳をとると涙腺が弱くなって駄目だな」
『ジスカールだいじょうぶ?』
「大丈夫だよ」
こぐまが綺麗に洗われただけで感動しそうになってしまい、誤魔化すように毛皮に顔を埋める。こぐまは嬉しそうにゴロゴロと甘える音を鳴らし始めた。
『ね、ジスカール』
「何だい」
『これがへいわ?』
「……そうだよ。これが平和だ」
『やっぱり! いつでもジスカールがだっこしてくれるもんね』
嘗て、まだ血と戦いが日常で抜け出せなかった時。『全てが終わったら何処か遠い所へ行こう』とウルズスと約束した事がある。その時に教えた言葉のひとつが『平和』だった。こぐまが『いつでもジスカールがだっこしてくれる場所がいい』と言った時に教えたから、ちゃんと覚えていたのだろう。
「ああ、これからはいつでもしてあげるよ。腕が痺れるまでね」
『やったぁ! ジスカールは腕、しびれちゃうもんね』
「代わりにだっこしてくれる人が増えて助かったよ。追いかけっこも、わたし相手では楽しくないものな」
『しかたないよ。ジスカールはおじさんだから』
「うん……おじさんだからね……」
事実なのだが、中々刺さるものがある。
『けどねえ、ジスカールにだっこされるのがいちばんすき。おいかけっこができなくてもすきだよ。ジスカールがいちばんだいすき』
「……ありがとう。わたしも大好きだよ、ウルズス」
『えへへ』
こぐまが嬉しそうに鼻を擦りつけた。
『トルトゥーガもはやくくればいいのにな。くさかったし、おなかもへってるだろうから、おふろにはいってごはん食べないとね』
「そうだね。明々後日にはこの世界に来るはずだから、わたし達も村の人達と一緒にトルトゥーガのお風呂と食事を手伝おう」
『うん! ジスカールのこしもがんばろうね!』
「…………腰に言っておくよ」
そのまま甘えるこぐまの温もりを感じながら就寝した。翌日もその翌日も皆で準備に明け暮れ――ついに大亀のトルトゥーガを迎える日がやって来る。
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