253 ウルズス
大亀のトルトゥーガが到着するまで残り三日。皆慌ただしく準備に追われた。
神達から特製の栄養剤をもぎとり――尚ベルの怒りは神達の頬をつねる事で収まった。その後すぐに大量の消毒液の作成に入っている。
大量の食糧も必要だったが、村の物資を全てつぎ込む訳にも行かない。ケンは海上都市の食料の余剰を貰いに行き、リョウとカイが村から出せる備蓄を選別し、メイとタツは色んな森をまわり果実を集める係。ジスカールとウルズス、ジラフとガンは海藻や魚を獲る為に海へと来ていた。
この人選はウルズスがまだ村ではガンにしか気を許していない事と――ケンは直接口にしなかったが、万が一ウルズスが暴走した際にジラフが止める為のものである。決して“春”を後押しするものではないのだ。
『海! うーみ! ジスカール! きれいな海だよ!』
「ああ、綺麗だね。あまり離れて迷子になってはいけないよ」
『うん!』
言われた傍からウルズスがぬいぐるみのような手足を動かして浜辺を駆けてゆく。
「おれ達はひとまず海藻採りだ。魚は海上都市の方で、ケンが指示して漁船を出すらしいからな。道具は借りて来た」
「アタシに魅惑のマーメイドになれってコトねッ!?」
「生憎泳がねえんだよなァ。引潮の時に浅瀬で藻を採るか、後は小舟を出して岩礁から生えてるワカメをこの道具で採るそうだ」
ガンが借りてきた道具――バケツのような海中が覗ける“箱眼鏡”と柄の長い鎌を示す。後はカーチャンに借りてきた魔法の収納袋がある。丁度引潮の時間帯だった為、三人は藻の採取から始める事にした。長靴に帽子、軍手を装備してそれぞれ籠を手に、露になった岩礁をびっしり埋め尽くす藻を摘んでいく。
「ぬるぬるしてんな……これ本当に食えんのか?」
「これはヒトエグサだね。人間も食べられる物だよ」
「ヒトエグサならガンナーちゃんの好きな味噌汁にしても美味しいわヨッ!」
「おお、まじ?」
そう言われると急に美味しそうな物に見えて来る。ずっと腰を屈めて藻を集めるのは、根気と体力が必要だったが熱心に続けた。
「アラ、ウルズスちゃんが泳いでる。泳げるのねェ」
「ウルズスは熊が元になっているからね。泳ぎは得意だよ」
「へえ、熊って泳げんのか。そもそも熊の生態知らねえけど」
「そっか、ガンナーちゃんの世界には居なかったわねェ」
少し離れた海面を、ウルズスが楽しそうに泳いでいる。ガンが頷くと、ジスカールが簡単に説明してくれた。
「熊というのは、人間と同種を除いて天敵が居ない動物のひとつだ。自然界の生態ピラミッドの頂点ともいえる。他にはライオンやトラ、村のあたりならジャガーやワニを想像すると分かり易いかな」
「おお、ジャガーとワニなら見た事ある。その場所で一番強えんだな?」
「そうだね。子供の頃はあんな風に愛らしいが、成長すると体長1.2mから3m位の巨体に育つ。体重は種類と個体差もあるが、100kgを超える個体がざらだよ」
「ケンみたいなもんかァ」
大きさと重さを聞いてケンで想像した。
「視力は普通だが、嗅覚と聴覚に優れている。人間より走るのが早いし、大変に賢く木登りや泳ぎも得意だ。器用で穴も掘れるしパワーはもう見た目通り。皮下脂肪が分厚いから弱い攻撃は通らないし……天敵が居ないのも納得だろう?」
「殆どケンだな……」
「種類にもよるが、多くは雑食でウルズスもそうだ。彼の原型は、色んな熊の長所を集めて創られた個体なんだよ」
つまりいいとこ取りの最強熊なのだろう。納得しかけたが“原型”という言葉が気に掛かった。
「原型というのはどういうコト?」
「言葉通り、完成品の元になる型だよ。元の個体にあらゆる改造や強化を施し、完成したのがウルズスだ。山のように大きく、全身から電撃を放ったり、破壊光線を吐くような熊は居ないだろう?」
「電撃……」
「破壊光線……」
思わず海で楽しく遊んでいるウルズスの方を見た。今は波打ち際で、ころころと波に転がされるのを楽しんでいる。可愛らしいこぐまの姿で、生物兵器の姿は想像出来ない。だが、この世界に来たという事は真実なのだろう。いつか見る日は来るのだろうか、と思いつつそのまま海藻採りを続けた。
数時間後、流石に腰も痛くなったので昼食がてら休憩にする。砂浜にパラソルを立てシートを敷くと、遊んでいたウルズスが戻って来た。
「ンマッ、折角のふわふわお毛々《おけけ》がゴワゴワじゃないのッ! 後でお風呂に入って梳かさなくっちゃネッ!」
『お風呂きらーい! やだもん!』
「アラッ、村のお風呂は楽しいのヨッ! 池みたいに広くって、ライオンのお口からお湯が出て、お花だって沢山浮いてるのに! 見なくていいの~!?」
『な、なにそれぇ……!』
ジラフを警戒しジスカールの背に隠れがちだが、一応会話はしてくれる。幼い子供相手と思って、ジラフが交流を試みていた。
「泡でツノを作ったり、タオルでくらげを作ったり、木のおもちゃを浮かべて遊んだりも出来るのヨッ! 一緒に遊ばない?」
『う、や……や……ジスカールとガンナーもくるなら、いいけど……』
「こいつ意外とちょろくねえ?」
弁当を並べながら、あまりのちょろさにジラフとウルズスを交互に見る。
「いや、ジラフの誘い方が上手なんだ。ウルズスの風呂の認識は『返り血を流す為に乱暴に水を浴びせられる』だからね。生物兵器時代の印象が強過ぎて嫌がるから、わたしも彼を洗うのに苦労した。逃亡生活では川や池で洗うしか無かったし……」
「成る程……」
「じゃあちゃんとしたお風呂デビューは初ってコト!? それはもう素敵なお風呂にしてあげなくっちゃ! ネッ、ウルズスちゃん!」
笑顔でジラフがウルズスを見ると、むぐむぐ複雑そうな色を浮かべた後、こぐまは威嚇のように歯を剥きだした。
『ふん! まだおまえのこと好きじゃない! やな事したら、食べちゃうから!』
「こら、ウルズス……!」
「アラッ! 気に入らない人間は食べて来たの!?」
『そうだよ! ぼくと、ジスカールをいじめる人間は全部ころすか食べてやったんだから!』
ジスカールが顔色を変えるが、ジラフは気を悪くした風は無い。ガンも少し驚いたが、寧ろ何故か感心したような色を浮かべた。
「そうか、雑食だから人間も食えるのかァ。山のようにでけえなら食事もすげえ要るだろうし、敵を食べるッてのは無駄が無えな? こりゃよく出来てる……!」
「兵器としての出来に感心しているのかなガンナー!? 倫理は!?」
「殺るか殺られるかで相手を殺して何が悪いんだよ。死体なんか転がそうが食おうが関係無えだろ?」
「成る程そういう考え方なんだな君は……!?」
ウルズスが人間を食べて来た事に対し、負い目のあるジスカールが逆に驚いた顔をする。事実だから隠す気も無かったが、厭われるだろうし敢えて言うつもりも無かった事だ。そしてたった今知られてしまった状況は、ジスカールの予想と全然違った。
「ウフ! 簡単に食べられると思ってるの~!? 無理だと思うワァ!」
『食べれるもん! ぼくはつよいんだぞ!』
「ええ、けど“ちょっと”大きくて雷撃が出せたり破壊光線が吐けるだけなんでしょ~? アタシのが強いと思うわァ~!」
『ムキー!』
「ジラフ……!?」
ジラフがにこにこ顔で、何故かウルズスを煽り始めている。ジスカールが慌てたが、そっとジラフが片手で制した。
「大丈夫。これで仲良くなれるかもしれないわ。絶対に酷い事はしないから、信じて見守っていて頂戴」
「あ、ああ……」
ジラフの言葉は穏やかで冷静で、ガンも頷いたので見守るしか無かった。
『おまえきらい! きらーい! ぼくのほうがつよいもん!』
「エー! じゃあちょっと試してみる~!?」
ジラフがにこにこしたまま、少し離れた場所を示した。
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