246 傭兵と酒と試食会
「傭兵に限らず、軍隊ではコーヒーが支給される事が多いのよ。ケンちゃんの世界でもそうじゃなかった?」
「うむ。俺が統治を始めてからは戦争が無くなってしまったからアレだが、戦時中は全ての国とは言わんが多くの国が前線の兵士に支給していたな」
「へえ、何か良い効果があんのか?」
ガンは軍属だったが、資源が乏しい世界だった為コーヒーを配られた記憶は無い。
「ええ、覚醒作用や興奮作用。眠気や疲労感、ストレスの軽減なんかに有効ね。後は戦地だと水が綺麗じゃない時も多いでしょう。そういう時にコーヒーが一番、味が誤魔化せて美味しく飲めたってワケ」
「成る程なァ」
「後は淹れた後の滓が、虫避けや消臭でしょ、洗剤代わりに靴や金属磨きにも使えて便利だったのよネ~!」
聞けば納得の理由である。ジラフが一度席を立ち、麻袋に入った珈琲豆を持ってきて中を見せてくれた。こげ茶色に焙煎された豆が詰まっている。
「御覧の通り、お茶よりは嵩張るんだけど! 噴霧乾燥っていうコーヒー液を粉末状にして簡単に持ち歩ける技法も途中で開発されたんだけど、その技術はまだ発展途上で味が悪くてねェ。アタシはこっちの豆の方を持ち歩いていたワ」
「噴霧乾燥――ああ、粉ミルクを作る技法だな」
「そうよ。ケンちゃんの世界にもあるのネ!」
スプレー状に細かく噴霧した液体を急速に蒸発させて粉を得る技術らしい。説明されてガンも頷いた。
「軍隊や傭兵と違って、旅人や魔法使いはお茶を好むのよネ。リョウちゃんやベルちゃんを見ていても、あんまり世界で違いは無いんじゃないかしら?」
「リョウは最初、その辺の草を煮出して茶にしてたなァ」
「そのやり方もあるわねェ。魔法が使えると、直接水を出せたり汚れた水を綺麗に出来たりするでしょう? そういう背景で嗜好も分かれていったんじゃないかと勝手に思っているワ」
確かに思い返すと村の“お茶派”は全員魔法が使える。納得してガンがケンを見た。
「おまえは魔法使えねえけど、どっち派なんだ?」
「強いて言えばタツさんと同じく“酒派”だな。茶もコーヒーも確かに飲んでいたが、嗜好品の類だ。日常ではビールと葡萄酒を飲んでいた」
「日常で酒を……!?」
「地域にもよるが、別に珍しい事では無いのだぞ」
驚いた顔をするガンに、ケンが笑って説明し始めた。
「ガンさんは分からんだろうが、地域によって水が豊富だったり乏しかったり、また綺麗だったり飲み辛かったりと水質の問題もある。俺が生まれた国は、水源はあるがそのまま飲料水とするには向かなくてな。かといってろ過施設は大きな都市以外には無かった故、酒文化が発達したのだ」
「あァ、そういう事か」
ジラフも『そういう地域はよくある』と頷いているので当たり前の事らしかった。
「市井はビール、貴族以上は葡萄酒が多かったかな。そんなにアルコール度数も高くは無い。恐らく民族的にアルコールに強かったし、後は気候的に暑い国ほど汗をかかぬ故、水分補給としても問題無かった。戦後は自由に何でも飲めたが、矢張り生まれ育った習慣は強い――という所だな」
「へえぇ、気候と地域でそういうの変わるんだな」
「村とて魔法で出した水以外は一応煮沸しているだろう。最近は。生水を当たり前に飲める地域というのは、実はそう多くないのだ」
「そうだな、最近はな」
「最初はそのまま飲んでたのネ。お腹壊さなかった?」
「多分大丈夫だった……」
そういう由来を聞くと、今目の前にあるコーヒー一杯にも積み重ねた歴史があるのだなと思ってなんだか面白い。自分の世界は何も無いなと思いつつ――また一口頂いてから、思い出したようにガンが顔を上げた。
「そういやさァ……」
「どうした?」
「どうしたの?」
「存在をすっかり忘れてたんだけどさ、おまえらが散々馬鹿にするおれの世界の食い物な。アレ持ってたよおれ」
「噂の錠剤だかゼリーパックだかのつまらん完全栄養食か!?」
「皆がガンナーちゃんを哀れむそれしか食べて来なかったっていうヤツ!?」
「そうだよ」
ケンとジラフが驚愕した。ガンの世界の食べ物――というと語弊があった。ガンが食べて来なかっただけで、市民や他の兵士はもうちょっとマシな物も食べている。ガンだけが馬鹿正直に支給された兵士用の“完全栄養食”のみを食べ続けていた。恐らく“それ”の事だろう。
「壊れても魔紋に戻したら直るんだろうけど、一応心配でさ。ダンジョンの後に一応チェックしたんだよ、戦闘機を」
「ええ……」
「そしたら非常用の戦闘糧食見付けてさ。リョウの飯のが美味えし非常用だからそのまま存在忘れてたんだけど、今また思い出したわ」
「なんと……」
二人が事情を把握したように頷いた。ガンが微妙な顔で二人を見る。
「美味くはねえから嫌なら全然良いし、コーヒーの礼にもならねえとは思うんだけど。試しに食ってみるか……?」
「お、おお……興味本位でちょっと食べてみたい気はするな……?」
「そ、そうね……美味しくないとしても、寧ろどれだけ美味しくないのかは気になる……!」
「分かッた。じゃあ取って来るわ」
ガンが頷き戦闘糧食を取りに出て行った。残された二人は未知との遭遇を予感して何だかソワソワした。五分と掛からずガンが平べったい箱を抱えて戻って来る。
「これだ」
「これが……」
「噂の……」
合成樹脂のトランクを開けると、中にはパウチされた見慣れない物体が並んでいた。何種類かあるらしく、ひとつずつ二人の前に並べていく。
「これがゼリーパックで、これが錠剤だな。人気のバータイプもあったぞ」
「お、おお……」
「ガンナーちゃんはこれを食べて育ってきたのネ……」
「そうだ。どんな劣悪な環境にも耐えうる保存性と摂取カロリーの最大化を追求した最高の完全栄養食と言われている」
その最高に味は含まれていないんだろうなと瞬時に思った。ガンがパッケージを破って錠剤の方を取り出す。掌を出せと促されるので、おずおず出すと一錠ずつ乗せられた。
「美味くねえだけだから……栄養はあるから……どうぞ……」
「い、頂きます……」
「頂くわネ……」
10円玉位のサイズのタブレットを口に放り込む。意を決して噛み締めると、途端にケンもジラフも悲しい顔になった。
「これは……無……? いや、石を砕いて齧ったらこんな味がするか……?」
「凄い……食感が98%で……残り2%は何これ……苦味……? 酸味……?」
「これが一番不人気だ。おれはそこまで嫌いじゃねえけど」
口直しになるかもわからないゼリーパックが差し出された。悲しい顔のまま、受け取り二人ともちゅうっと吸ってみた。
「薄い……あまりにも薄い……! 味が殆どしない癖にこの薬品臭……!」
「薬品臭に掻き消されそうだけど、確かに薄っすら甘みを感じるわネ……本当に薄っすら……!」
「ガンさん世界の軍の食品担当は正気なのか!?」
「30年間おれの命を支えて来てくれたモンだぞ言葉に気を付けろとは思うがリョウの飯を食った後じゃなんも言えねえ~!」
最後にバータイプの戦闘糧食のパッケージが剥かれた。ゼリーパックは二人とも飲み干せなかったので、バーは一本ずつではなく真っ黒なバーをみっつに分ける。
「これが一番味がするから、軍の中じゃ一応一番人気だッた」
「ほう、不味い物を先に仕込んでおいて――という訳か!」
「人気ならきっとそんなに不味くは……! 真っ黒なのが不穏だけど……!」
期待を込めて二人はバーを齧った。
「ヴォエァッ! 食感がゴム! 味がやばい!」
「ンッオッ……! あ、味はするわよ! 確かに味はするわよ……!?」
「人気とは言ったが美味いとは言ってねえ。おれはあんま好きじゃねえ」
「甘いとしょっぱいと苦いと薬っぽいとミント的な清涼感が同時に訪れて忙しいのだが……!?」
「ギリ食べられそう!? いや無理ィ! みたいな気持ちにさせてくるゥ……!」
二人の反応を見てちょっと笑ってしまいつつ、ガンも三分の一を口に放るとすぐに顔を顰めて二人が残したゼリーパックを呷った。
「おれは食った事無えんだけど、リコリス飴? サルミアッキ? っていう昔の菓子に似てる味なんだッてさ。好き嫌いは分かれるが、好きな奴はマジで好きらしい」
「ガンさん!」
「ガンナーちゃん……!」
「何だ」
噂のガンナー飯を体験し、二人が悲痛な顔でガンを左右から抱き締めた。
「おいやめろおまえらサイズの筋肉に挟まれると流石に恐怖を感じる……!」
「ガンさん! これは後でリョウさん達にも食べさせよう……! 後コーヒーを飲め! 美味い飯も後で食おう!」
「そうねこれは皆一度は味わうべきよ! ガンナーちゃんへの愛が深まるワ……ッ! コーヒーのお代わり淹れる!? 美味しいご飯も食べましょうネ!?」
「お、おう……」
予想以上の反応に微妙な顔でガンが頷いた。久々の味は懐かしくもあったが、やはり新たに知った素晴らしい味と比べると二度と食べたいようなものではなかったので――二人が言うように後で美味い飯を食べようと強く思った。
お読み頂きありがとうございます!
次話は明日アップ予定です!




