242 プロポーズ未満
「……ええと、おらさ村の結婚式は家畜の丸焼きが出ます」
「あ、うん。それはもうとっくに分かってるかな……」
「おらの家が教会だったでしょう。お式はそこであげるんだ。花嫁さんは都会みてえに素敵なドレスじゃねえけども、白い生地を縫った手作りの花嫁衣装を着て、頭には花冠をかぶる事になっとる。この花冠は、花婿さんの手作りなんだぁ」
「あ、花婿さんが手作りするんだ!?」
赤くなった頬を押さえたメイが、こくこく頷く。
「花が――ええと、この世界には無えと思うんだども。“おしどり花”っていう可愛いピンクの花が故郷には咲いとってな? それが村では結婚の花とされとるんだ。だから、プロポーズの時もおしどり花か、季節じゃねえ時は花の形のアクセサリーを贈る事になっとります」
「えっ、あっ……そうなんだ……? アクセサリーっていうのはどういう……? 指輪とかブローチとか、指定がある感じじゃないの……?」
急にリョウの挙動がおかしくなる。が、メイは『これはおら達の将来の為にリサーチされとるのかしら!?』とドギマギしている最中なので気付かれてはいない。
「あくまで花の代わりだから、指定は無えんだ。修行に出た先の都会だと、プロポーズは指輪が主流みてえだったけど――村は田舎で農業しとるでしょう。指輪は少数派で、野良仕事の邪魔になったり、無くしたりしねえように、ネックレスが一番人気で、次に他のが多かったかな……?」
「そ、そうなんだぁ……?」
「リョウどんの世界はどんな感じなんだろ?」
リョウの挙動が更におかしくなる。メイは恥じらいリョウの方をまともに見れていないので、幸いまだまだ気付かれていない。
「ぼ、僕の世界は婚約ブローチでね、男女ともに着ける感じなんだ……結婚の時は指輪なんだけどね……。せ、世界によって違うんだねえ……」
「わあ、お揃いのブローチも素敵だなぁ……! あ、おらの世界でもプロポーズは花だども、結婚式の時に指輪は交換しとります!」
「そ、そうなんだ……! え、ええと、ありがとう! 参考になりました……! 覚えておくね……!」
「ふわぁ……! そ、そりゃ良かった……! えと、その、お、おらちょっと薪さ割って来ようかな……!?」
『覚えておく』と言った途端、メイが耳まで赤くして跳び上がった。照れ隠しのように立ち上がり、そそくさ薪を割りに行く。確かに薪は少なくなってきていたので助かるのだが、すぐに聞こえ始める薪割りの音と速度がメイの“のぼせ”を表しているようだった。リョウはリョウで、顔を赤くして頭を抱える。
「あああ、ああああ……! ピンクの花の形のアクセサリー……! いいのか!? これはいいのか……!? 想定外だぞ……!?」
今日用意したプレゼントは『ピンクダイヤを使った花の形のイヤリングとブレスレット』である。恋人としてペアアクセを贈るつもりだったが、これは知らなかったとはいえ最早プロポーズになってしまうのでは!? と酷く動揺してしまった。だが今更どうにも出来る訳でもないし、暫く頭を抱えてから口を引き結んで顔を上げる。
「よ、よし……! よし……! なるようになれ……!」
元々結婚を前提にお付き合いをしているのだから、最悪――最悪という言い方は相応しくない、予定が早まったとしても問題はないだろうそうだろう。と自分に言い聞かせて立て直す事にした。ちら、とメイの方を見ると未だに耳まで赤くして熱心に薪を割っている。素直に『可愛いなあ』と思えたので、段々寧ろ早まっても良いのではないか? と思えて来た。かくも勇者の精神は前向きで強靭なのである。
話題のせいでどぎまぎしつつも、二人は順調に豚を焼き時間は過ぎて行った。交代して火を見て貰っている間に、リョウは副菜も沢山作って断食明けのメイの食欲に備える。そうして暗くなる頃、ついに豚の丸焼きは完成した。
* * *
砂浜には大きなキャンプファイヤーが燃え、あかあかと周囲を照らし出している。テーブルの上には既に完成した副菜たち――野菜や魚介を焼いた物、腸詰に山盛りのマッシュポテト、チーズグラタンとコーンブレッドとフルーツのパイ、ドリンク等々が万端に用意されていた。
そしてひとつだけ空のテーブルがあり、主役の登場を待つようにバナナの葉が敷かれている。此処に豚の丸焼きが鎮座すれば晩餐は完成なのだ。
「――うん、よく焼けてる。完成したよ、メイさん。運ぼう」
「んん……!」
最早言葉もなく、涎が零れないよう口を引き結んだメイがこくこく頷く。二人とも火傷しないよう分厚い手袋を装着し、丸焼きの乗った網をせーので持ち上げ運んだ。テーブルにおろされた“主役”は見惚れるような焼き色で、僅かの焦げ目すら愛おしい。一目見ただけで絶対に美味しいと分かる素晴らしい出来だった。
「わあぁ、ああ、ふあぁ……!」
「どうぞ! 食べて下さい!」
「リョウどん頂きます……!」
最早言葉をなさないメイの前で素早く丸焼きに刃を入れた。大きく肉を削いでメイの皿へと移し、どうぞと言った瞬間にメイの手が動く。大きな一切れが一瞬でメイの口へ吸いこまれた。
「あつ、はふ……!」
「お味は……どうでしょう……!?」
熱さではふはふしながら頬を紅潮させ、目を輝かせて味わうメイに感想を求める。じっくりとした咀嚼からの嚥下、少しの間。それからメイが口を開いた。
「……めえ、美味え……! 美味過ぎる! リョウどん……!」
「――……よッッッし!」
「皮はパリッとしとるのに肉は本当柔らかくて、中まで味もしっかり付いてて、脂も溶け出して最高だ……! それに甘みも凄く引き出されとる! これは飲める! この豚は飲めるぞリョウどん……!」
「飲める頂きましたねえ~!?」
切る速度が追い付かない位に、怒涛でメイが食べていく。あらゆる部位を美味しく味わって欲しいので、暫しわんこそばのように肉を切ってはメイの皿に乗せていく時間が発生した。メイの方は次々味わわせて貰い、逐一感謝と賛辞を述べてゆく。見る間に豚が減りゆく中――リョウが手を止め、一部の肉を持って作業台へと立った。
「セルフで食べてていいよ、メイさん」
「へぇ!」
豚の塊を裂き、ソースと和えて炙ったバンズに溢れそうな程に挟んで豚バーガーを作成し、スッと猛烈に食べているメイに差し出す。
「……!」
「味変もどうぞ!」
「わああ!」
リョウの握り拳位あるバーガーが二口で消えた。数個作ったが、残りも五分と掛からず消えた。何度見ても気持ちが良い食べっぷりである。にこにこ眺めていると、その内メイの目が潤み始めた。
「メイさん……!?」
「うう、幸せだ……っ、こんな、人生で一番美味え豚の丸焼き……っ」
「そんなに……!」
「リョウどん、お願いがあります……っ!」
「なに!?」
メイが目を潤ませながら、豚足を握り締めて切ない声を出した。
「年に一度で良いから……! 今後……っ、誕生祝いと思って、おらに豚の丸焼きを作ってくれねえだろか……っ!」
「い、いいよ……! 誕生日いつ!? って思ったけどこの世界暦が無いから分からないんだよね……! いいよ……!」
「やったぁ……!」
豚足をぶんぶん振って喜ぶメイに目を細めながら、リョウも座って食べ始めた。
「――ね、メイさん」
「何だぁリョウどん?」
副菜にも手を伸ばし始めたメイが視線をリョウに向ける。
「一応聞いておきたいんだけど、村の近所のお兄さんは超えられたかな……?」
問うと、メイが一瞬目を丸くした後――艶々の頬で破顔した。
「村どころか、リョウどんが世界一だぁ!」
「やったぁ……!」
それからは互いに満面で、がつがつと食べていく。一時間もしないでテーブルはすっかり空になり、ついに“その時”が来てしまうのである。
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