223 ベルの苦悩
「わ、わたくしにお弁当を作って欲しいというの……!?」
「いや、あの……ちょっと思い付いただけだから……無理はしなくても……」
「ベルちゃんちょっと……! ガンナーちゃんちょっと待っててネッ!」
「おう」
ジラフが慌てて日傘を拾って差してやりながら、固まったベルを少し離れた所まで引っ張っていく。
「ジッジジジジラフッ、これはどういう……!」
「これはアレよ、ダンジョンでメイちゃんのお弁当を食べた時に“母の味”の話になった事があって……! ガンナーちゃんだけ母の味の思い出が無くて、無理矢理『カーチャン手製の魔法薬と小人の焼いたクッキー』を母の味ッて事にしたのよ……!」
「そんな母の味ある!? 薬だし小人の味じゃない!?」
「だから多分その事を思い出して、ダメ元で聞いてみたんだと思うわ……ッ!」
ベルが苦悩し頭を抱えた。
「わ、わたくしも母の味なんか知らないから盲点だったわ……! ああジラフ、わたくしはどうしたら良いの……!」
「凝ってなくても、ちょっとした手料理で良いと思うわよ……ベルちゃん作れる?」
「手料理ですって!? 魔法でお茶を淹れた事しか無いわよ……!」
「な、なら正直にごめんなさいしたら!? ガンナーちゃんだってダメ元で聞いただけでしょうし……!」
「なあカーチャン、そんな苦悩せんでも無理なら無理で――……」
「無理じゃないわよ! ちょっとジラフと井戸端会議してるだけッ!」
「ほ、ほらガンナーどん! あっちでちょっと子供達と遊んでこよう!」
「お、おう……」
何やら悲壮な気配を察して、メイがガンを伴い小人幼児達と少し離れてくれた。
「どうして見栄なんか張ったのベルちゃん……ッ!」
「だって! 今まで誰かの為に何か頼って来た事はあっても、あの子が自分の為にわたくしへ何か強請ってくるなんて初めてなのよ!? これだけカーチャン面しておいて無理だなんて言える!? 絶対叶えてあげなくちゃ!」
「あああ、そうなのネ……!?」
事の重大さをジラフも理解した。これはいうなれば血の繋がらない子供を引き取り、愛情深く育ててやっと――甘えて『初めての我儘』を言えるようになったという事なのだ。ジラフも親が死んだ子を引き取り育てた経験がある為、よく解った。
「それはもう、無理してでも作りましょう……! 大丈夫よ、リョウちゃんやメイちゃんに教われば……!」
「けどいきなり2人みたいに美味しい料理は作れないわよ……!」
「バカねっ! 味じゃないのよ! ガンナーちゃんにとっては『カーチャンが頑張って作ってくれた』っていう部分が大事なんだから!」
「そ、そういうものかしら……!?」
「そうよ……ッッッ!」
力強いジラフの言葉に、ベルもおずおずと頷いた。
「わ、分かった……! 頑張るわ……! ジラフも助けてね?」
「勿論よ! リョウちゃん達ほど得意じゃないけど、アタシだって手伝えるわ!」
「ありがとう……!」
ヒシッと抱き合い、それから離れて子供達と遊んでいるガンを手招いた。呼ばれて、ガンが若干心配顔でやって来る。
「……あの、なんかすげえ悩んでたみてえだけど大丈夫か? 得意じゃなさそうなのは分かってるから、本当キツいなら無理しなくて良いんだが……?」
「得意じゃないのは事実だけど、可愛いあなたの為ですもの! カーチャンは頑張ってお弁当を作るわよ!」
「まじ!?」
本当にダメ元で聞いただけで、全然期待していなかったのでガンが凄く驚いた顔をする。
「え、え……本当に?」
「本当よ……! ただあなたも知っての通りカーチャンは普段料理なんかしないから、リョウやメイみたいに美味しくないし不格好だと思うわ。それでも良い?」
「い、いいよ。いいよ……! もし不味くても残さず食うよ……!」
ワッと唐突にガンに小人幼児達が寄って来た。妖精である小人達には、今ガンの頭の上でぽかぽか沢山咲いた“嬉しいの花”が見えているのだ。『おはな』『おはなたくさん』『がんなーうれしいねえ』と舌足らずでニコニコしている。
そして、それは魔女であるベルにも見えていた。これまで何度もガンナーが喜んだり、初めての食べ物に感動して花を咲かせる所は見てきたが、こんな満開は見た事が無い。つまり、それ程嬉しいのだ。カーチャンが弁当を作ってくれる事が。肉と皮だけでは見えない歓びを目の当たりにして、カーチャンも胸がキュウとなる。
「何が食べたいの?」
「え、え、何でもいいよ……カーチャンが作れる奴なら……」
「一応言っておきなさいな……! 作れるかは置いておいて……!」
「……じゃ、じゃあ……おにぎりと、たまごやき……」
「分かった。善処します」
深くカーチャンが頷いた。ガンが寄って来る小人幼児達を抱えながら、本当に作ってくれるんだと改めて噛み締める。
「え、うわ……まじか、すげえ嬉しい……」
「オホホ! 特別なんだから! カイにだって作らないわよ! 感謝なさい!」
「カーチャンありがとう! めちゃくちゃ嬉しい!」
盛大に感謝を叫び、ガンが照れ臭そうに笑った。カーチャンも大変気分良く、笑顔を浮かべた。その様子を離れて見ていたジラフとメイも、そっとハンカチで目頭を押さえるのだった。
* * *
「あらベルちゃん! あんたお弁当作ったことないの!?」
「これだから魔女は駄目だわね! 何でも魔法に頼っちゃってるんでしょう!」
そして数日、保育所にて。交代で昼休憩に入ったベルは保育士のおばちゃん達に呆れられていた。此処の保育士は『姑』ばかりで構成されている為、良いお弁当作りのコツやアイデアなど無いかと思って聞いたのが運の尽きである。
本来の来歴や関係性はゴーストである海上都市の人間には理解出来ない為、彼女達の中では『王の知り合いの長命種の魔女で、保育と医療資格を持ったシングルマザー』という認識になっている。元々ケンの世界では異種族も多く存在した為、魔女や長命種に対する偏見はなく友好的に接して貰っており――かつ、ベルは常駐している為おばちゃん達からすると『同僚の若い娘』扱いだった。
「そりゃあね、あんたも女手ひとつでこれまでガンナーちゃんを育てて、苦労も沢山したんでしょうけど……流石に一度もってのは可哀相だわね」
「あの子ももう30歳でしょう? ちょっとぶっきらぼうだけど良い子だし、すぐに何処かの女に持って行かれるわよ! その前に作ってあげなくっちゃ!」
「そ、そ……そうね……!」
そういう設定で理解されているので仕方が無いのだが、30年まるまる手料理も作ってやらなかった母親扱いされて少し心が痛い。
「何も凝った物じゃなくて良いのよ! あたしだってね、息子を育ててた時は仕事が忙しくて毎日は作れなかったわ! 出来合いのおかずか、あとは肉を焼く位!」
「そうそう、男の子なんて肉があれば文句言わないんだから!」
「肉、肉を焼けば良いのね……!?」
「そう! 味付けに自信が無かったら、腸詰か厚切りハムでも焼けば良いのよ!」
心は痛いが、おばちゃん達の手抜き飯の情報は中々ありがたかった。ややしおしお顔にはなってしまうが、おばちゃん達の知識をメモしていく。
「お弁当じゃないけど、そういえばあの子お茶とクッキーは好きよ! 休憩中に出してあげると他より嬉しそうな顔するもの!」
「ああ、お茶とクッキーはわたくしもよく与えていたから……」
「後は紅茶にジャムを入れた事が無いっていうから、教えたら気に入ってたわ!」
「そうなのね。ジャム……」
確かに今までジャムを添えて出した事は無かった。ジャムと書き留め、何か思い出しそうな気がして首を傾げる。紅茶、紅茶と一緒に出て来る甘いもの。クッキーじゃなくて、ジャム。ジャムではなくて――……。
「……あった!」
「ど、どうしたのベルちゃん!?」
ベルが唐突にガタッと立ち上がる。
「母の味ではないけれど、わたくしにも作れる思い出の味があったわ……!」
これだ、とベルの目がきらきらと輝いた。
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