220 ぼくらはしあわせです
ガンとリョウが元気モリモリ体操で地獄を見ている頃、村の労働担当のケンは海上都市に来ていた。農具が壊れた為、急遽海上都市の物を取りにきたのである。
生産区の方に歩いていく途中で“それ”と出会った。
「何をしている?」
後宮にもほど近い、美しい石畳が広がる噴水広場だ。小さな子供――小さいとはいえ6歳か7歳か、保育所ではなく学校に通う位の年齢の子供がチョークで石畳に落書きをしている。着ているものからして王族か貴族階級だが、見守る供も居らず、ぽつんと一人で居る姿が気になり声を掛けてしまった。
「ちちうえをかいています」
「ほう、其方の父は強そうだな」
ケンも子供の隣に屈んで落書きの全容を見る。パッと見は邪神か化け物のようで、言われなければ人間の父親とは思えない前衛的な絵だ。
「何故目が幾つもあるのだ?」
「ちちうえはせかいじゅうをみるので、目がたくさんあります」
「何故腕がこんなに生えているのだ?」
「ちちうえはせかいじゅうにてがとどくので、腕がたくさんあります」
「角と翼は?」
面白い事を言うので興味を惹かれた。ちちうえ像の頭には沢山の凶悪な角が生えているし、背中には大きな翼が描かれている。
「ちちうえは強いので、たぶん角がはえています。せかいじゅうをとびまわるので、翼もはえているはずです」
「筈、か。父の姿を見た事は無いのか?」
「ぼくが赤ちゃんのころにおあいしたことがあるそうですが、おぼえてないです。あとはしきてんのときにおみかけしましたが、豆つぶみたいでした。しょうぞうがはみたことがありますが、きっと本物ではありません」
「ふむ、肖像画の父はこのような姿を?」
きちんと教育されているのだろう、幼い割に確りと答えるなと思った。問いに子供は少し考え込み、やがて『しー』と唇の前に指を立ててケンを見る。
「しょうぞうがって、嘘なんですよ。ひみつです」
「ほう!?」
「かあさまや、おばさまが画家に『もっと美しく!』『もっと胸をおおきく!』とたくさんちゅうもんしているのをみました。だから嘘なんです」
「わはは! 成る程な……!」
納得して笑ってしまった。面白い子供だ。もっと話してみたくなり、屈んだ姿勢をどっかり座り込む形に変えた。子供は不思議そうにケンを見ている。
「あなたは誰ですか? しょうぞうがの、ちちうえによくにています」
「おお、お前の父の名は何という? 母の名は?」
「ぼくのちちうえは神さまです。このよでいちばんえらく、とうといおかたです。おそれおおくて、おなまえはよべません。 母はアンジェリカといいます」
「アンジェリカはいつの時代も多過ぎて分からんな! だが、うむ……俺の子だなこれは……?」
申し訳ない事に子供の顔も記憶に無いしアンジェリカという名の女も多過ぎて分からない。だがこれまでの情報を顧みるに確実に自分の子だ。
「俺が其方の父である」
「……?」
子供が物凄く怪訝な顔をした。確かに肖像画の父上には似ているが、似ていない。
「しょうぞうがのちちうえは、そんなふうに笑いません」
「肖像画は嘘なのだろう?」
「とてもおいそがしいおかたです、こんなところにいるはずが……」
「今は執務をさぼっておる。其方とて、学校を抜け出してきたのでは?」
ハッと子供が電撃に打たれたような顔をした。
「ほんとうに……? どうしてそんなみすぼらしいかっこうをしているのですか?」
「さぼっていると言っただろう。変装だ」
「……! ほ、ほんとうにちちうえですか?」
「ああ、そうだ」
爪先から脳天まで一斉に鳥肌が駆け抜けたみたいに、子供がブルッと震えた。
「……目はふたつで、腕も2ほんしかはえていないのですね」
「ああ、そうだ。角も無ければ翼も無い。だが強いし空も飛べるぞ」
「す、すごい。ちちうえだ……ち、ちちうえ……!」
一瞬興奮して抱き着きかけたが、慌てて自制して堪えている。“おそれおおい”の教育が行き届いているのだろう。だから、此方から腕を伸ばして膝に乗せてやった。
「わ、わあ……すごい。ちちうえのおひざに……ないしょ、ないしょにしますね」
「……?」
「ぼくだけ、ちちうえにかまってもらったなんて。他の子がうらやましがります」
「ああ、そうか……俺が普通の父ならもっと皆を構ってやれたろうに。すまんな」
此処まで殊勝だと流石のケンも罪悪感に駆られる。思わず謝ると、子供がきょとんと不思議そうにした。
「どうしてあやまるんですか? ちちうえはへいわな世界をつくって、ぼくたち皆をまもってくれています。ちちうえは神さまで、すごいのに」
「……いや、その、普通の父が羨ましくはならんか?」
「いっしょにあそんでいるのを見ると、ちょっとはいいなとおもいます。けど、ぼくは神さまの子なのがじまんです。いぼ兄弟もたくさんいるし、さみしくないです」
「そうか……」
「それにちちうえはおひとりしかいないし、おいそがしいし、ぼくらぜんぶをかまうのはぶつりてきにむりですよ。だいじょうぶ、ぼくらはしあわせです」
「…………うむ……うん……寂しくも、不自由も無いならよろしい……」
此処に村の面々は居ないのに、脳内で色んな角度から一斉に責めたてられる幻想が浮かんだ。この場に誰も居なくて良かったと思う。
「だが、少しは羨ましいと思うのだな?」
「……それは…………たまに、すこしだけ……です」
「分かった」
不意に身体が浮いて子供が目を丸くした。父上が自分を抱いて立ち上がったのだ。
「其方の言う通り、俺に子供全員を構う暇は無い。だが、其方らの事は常に見ておるし気に掛けておる」
「ほんとうですか?」
パッと子供の顔に喜色が宿った。今抱いているこの子供は自分の子ではあるが、本当の子供ではない。別世界の情報を再現したただのゴーストだ。それでも罪悪感というか自己満足というか欺瞞というか――まあ罪滅ぼしが少し、したくなった訳だ。
「本当だ。どれ、父の“翼”を見せてやろう」
「わ、わああ……!」
オルニットを喚び出し、子供を抱えたまま跨る。胴腹を蹴ると、すぐに空駆ける馬は飛び上がった。
「す、すごい! すごいです! こうしてせかいをとびまわるのですね……!」
「わはは! 高いだろう! こうして父は空から其方らの姿を見ておるのだ!」
「ふああ、なるほど……!」
まったくの嘘である。肖像画が笑っていないという事は、全てに飽いて倦んで投げやりだった後期だろう。子など子孫など溢れ過ぎていて、空を飛んで気に掛けた事もなければ姿を探した事も無い。
「あっ、がっこうがみえます! すごい! 空からはぜんぶみえますね!」
「だろう? 父は直接傍に居らずとも、こうして其方らを見守り愛しておる」
「は、はいっ! はい! うれしい、うれしいです! ちちうえ!」
そのまま王宮の一番上、自身の寝室まで行き降り立った。子供は初めての王の寝室に仰天しきょろきょろしている。ケンの方は適当に見渡し、昔よく身に着けていたような気がする紋章入りのネックレスを手に取った。
「よし、俺に会った事は内緒にせずとも良い。これを証として与える。代わりに、俺が傍に居らぬ事で寂しい思いをしている者が居れば愛を伝えよ」
屈んで子供にネックレスを掛けてやると、頬を真っ赤にして今にもはち切れそうな興奮顔で子供がこくこく頷いた。その様子がなんとも愛らしく、ぐしゃぐしゃと髪を撫ぜてやってからまた馬へと跨る。
少しばかり空中散歩をして地上へ戻ると、子供は何度も礼を言って思い切りケンに抱きつき――それから“おそれおおい”を思い出して慌てて離れた。
「ちちうえ、ありがとうございます! きょうのこと、ぜったいにわすれません!」
「うむ、よく食べよく眠り、学び遊んで息災であれよ」
最後に恭しく礼を向ける子供の胸には紋章入りのネックレスが揺れていた。嬉しげに弾丸のよう掛けてゆく子供を見送り――ケンは何だか大変良いような事をしたような気持ちになっていた。
「……まあ、自己満足かつ欺瞞だがな! わはは!」
今度こそ本来の用事に歩き出し、そういえば子供の名前も聞かなかったなと思い出すが――どうせ聞いた所で忘れてしまうだろう。笑って首を振った。
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