215 雑草トーク
「ガンさん顔色良くないけど大丈夫?」
「酷え目に遭った……」
小人達の出産が終わり、これから一週間は人間だけで村を切り盛りしなくてはならない。一時的に止めても大丈夫な建築と職人系の仕事以外、農業や畜産系を皆で手分けして頑張っている所だ。リョウとガンは畑の雑草抜きを命じられ、麦わら帽子を被ってひたすらちまちま雑草を抜いていた。
「昨日の晩はさ、出産ラッシュがやっと終わッて流石に休もうってなって」
「うんうん。大変だったらしいね、お疲れ様……!」
「カーチャンも疲れてたから、おれ部屋まで送ってやッたんだ。そしたら閉じ込められて一緒に寝る羽目になッて……」
「わあ、完全に目に浮かぶや」
ガンがしおしおした顔で雑草を抜いては籠に放る。リョウも『わあ』という顔を隠さず抜いていた。
「言い訳すんだけど、本当何も無かったしおれは何度も断ッたんだ」
「えーと……カイさんに誤解されるって思ったんだよね?」
「そりゃそうだろ? 一応男と女だぜ? 断るのが普通だろ!?」
「いや……うん……ちょっと待って、審議します」
「審議要る!?」
リョウが審議を始めたので、ガンが溜まった雑草を一度置き場へ捨てに行く。集めた雑草は乾燥させた後に纏めて燃やすのである。戻ると丁度リョウが審議を終えた所で、ガンを手招いていた。
「どうだ」
「僕とメイさんに置き換えて、そういう場合誤解が発生するかを審議してみました」
「おお」
「これがね、ガンさんが男じゃないって言ってる訳じゃないんだけどね……ガンさんに限っては僕も同じ状況が発生しても誤解しないかな……」
誤解されなくて良い事の筈なのに、どこかリョウは沈痛な顔で告げたしガンも解せぬ色を強めた。
「どうして……!」
「だって絶対何も無いじゃん……」
「無えけど……!」
「うん、ほら、無いから……誤解のしようもなくて……」
リョウもそれ以上説明は出来ない。だって無いんだからという顔をしている。信用されていて喜ばしい筈なのに、何故か男扱いされていない気がしてガンもムキになってしまった。
「お、おれが」
「はい」
「メイの胸に抱かれて寝たとしてもか!?」
「それはベルさんの胸に抱かれて寝たということ!?」
「ッッ、た、他言はどうか……!」
ガンが男の証明の為に言わなくて良い事まで言ってしまった顔をするが、再びリョウが審議の顔になった。
「……いや、けどそれって……ベルさんがカーチャンをしたくなっただけだよね?」
「そう……」
「ちょっと待ってメイさんに置き換えるから……」
「…………」
雑草を抜きながら、ガンがちらちらとリョウを見て審議を待つ。
「ううん……そもそもガンさんからは絶対そうして欲しいって言わないんだよな。けどそういう状況になったって事は、不可抗力か何かの必要性に迫られたとか……? 酔っぱらったメイさんがガンさんを赤ちゃん扱いしてとか、寝ぼけて抱き枕にとか、どう考えてもメイさん発なんだよそれって……」
「すげえ、リョウの思考が駄々洩れに……」
リョウの審議が独り言のように滅茶苦茶聞こえてくる。
「で、遭難して凍死するみたいな状況じゃなきゃガンさんは絶対抵抗する訳じゃない? 抵抗してもそれが成されたという事はもう腕力で敵ってないんだよ。ベルさん細いけど異常に力強いし、メイさんは僕より腕力あるし……」
「…………」
「えっと、そうだね、その場合はなんかうちのメイさんがごめんね……って気持ちになるかな……?」
「嘘だろ……?」
ガンが愕然として雑草を取り落とした。リョウも何となく申し訳ない顔になる。
「いや、ガンさん……逆にそれは得難い特性だよ。これが他の男だったら――まあジラフさんはアレだから置いといて。それこそ誤解が生まれて修羅場だからさ……」
「お、おまえそんなに巨乳が好きなのに……おれがメイの乳に触れても何とも思わねえッてのか……?」
「僕の巨乳ネタはいつまで擦られるというの!?」
ともあれ、またリョウが『乳に触れる』という点で審議する。
「何とも……いや、そりゃ毎日は嫌だけどさ。ごめんあの、本当ガンさんが男じゃないって言ってる訳じゃないんだけど、恋人が近所の子供とかペットとか抱き締めてるの知って嫉妬する? しないじゃん? みたいな……?」
「子供! ペット!」
「いやガンさんはちゃんと男だよ! ただ性的な興味が抜け落ちてるからこのシチュエーションだと最初から勝負にすらなってないっていうか……!」
「くそが……! 理解出来たけど何かすげえ不名誉……ッッ!」
悲しみと共にガンが頭を抱えた。誤解も修羅場も生まれないなら結構、とは思うが謎の敗北感が凄い。
「ま、まあまあ……そういうのは人それぞれだし……。それに今更性欲を身に着けようなんて思わないでしょ?」
「まあな……」
「じゃあいいじゃん……他言しても何の問題も起きないと思うけど、一応誰にも言わないでおくね……」
「おう……」
またガンがしおしお顔に戻って雑草を抜き始める。リョウも作業を再開したが、数秒してややもじもじと顔を上げた。
「で、その……どうだった?」
「何が」
「だからその……抱かれ心地といいますか……」
「おまえは一生巨乳ネタで擦られ続けろ」
「だって……!」
『だって』を黙殺したガンが、難しい顔で少し黙ってから口を開く。
「…………安心して眠くなって、爆睡しちまッた」
「わあ、それもう本当の母の胸じゃん……!」
「……?」
「僕も小さい頃に、怖い夢見た時とか母さんと一緒に寝て貰ったっけ。分かるよ、安心してよく眠れるんだよねえ」
「おお……」
リョウの経験からもお墨付きが付いた。じゃああれは本当に『母の胸』で良いという事なんだろう。何となくその墨付きは嬉しかったので、しおしおした顔に少し元気が戻る。
「でさ……この話には続きがあッて」
「うん」
「朝起きたら何でか隣にケンが寝てた」
「何が起きたんだよ。いきなり地獄じゃん。そりゃ顔色も優れないよ……!」
急な恐怖展開にリョウの顔色も悪くなった。
「おれの姿が見えなくて探しに来たらそういう状況で、羨ましがッたらカーチャンがバトンタッチしてくれたんだと……起きたらケンしか居なかった……」
「悪質ですよそれは……ほんとに……血も涙も無い……」
「失敬な! ノータッチで寝顔を見ていただけだというのに!」
「ギャアアアアア!」
「ウワアアア出たあああああああ!」
不意に影が落ちたと思ったら地獄の声が聞こえて、二人とも悲鳴をあげた。
「ケ、ケン……! いつから……!」
「巨乳擦りの辺りからだが?」
「どっちの擦り!? 前!? 後!?」
「盗み聞きとは卑怯な……ッ!」
「いや、普通に歩いて来たら聞こえただけだが!?」
振り向くと、二人と同じく野良着で麦わら帽子のケンが立っている。
「カイさんがな、収穫できる野菜は全て収穫してしまおうと言うから! 二人とも雑草抜きが終わったら手伝いに来い! と言いに来たのだぞ!」
「おお、分かッた」
「もうすぐ終わるから、片付けたらすぐ行きまーす!」
二人が頷き立ち上がると、むんずとケンが二人の手首を掴んだ。
「!? なに……?」
「!? ヒッ、何ケンさん……!」
「血も涙も無い地獄呼ばわりをされていたので、期待に応えてやろうと思い……」
「おれはしてねえ! リョウしかそれは言ッてねえ!」
「ガンさん! 連帯責任だよガンさああああああんッッッ!」
二人が一気に青褪めた途端、フワッと柔らかな感触が掌に触れた。
「!?」
「!?」
「鍛え抜いた男の胸筋は、力を抜くとこんなにも柔らかいのだ。覚えておけ!」
スッとケンが手を離し、血も涙も無い笑顔で去ってゆく。途端にリョウが膝を付いた。ガンは呆然として掌を見ている。
「え、あ……あれ……い、今の……カーチャンの胸と大して変わらな」
「言うなガンさあああああああんッッ!」
「!?」
「ウワアアアアアアアアアアアア――――ッッッ!」
失意体前屈でリョウが絶望して叫んでいる。あまりにも惨い、血も涙もない地獄を与えられた心底の慟哭であった。ガンがドン引きしたが、慌ててリョウの傍らに跪いて慰めてやる。
「リョ、リョウ……! 肉と皮で考えるな……! 柔らかさが同じだから何だッてんだ! ケンとカーチャンとメイだと全然違うぜ! なッ!?」
「そうだけどおおおおお! ウワアアアアアアア……ッ!」
リョウの慟哭は尾を引き、二人が野菜の収穫に加わるには結構な時間を要したという。こんな風に地獄や茶番を挟みつつ、人間達だけの一週間が始まった。
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次話は明日アップ予定です!




