213 母子水入らず
「いや、それはまずいだろ……?」
「何が?」
「カーチャンとはいえ、おれも一応男な訳で……?」
「あなた、そういう事は女に興奮出来るようになった上で言いなさいな」
「!?」
あんまりな物言いに目を剥いた。その間にカーチャンが勝手に腕を伸ばしてドアを開けている。
「ほら、早く入って。小人は全員帰してしまったから、身の回りの世話をする者が誰もいないのよ。このドレスが一人で脱げると思うの?」
「あ、ああ……カ――……まあ、手伝い位なら……」
『カイ呼んで来るか?』と言い掛けたが、ブチ切れられそうなので一緒に寝るとは明言せず寝室へ入った。ベルの寝室には初めて入るが、海上都市に負けず劣らずの豪華な内装だ。入ったので降ろそうとすると、今度は降りてくれて安堵する。
「…………」
このままダッシュで逃げようかと一瞬脳裏に過った。が、その前にベルが指先を振る。無情に魔法によるドアの施錠音が響いた。
「カーチャン……どうして鍵かけた……?」
「うふふ、あなたが逃げないように! さ、後ろを解いて頂戴!」
「くそ……!」
ベルがくるりと背を向けるので、渋々脱衣を手伝う。きつく留められたリボンや紐を解き、ホックを外して緩めていく細かい作業だ。
「すげえな、普段からこんな締め付けてんのか。苦しそ……」
「オホホ! これが女の努力というものよ! というか器用ねガンナー。とっても上手よ。カイは初めての時もっと手間取ったもの」
「なあ今からでもカイ呼んできた方がよくねえ!? 誤解されねえ!?」
「……?」
無論カーチャンに何かするつもりは無いのだが、恋人であるカイに誤解されないか凄く心配だ。だが此方の心配とは裏腹、ドレスを緩めて貰ったベルが物凄く不思議そうな顔で振り返る。
「何を誤解するというの? あなたわたくしが下着姿だろうと全裸だろうと興奮も勃起もしないでしょう?」
「しねえけどさァ!? 唐突に勃起とか言うのやめてほしい……!」
「まあそれはそれで失礼なんだけど! 安心なさい、流石のわたくしも息子に手は出さないから。母と子が一緒に寝るだけよ。何か問題ある?」
変な子ねえ、みたいな顔をしてベルが衝立の影へと消えていく。衣擦れの音がするから恐らくドレスを脱いだりしているのだろう。目の前でそれを行わない事にだけは一応感謝した。
「そ、だ、ッ……母子とはいえほら血は繋がってねえんだし、勃起しねえとはいえ一応男と女だし……!? この言い方おれが不能みたいで嫌だな……!?」
「逆にどういう時なら勃つの? 男相手なら勃つ?」
「男でも勃たねえよ! 相手がどうのじゃなくて直接刺激すりゃ普通に勃つんだ! つかおれは何を聞かれてんだ! 聞くなよ!」
「カーチャンとして把握する為に聞いてるの! 成る程ね、感情的に性的興奮を覚えない性質なのかしら」
「絶対その把握要らんだろ!? 分析しねえで……!?」
最低な問答をさせられつつ、もう疲れたので手近の椅子へ勝手に座った。男女の垣根が無い世界から来た自分が、気を使って皆の常識に合わせてやっているのにこれである。片手で眼窩を覆って、深い溜息が漏れる。
「……一応、失礼のフォローじゃねえけど。カーチャンの事は綺麗だと思ってるよ。今まで見てきた女の中で一番綺麗だ。興奮はしねえけど、これで勘弁してくれ」
「んま! あなたそういう所よ!」
「何が!?」
前にジラフにも同じ言葉を言われたな、と思い出してうんざりした顔になる。この世は分からないことだらけだと嘆いていると、髪をおろしレースたっぷりのネグリジェに着替えたベルが衝立の影から現れた。
「とはいえあなたが人間の美醜に言及するなんて驚きよ。嬉しいわ、ありがとう」
「あァ、普段は全然そういう事思わねえんだけど。カーチャンに関しては綺麗だなッて思う時があったんだ」
「あら、そうなの? いつ?」
ベルが不思議そうにしながら、指先を振ってまた勝手に魔法を掛ける。ぽんッと音がして、ガンが着ていた白衣がベルとお揃いのネグリジェに変化した。その瞬間、ガンが凭れた椅子から跳ね起きる。
「!?」
「さ、寝る前に髪を梳かしてあげましょうね!」
「……こ、…………ッッ、もう好きにしろ……ッ」
「うふ! 良い子!」
『これおまえドレスも自分で脱げたんじゃねえの!?』と言い掛けたが、ブラシを手にしたベルがにこにこ寄って来てもう全てが面倒になってやめた。カーチャンはどうせ言い出したら聞かないし、戦うだけ無駄なのだ。
「…………村の完成式ん時だよ」
「……?」
「カイと夢中で踊ってる時のカーチャンが、凄く綺麗に見えたんだ」
「まあ、そうなの」
ベルが背後に回り、髪留めを解いて白黒半分の髪を梳いていく。
「踊ってんのはジジイとババアなのに、二人とも物語の王子と姫みたいに見えてさ。今思うとあれも魔法――――いッッで!」
「言葉に気を付けなさい。今カーチャンはあなたの毛根を握っているの」
「はい……」
ジジイとババアと言った途端、頭皮に激痛が走った。命ならぬ毛根を握られている恐怖に身震いし、慎重に続ける。
「まあ、それが最初なんだけど……カイと居る時のカーチャンは、ちょいちょいそういう風に綺麗だなッて……思うんだよ……」
「愛の魔法ね。それはメイもじゃなくて?」
「ああ、まあメイも思うかな。けどあいつは年相応で、カーチャンは若返って見えるんだ。不思議だよな、見た目は変わってねえ筈なのに」
だから自分にはカーチャンの方が綺麗に見えると言いたかったのだが、また図らずも年齢に言及してしまう事になり怖々したが痛みは訪れなかった。どころか、感心したように『ふうん』とベルが鼻を鳴らしている。
「見た通りの肉と皮ではなく、内面を感じ取っているのね。魔力は低くても感性は優秀なのよねえ」
「それは褒められてるでいいのか?」
「褒めてるわよ。ちゃんと魔法を感じ取れているのだもの。系統は違うけれど、それは今回の小人達と同じ愛の魔法だわ」
「そうか」
どう系統が違って何処が同じなのかという事は自分には分からないが、ベルが言うならそうなんだろう。もう痛みは訪れず、優しい手付きで髪を梳かれて目を閉じた。カイの手付きとはまた違う、これを女らしいというのだろうか、丁寧な感じだ。
「寝る時にわたくし達も魔法を掛けましょうね」
「……?」
「遠い別の世界に居る、あなたの子供と複製達に」
「けど、届かねえんだろ……?」
「ええ、世界を跨ぐから届くかは分からない。仮に届いてもあなたの世界では目に見えないでしょうね。けれど、無意味ではないから」
全然分からず首を傾げると背後で小さく笑う音がした。
「自己満足と気休めと思えば良いわ。魔法を掛けてあげたいと思って行う事が大切なの。今は届かず見えなくても、いつか見えて届くかもしれない。いつか自分に魔法は無いのかと探した時に、見付ける事が出来るかもしれない」
「カーチャンはいッつも難しい事を言うなァ……」
「あらそう? あなただってカピ神が世界の成り立ちを説明した時に初めて『自分は神に愛されていた』と知ったでしょうに。だから愛を残しておくのは大切なのよ」
ガンが目を開いて『あァ……』と呟き納得する。自分も確かに届いていなかったし見えていなかったが、世界を跨いで人づてならぬ神づてで知ったのだ。自分は確かに前の世界の神に愛されていたと。
「……確かに、あれは嬉しかッたな。そうか、無いならどれだけ探したッて無いんだもんな。気休めでも、可能性は低くても、残しておく事に意味はあるのか……」
「その通りよ」
ベルが満足そうに頷き、ブラシを置いた。それから肩を押して寝台へと促す。ガンは少し考え――決まり悪げに頭を掻くと、覚悟を決めて立ち上がった。
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