23話 「Limited War: Tournament Begins」
――首都ラール、近郊。
街道から外れた平原に、築かれた光のドーム。
魔術で構築された闘技場とも言えるそれに集うは――義勇ギルドに名を連ねる者たち、そして王都から流れてきた見物人たちであった。
「――ったく、王様ってのは派手だな。こんな魔術を使えるやつを派遣してくるとは」
桟敷の一角。革鎧を着崩した男が、欠伸混じりに周囲を見渡す。
隣の一人が、建てられた掲示板に掛かっている「それ」を指さす。
「……それより、こいつだよ」
――大会規定。
羊皮紙には、王の使者が布告した条項が、几帳面な筆で写し取られていた。
一、参陣を望む各ギルドは、一チームとして戦に臨むものとする。参戦の人数は、これを問わぬ。
一、勝敗は、相手方の機兵が悉く動かなくなった時、或いはチームの代表者が降参を示した時に定まる。
一、殺傷は、これを許さぬ。あくまで手合わせである。機兵を潰す事は構わぬが、乗り手の命を取る事は決して許されぬ。
一、機兵の修繕に猶予は与えぬ。備えの機兵を持つか否かも、そのチームの力量である。
「……四つ目が、性質が悪いよな」
若い術士が、ため息一つ。
「一戦目で機兵を壊されたら、そのまま二戦目に出るしかねぇって事だろ?」
「そりゃそうだろ。戦ってのは、そういうもんだ」
まるで当たり前かのように。
「砦を落とされた王国軍が、『修繕の暇をくれ』って伯爵に頼めるかよ。……王様はな、俺たちの『腕』を見たいんじゃねぇ。『何戦持つか』を見てんのさ」
――誤った配置は、味方を殺す事と同義である。
王の使者は、そう言った。ならば、この規定は当然の帰結だ。一戦で使い潰れる者を、決戦の最前線に置くわけにはいかない。
「――で、初戦の組み合わせだが」
若い術士が、羊皮紙をめくる。
「『ウルフパック』対『ウィンドライダー』。……いきなり読めないのが来たな」
「ウィンドライダーねぇ」
革鎧の男の声に、僅かな苦みが混じった。
「あいつら、俺は好かねぇ。……何やってんだか、さっぱり分からねぇんだよ」
「分からない?」
「ああ。依頼をこなした数は多いし、勝った負けたの記録なら、ギルド中でも指折りだ。……だがな、あいつらの戦い方を『見た』ってヤツが、殆どいねぇ」
男は、指を一本立てた。
「気が付いたら終わってる。獲物が、いつどこで喰われたのかも分からねぇ。……そういうチームだ」
「……奇襲と、隠蔽かねぇ」
「そういうこった。だから勝率だけが独り歩きしてる。……正直、あの手合いを相手取るのは、真っ向勝負の連中には一番きついぜ」
「対して、ウルフパックだろ?」
思い出すように、考え込む。
「あの妙な機兵の連中な。……ブレイザーを潰したって話は、俺も聞いた。だがそれ以来、大した仕事の記録はねぇ」
「盗賊に襲われた町を助けた一件くらいか。……あとは、ギルドに顔を出しちゃ帰る、それだけだ」
疑うような、目。
「腕は本物なんだろうさ。……ただ、腕が立つってだけで奇襲を捌けるなら、暗殺者なんて商売は成り立たねぇ」
「――まぁ、みてな」
背後から降ってきた声に、二人が振り返る。
そこに立っていたのは、赤茶けた短髪の大男。組んだ腕の下から覗くのは、朗らかな笑み。
「……ボルト・バルト。『ブレイザー』の」
「よぉ」
ボルトは、そのまま二人の隣にどっかりと腰を下ろした。桟敷の板が、その筋肉質の体によって、みしりと鳴る。
「あんた、負けた相手の肩を持つのかよ」
「肩を持つんじゃねぇよ」
ボルトは、闘技場の土を見下ろしながら、口の端を持ち上げた。
「あいつらの凄さを、あんたらは、まだ見てねぇだけだ」
その笑みには、少しばかり得意げな余裕だけがある。
「まぁ、みてな。読めねぇ要素が多いのは、確かに、だが……」
彼は、顎で闘技場の入り口を示した。
「――あいつらは化物なんで、ね」
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――同刻。空中戦艦『ベオウルフ』。
「……駄目だね。どのカメラでも見えないみたい」
えーと、んーと……と操作を思い出しながら各種カメラを切り替える千瀬。
前方に映し出されるイメージは――
「ラールの街と、同じ感じ」
「あの靄と?」
「首都を覆っておるあれと、同種の術じゃろう。……あの靄は街そのものを包んでおるだけで、郊外までは届いておらぬ。じゃから、会場には別に敷いたのじゃな」
そこでアレクシアが口を挟む。現地の人間故、彼女の方が、こういった魔術の性質には詳しい。
「なんでわざわざ……あ」
千瀬が、そこで気付いたように口を噤む。
「……伯爵か」
「そういう事じゃ」
アレクシアが頷く。
「王国の戦力が、この一箇所に集まっておる。誰がどれほどの腕なのか、どの機兵が何をできるのか。――伯爵にとって、これほど喉から手が出る情報もあるまい」
「上から覗かれたら、丸裸だもんね」
「うむ。故に、上から覗けぬようにした。……こちらの都合など、王国が知る所ではないがの」
「――で、他はどうなんだ?」
振り返ったACに、千瀬が艦のコンソールを叩いて答える。
「通信は、問題なし。デバイスも、機体間も、普通に通る」
「まぁ、街への連絡も通ってたしな」
「うん。……けど、それじゃ戦闘指揮は出来ない」
千瀬は、コンソールから顔を上げないまま、指先で画面を弾いた。
「光学、全滅。熱源も駄目。……何もかも、真っ白」
――現場の様子が、一切見えない。
「この状況だと、目隠しで指示をする感じになる。それが役に立つかな?」
「……立たねぇだろうな」
ACが、頭を掻いた。
通信が通る事と、役に立つ連絡、援護ができる事は、まるで別の話だった。
「……つまり」
艦長席のタクマが、静かに息を吐く。
「艦からの援護は、無いものとして考える。……そういう事だね」
「ま、そういう事だな」
――『ベオウルフ』は今、会場の直上あたり、それなりの高度に留めてある。
高度を落としたのは、何か問題があった時の為だ。すぐに降りられるように。すぐに引き上げられるように。
――そして結果として、それは思わぬ安心も生んでいた。
これだけ人目のある場所の真上に居座っている艦へ、誰かが空を飛んで昇っていくとしたら。それは、桟敷を埋めた数千の目の前で、白日の下に晒される事を意味する。闘技場で戦っている者たちにさえ、気付かれるだろう。
――忍び込む余地が、無い。
「艦に残るのは、サラとオーエン。……千瀬ちゃんも、出られる」
「やった。艦でお留守番なんて、退屈で死んじゃうもん」
軽く言う千瀬に、しかしタクマは笑わなかった。
(「……皮肉だな」)
人目のある場所に居るからこそ、安全になる。
――力を隠して生きるという選択が、少しずつ、手の中から零れていくような感覚があった。
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「あれ?」
サブモニターのキーを次々と押して画面を切り替えていた千瀬の手が止まる。
「どうした?」
様子を見にACが近づくと――
「ボタン間違えてこの画面に切り替えたんだけど」
「あー、そりゃ生産キューの画面だな。以前オーエンのヤツが新しい装備作る時に使ってたの見た事あるぜ。……あん?」
出力スロット。完成品の部分に該当するそこに、二体の機体のアイコンが。
「一旦、こっちだけ先に格納庫に移すを押してくれ。俺もこの機能はそこまでよく知らねぇからな。片方から先にテストした方が良いだろ」
「オッケー」
格納庫の方から、音がすると同時に。画面には、「格納庫への納入完了」の文字が。
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「……これは」
暫く後。格納庫へ呼ばれたアレクシアは、その機体を見上げて、しばらく言葉を失っていた。
装甲の色は、白銀ではない。艦の生産物らしい、灰の混じった鈍い銀。細部の造りも、彼女の国の職人の手癖とはまるで違う。
だが。
「……妾の機体、じゃな」
骨格が、同じだった。
盾を構えるための重心の置き方。槍を引きずるように構えた時に、腰が捻れる余地の取り方。彼女が十年以上を掛けて体に染み込ませた「型」が、そのまま鉄の形に写し取られている。
「オーエンさんが、いつ作ったんですか、これ……」
いつの間にか降りてきていたサラが、傍らで目を丸くしている。
「日付はね、ずーっと前」
千瀬が、手元のデバイスを覗き込みながら答えた。
「サラが仲間になった、あの日。……皆で街に買い出しに行った日だよ」
「あの日、って……」
「うん。アレクシアとタクマが手合わせしてた、あの日」
――『アレクシアの機体を分析したかったのだがな。仕方ないか』
その呟きを聞いた者は、誰もいない。
ただ、彼はスクリーンの片隅で、二機の手合わせを見ていた。盾で受け流す動き。回転の勢いを乗せて、竜の尾の如く振り抜かれる一撃。そして途中で、長剣から大槍へと持ち替えられた、その瞬間まで。
――中身は、解らないままだった。
だから彼は、外側だけを、寸分の狂いもなく写し取ったのだ。
「……ねぇ、アレクシア」
千瀬が、ひょいと顔を覗き込む。
「これ、使ってみる?」
「……妾が?」
「うん。だってこれ、明らかにあんたのだもん」
「じゃが」
アレクシアは、僅かに眉を寄せた。
「妾は、貴公らの機体の仕組みは知らぬ。それが利になるか弊になるかは判断は出来ぬ」
――それは、慎重さから出た言葉だった。
「……タクマに決めてもらうのが良いじゃろうな」
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「……試そう」
呼ばれて格納庫へ降りてきたタクマは、話を聞くと、少しの間だけ目を閉じ、それからそう言った。
「いいのか? ぶっつけ本番だぜ」
ACが、確認するように問う。
「うん。……でも、だからこそ、今なんだと思う」
タクマは、鈍銀の重型フレームを見上げた。
「これから、伯爵との戦がある。そこで『使えるかどうか分からない機体』を抱えたままなのは、まずいと思うんだ。……使えるなら、使えると分かっていた方がいい。使えないなら、それも早く分かった方がいい」
「で、今なら安全だってか」
「安全とは言わないよ。……でも、これは大会だ」
――殺傷は、これを許さぬ。あくまで手合わせである。
布告された規定の、その一文を、タクマは思い返す。
「機体が壊れても、命は取られない。……最悪、負けるだけだ」
そう言い切った、その根拠は、彼の中で確かにあった。
――これまで、機体に乗って戦ってきた中で、実際に体に傷を受けた事があるのは、オーエンただ一人。アルタン村で、巨大甲獣の一撃を脇腹に受けた、あの一件だけだ。そしてそれも、脇腹の軽い傷で済んでいる。
機体が潰れても、乗っている者の命までは持っていかれない。それが、これまでの戦いで彼が積み上げた実感だった。
「……試運転だ、と思ってくれると助かる」
タクマは、アレクシアに向き直った。
「もし少しでも不具合があると思ったら、その時は、元の機体に戻そう。元の機体もここに置いたままにしておくから」
「うむ」
アレクシアは、はっきりと頷いた。
「承知した。……では、少し馴染ませてくるとしよう」
――それから彼女が確かめたのは、二つだった。
一つは、機動。歩き、走り、止まり、身を捻る。全身のスラスターを噴かし、重い体を無理に回してみる。重量級だというその鈍さは、正直、彼女の白銀機よりも重かった。だが、慣れぬ重さではない。盾を構えて踏み込む時の据わりの良さは、むしろ勝っている。
もう一つは、武装。腕に固定される大盾。腰の架に差された突撃槍と、長剣。振り、突き、引き、受ける。
――どれも、手に馴染んだ。
彼女が確かめなかったのは、それ以外の全てである。
――魔術については、確かめようとすら思わなかった。
この世界の機兵は、どれもがそれを扱えるからだ。乗ったまま術を唱え、その術を機体の外へ、しかも大きく広げて放つ。彼女が幼い頃から見てきた機兵は、当たり前にそうであった。
そして何より、彼女の中で、術は「機体の機能」ではない。
――術は、己の力だ。
己の力ならば、どこに座っていようと出るはずだった。
新しい馬に跨る者が、駆け出す前に、いちいち自分の手綱捌きを確かめたりはしないように。
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「――で。誰が、指揮を執る」
出撃前の格納庫。ACが、そう切り出した。
「……指揮?」
「そうだ。相手の情報は未だに不明瞭な点が多い。だから誰かが状況に応じて、作戦を決める必要がある」
――今までは、その役をずっと一人の男が担ってきた。
艦から。現場で。戦場を俯瞰し、四方の状況を無数の目によって観察し、次の一手を指示する。
誰も、それを役割として意識さえしていなかった。それが「在る」のが、当たり前だったからだ。
「……僕じゃ、駄目だと思う」
最初に手を挙げたのは、タクマだった。
「僕がやるべきなんだろうけど。……無理だ」
「圏制があるじゃん」
千瀬が言うが、タクマは首を横に振る。
「位置は分かるよ。誰がどこに居て、どれくらいの強さで、何が飛んでくるかも。……でも」
――見える事と、動かせる事は、別だ。
「見えたところで、『じゃあどう動かせばいいか』が、僕には分からないんだ」
それは、正直な告白だった。次の相手の手が読めたとして、将棋のルールが分からない状態では将棋はできない。
――方針を決める覚悟は、あの夜に固めた。
だが、覚悟が決まったからといって、戦場の定石が頭に降ってくるわけではない。それは、まるで別の技能だった。
「それに、圏制は……ずっと維持してると、本当に体力が持たない。斬り込みながら全体を見続けるのは、無理だ」
「オーバーシアーは?」
千瀬が、思い出したように言う。
「あれ、飛ばしとけば全体が見えるじゃん。その上で誰かが艦から見れば――」
「あれはオーエンにしか使えない。ロウメイカーの装備だからね」
「……そっか」
「ACは?」
タクマが目を向けると、ACは、いかにも面倒そうに手を振った。
「やめとけ。俺は喧嘩の専門だ」
「人と一緒に喧嘩する事もあったんでしょ?」
「ただの殴り合いに、率いるも何もねぇ。全員で突っ込んで気合がある方が勝つ……俺が号令掛けたら、全員で気合入れて突っ込むだけになるぜ。それでいいなら任せろ」
「……よくないね」
「だろ」
視線が、自然と一箇所へ集まった。
「……妾か」
アレクシアが、僅かに息を吐いた。
「妾も、実際に隊を率いた事はない。……座学で教わり、父の兵が演練するのを、傍で見ておっただけじゃ」
――流浪の旅の間、彼女は一人だった。誰かに号令を掛ける必要など、一度も無かった。
「そのうえ、アーデントの何ができるのかも、まだ半分も知らぬ」
「けど、他に居ないんだよね」
千瀬が、あっさりと言った。
「うん」
タクマも頷く。
「……お願いできる?」
「――承知した」
アレクシアは、迷いを見せなかった。
「不足は、走りながら埋める。……それしかあるまい」
――消去法である。
その事に、この時、誰も引っ掛からなかった。
誰かが号令を掛けなければならず、他に該当する者が居ない。だからそうする。理としては、何ひとつ間違っていない。
――ただ、そこには「その役に足る者を据えた」という手続きが、丸ごと抜け落ちていた。
「よし。……参戦は四人。僕、AC、千瀬ちゃん、アレクシア」
タクマが、顔を上げる。
「人数は自由だから、これでいい。……サラは、オーエンを頼む」
「はい。……皆さん、どうかご無事で」
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――闘技場。
光のドームに囲まれた広場の、東と西。
その両端に、二つの陣が向かい合っていた。
西側。
『紫狼牙』。『グレイヴン』。『アルティア』。そして、鈍銀の重型機。
東側に並んだのは、五機。
――薄い緑と灰を混ぜたような、地味な塗装。三機は、細身で、脚が異様に長い。残る二機は、やや背が低く、肩に握り拳ほどの結晶を抱えている。
『……あれが、術士じゃろうな』
アレクシアの声。
『……ブレイザーの、雷を落とした機体にも、同じような見た目だったのじゃろう?』
『ああ、肩にクリスタルがついていたやつだ』
『アレは術の威力を上げる物じゃ。国が変わっても、基本構造は変わらんようじゃな』
――順当な布陣ではある。
だが、アレクシアの声には、僅かな警戒が混じっていた。
奇襲と隠蔽を得意とするチームが、こんなにも解りやすく並んでいる事が、彼女には落ち着かない。
『……皆、聞け』
彼女は、短く息を吸った。
『前の三機は、速い。真っ向から止めるのは損じゃ。……タクマは右、ACは左。妾が正面で受ける』
『了解』
『あいよ』
『千瀬は、動きが止まった物だけを撃て。走っておる物は追わずともよい』
『りょーかい。……止まったら死ぬって事だね』
――銅鑼が、鳴った。
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東側の三機が、地を蹴った。
――速い。
砂塵が、細長い三本の帯となって走る。予備動作の少なさは、明らかに訓練された動きだ。
「……っ」
アレクシアが盾を構え、正面の一機を受け止めた。金属が擦れる悲鳴。だが、彼女の据えた重心は揺るがない。重型の据わりの良さが、そのまま効いた。
(「……悪くない」)
左では、ACの斧が空を裂き、敵機が跳んで避ける。避けられた事にACは舌打ちひとつ。
あのまま受けるか反撃してくれれば、パワーカライドで押し切れただろうが――、そのまま追いすがる。
そして、右。
(「――遅い」)
タクマは、そう感じた。
『紫狼牙』は軽量級。この世界で最も速い機体の一つだ。相手の速度は確かに大したものだが、それでも、彼から見れば遅い。
スラスターを短く、幾度も刻む。斜め、斜め、そして真横。相手の視線が置いていかれた、その一瞬。
「――っ!」
逆手に握った大太刀が、抜き放たれる。
狙ったのは、胴ではない。武器を握った、右の腕。
――ごとり、と。切り落とされた腕が、砂の上に落ちた。
落ちた瞬間、その敵機の動きが止まる。
――止まった。
『――もらった』
乾いた銃声が、一発。
遠く、ドームの際に膝を突いた『アルティア』のスナイパーライフルが、火を噴いていた。
弾は、止まったばかりの敵機の膝の裏、装甲の合わせ目を正確に撃ち抜く。
膝が折れ、機体が横倒しになった。それきり、それは動かなくなった。
「――一機、行動不能!」
闘技場の縁から、審判官の声が上がる。
――桟敷が、僅かにざわめいた。
開始から、まだ十秒も経っていない。
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『……よし。次は――』
アレクシアが、次の指示を出そうとした、その時。
東の奥。
肩に結晶を抱えた機体の一つが、両腕を広げた。
「――白く、閉ざせ」
地面から、白が湧いた。
噴き上がるのではない。滲み出すように、地を這うように、それは一瞬で広がった。
視界が、消える。
『……っ、何じゃこれは』
『霧か!』
――同時に、冷気が来た。
装甲を通してすら伝わる、刺すような冷たさ。
『サーモ、駄目!』
千瀬の声が、鋭く跳ねる。
『真っ白! 何も出ない!』
――煙幕であれば、熱源探知が通る。かつてブレイザーとの一戦を制した手が、それだった。
だが、これは違った。冷えた水気が、熱の輪郭を丸ごと溶かしてしまっている。見えるべき熱の点が、どこにも無い。
(「……なるほどのう」)
アレクシアの思考が、逆に冷えた。
――隠蔽の術。ならば、これは自分の領分だ。
闇を暴くのも、隠れた者を引きずり出すのも、光の役目である。ヤトという男の闇を裂いた時も、艦の隅々を検めた時も、それで足りた。
「――照らし出せ、光のエフェリア!」
朗々と、彼女は唱えた。
――何も、起こらなかった。
「……?」
白は、白のままだった。
光の球は、どこにも生まれない。彼女の言葉は、ただ狭いコックピットの中で反響して、消えただけだった。
「……なんじゃ、これは」
もう一度。
「輝け!」
――何も、起こらない。
彼女の掌の上に、確かに術の熱はある。掌の内で、光は生まれようとしている。
なのに、それが、外へ出ていかない。
「な――」
初めて、彼女の背筋を、理解の及ばない冷たさが走った。
――出ない。
術が出ない、という事態が、彼女の想定の中に、そもそも存在していなかった。
術は己の力である。剣を握る腕と同じように、生まれた時からそこにある物だ。それが出ないという事は、腕が突然消えたと言われるのに等しい。
――『アレクシア?』
――『おい、姫さん、どうなってる』
――『指示、指示ちょうだい!』
――号令が、止まった。
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(「……アレクシア!?」)
白の中で、タクマだけは、全てを見ていた。
――『圏制』。
視界を奪われようが、彼には関係がない。周囲の気配は、肌に触れるように読める。
右前方に、アレクシアの機体。動きが、止まっている。左後方にAC、その脇に敵機が一つ。ドーム際に千瀬。そして――
敵の術士、二機。奥に、並んでいる。
(「……なら」)
考える。
自分にできる事は、これだ。この白の中で、敵の位置が分かるのは、自分だけ。
ならば自分が、その大元である術士を潰しに行くのが早い。
術士が倒れれば、術も解除される。確実ではないが、賭ける価値のある「可能性」。
(「行く」)
彼は、判断した。
それは、決して間違った判断ではなかった。
――ただ。
もし、あの男が艦に居たならば。
(『タクマ、その場で回れ。ブースターを全開でだ』)
そう言われていただろう。
――軽量機のスラスターを全開にして、身を捻る。それだけで、周囲の白は吹き散らされる。
かつて、煙幕を撒いた戦場でブースターを使うなと止められた事があった。噴射で煙が飛んでしまうからだ。
――その裏返しを、今この瞬間に思い出せる者は、この四人の中に、誰も居なかった。
タクマは、白を突っ切った。
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――速い。
白の中を、青い光の帯が一直線に走る。
「なっ――!?」
外部スピーカーに、狼狽した声が漏れた。
霧の術士が、そこにいる。両腕を広げたまま、術を維持していた機体が、慌てて後ろへ跳ぼうとする。
――遅い。
だが、その瞬間。
もう一つの結晶が、光った。
「――絡め」
白の中から、網が来た。
紫の火花を纏った、幾条もの帯。それが四方から『紫狼牙』へと殺到し、その四肢に絡みつく。
「――っ、ぐっ……!!」
全身が、痙攣した。
装甲越しに、電流が走る。関節が、勝手に強張る。
(「――ここで、止まるか」)
止まらなかった。
絡め取られた腕を、無理に前へ押し出す。
――狙うのは、胴の右の側面。動力の系が通っているはずの場所。
コックピットは、意図して外した。
(「殺しちゃ、駄目だ」)
――あくまで、手合わせなのだから。
大太刀の先が、装甲を貫いた。
そして、峰を返す。
――蒼い光が、刃の背に流れる。実体無きプラズマの刃が、内側で、機体の腑を焼いた。
霧の術士の機体が、痙攣し、そして崩れ落ちた。
――白が、薄れていく。
術者が倒れた事で、支えを失った霧が、風に解けるように散っていく。
「……よし」
タクマは、そう呟いた、はずだった。
だが、口が動いたのかどうか、彼には分からなかった。
絡みついた帯から流れ込む電流が、軽い装甲の内側を、際限なく走り回っている。軽量機の装甲の薄さが、この時ばかりは仇になった。
視界の端から、色が抜けていく。
(「……あ、れ」)
――彼の意識は、そこで途切れた。
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――視界が、開けた。
『――見えた!』
千瀬の声が、跳ねる。
膝を突いた『アルティア』の照準の中、白の晴れた先に、残ったもう一機の術士が居た。両腕を広げた姿勢のまま、まだ網を維持している。
――止まっている。
『そこ』
一発。
弾は、肩の結晶の付け根を撃ち抜いた。
紫の火花が、線香花火のように散って、消える。網が解け、『紫狼牙』が、ぐらりと膝を折った。
「二機、行動不能!」
――その、直後。
(「……えっ」)
千瀬の背中に、悪寒が走った。
――気配。それは、真後ろにあった。
「――!!」
振り向く暇は無かった。
霧の中で、それはずっと、そこに居たのだ。倒された仲間の陰に紛れ、気配を殺し、狙撃手が引き金を引く瞬間だけを、待っていた。
――奇襲と、隠蔽。それが、このチームの持ち味だった。
細い刃が、『アルティア』の左脚、膝の上の装甲の合わせ目に、正確に差し込まれた。
「――あ、が……っ!?」
千瀬の口から、悲鳴が漏れた。
――痛い。
装甲が裂かれる感覚が、そのまま自分の膝の上に走った。熱くて、鋭くて、そして本物の痛みだった。
――フィードバック感度。
狩人として、周囲の気配を肌で読むために。彼女はそれを、ずっと上げたままにしている。
その代償が、今、来た。
『――千瀬!』
風が鳴った。
『グレイヴン』の腰から射出された金属チェーンが、白の名残を裂いて伸び、千瀬を刺した敵機の首元に絡みつく。
「――どこ見てんだ、コラ」
ACは、腕を振らなかった。
腰を落とし、全身の捻りだけで、チェーンを引いた。
――軽い機体は、軽いままに宙を舞い、そして地面へ叩きつけられる。土が爆ぜ、装甲が砕ける音が、闘技場に響いた。
「四機、行動不能!」
――残るは、一機。
その最後の一機は、既に踵を返していた。
単騎で挑む愚を犯さないだけの分別は、あったのだろう。細長い脚が、砂を蹴ってドームの方へ走る。
その進路の上に。
――鈍銀の重型機が、立っていた。
「……妾は」
アレクシアの声は、低かった。
まだ、掌の熱の理由は分かっていない。何が起こったのかも、整理できていない。
――だが、これは分かる。
目の前に、敵がいる。そして自分の手には、槍がある。
「――妾は、まだ、負けておらぬ!」
重い体が、回った。
突撃槍の穂先が、遠心の力を丸ごと乗せて、円を描く。
――竜の尾が如き一撃。
それは彼女が十年を掛けて磨いた型であり、そして、遠くのスクリーンでそれを見ていた男が、寸分違わず鉄に写し取った動きだった。
鈍い、重い音。
最後の一機は、宙を半回転して、土の上に沈んだ。
「――五機、行動不能! 勝者、『ウルフパック』!」
審判官の声が、闘技場に響き渡った。
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――桟敷。
「……すげぇ」
革鎧の男が、呆然と呟いた。
「なんだ、今の。……終わったのか?」
「三分も、経ってないぜ」
若い術士が、羊皮紙を握ったまま、身を乗り出している。
「ウィンドライダーが、五機まとめて。……あの、勝ち方の見えねぇチームが、こんな」
「――なぁ、ボルトさん」
男が、隣を振り返った。
「すごいな、あんたはこれを予測してたのか」
――ボルトは、答えなかった。
男が怪訝に思って顔を覗き込むと、その大男は、土の上に転がった機体たちを見下ろしたまま、眉を寄せていた。
朗らかな笑みは、そこに無い。
「……ボルトさん?」
「……いや」
ボルトは、太い指で、伸びかけた無精髭を撫でた。
「……勝ったな。ああ、勝った。……だが、変だ」
「変?」
「あいつら、もっと楽に勝てるはずなんだよ」
彼は、闘技場の中央――膝を折ったまま動かない、紫の軽量機を見た。
「あの霧が出た時な。……ほんの少しだが、間があった。誰も動かねぇ、妙な間だ」
「そりゃ、見えなくなったんだから」
「見えなくなったら、余計に指示が飛ぶもんだ」
ボルトは、首を振った。
「俺が殴り合った時はな。……あいつらは、一匹の獣みてぇに動いてた。誰かが目になって、誰かが牙になる。俺たちが煙にやられて右往左往してる間に、外から牙が回り込んできてた。……ありゃ、腕がどうとかの話じゃなかったんだ」
「……」
「あの時とは違う。動きがおかしい」
彼の視線が、西の陣を舐めるように動いた。
――紫の軽量機。中量の斧持ち。中量の狙撃手。そして、見慣れない鈍銀の重装。
「……一機、足りねぇんだ」
ボルトは、ぽつりと言った。
「一番でかい、重装がな。青黒くて、鈍そうなヤツだ。……あの野郎が、目だった」
「その代わりが、あの銀のヤツじゃねぇのか」
「……どうかな」
彼が知るあの銀色は、白銀の機兵に乗った騎士だった。目の前の鈍銀の重装が、それと同じ人間だとは、彼には結び付かない。
――見知らぬ機体が一つ増えて、見知った機体が一つ消えている。
彼の目に映ったのは、それだけだった。
「……なぁ、あんた」
革鎧の男が、ふと、真面目な声を出した。
「それって、つまり――弱いって事じゃなくて」
「ああ」
ボルトは、桟敷の板を叩いて立ち上がった。
「化物が、片足で立ってるって事だ」
そして、闘技場に背を向ける。
「……早く治りゃいいがな。あの重装が」
それは、これから決戦の場を共にする者への、素直な願いだった。
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――闘技場、西側の控え場。
「……タクマ! おいタクマ!」
揺さぶられる感覚で、意識が浮き上がった。
「……ん」
瞼を上げると、ACの三白眼が、至近距離にあった。その後ろで、千瀬が心配そうに覗き込んでいる。
「あ……あれ。僕」
「気絶してたんだよ、あんた」
千瀬が、ぺしっと額を叩いた。
「もー、心配させないでよ。……電気に絡まれたまま突っ込む馬鹿がどこに居るの」
「……勝った?」
「勝ったよ。全部潰した」
「……そっか」
タクマは、深く息を吐いた。指先が、まだ小さく震えている。
――痛みは、無い。頭も、驚くほどはっきりしている。
(「……ああ、良かった」)
命は取られない。壊れるのは機体だけ。
その見立ては、間違ってはいなかったのだ。
――ただ。
「千瀬ちゃん、足」
「……あー、うん」
千瀬が、ばつが悪そうに、左の膝の上を押さえた。
布の下、薄く血が滲んでいる。深くはない。切れた、というより擦り剝いたに近い程度だ。
「かすっただけ。……痛いけどね」
「……ごめん」
「なんであんたが謝るのよ」
「……」
軽い傷だ。二人とも、軽い傷だ。
なのに、タクマの胸には、何かが引っ掛かっていた。
――『機体が壊れても、命は取られない』。
その言葉に、自分は、少しばかり寄りかかりすぎていたのではないか。
軽い傷で済んだのは、そう決まっていたからではない。ただ、そうなっただけだ。
「――で、だ」
ACが、控え場の隅に引き上げられた二機を、顎で示した。
『紫狼牙』。四肢の関節から、焼けた匂いを立てている。内部の系がどこまで焼けたのか、誰も判断できない。
『アルティア』。左脚、膝の上の装甲が裂けている。あの脚には、狙撃の際に姿勢を固定するアンカーが仕込まれている。
「……修繕の猶予は、無ぇんだよな」
「……無いね」
千瀬が、乾いた声で答えた。
「ラインを回せば作れるけどさ。……試合の間隔、短いよ。間に合うと思う?」
「思わねぇな」
「それに」
千瀬は、力なく肩を落とした。
「……あの製造ラインをちゃんと扱えるの、オーエンだけだよ。あたし、あれの記録の見方が分かるようになったのだって、今日が初めてだもん」
――沈黙が、控え場に落ちた。
「……妾の、責じゃ」
声を上げたのは、それまで一言も発していなかったアレクシアだった。
鈍銀の重装の足元に立って、彼女は自分の掌を見下ろしている。
「妾が、止まった。……あの一瞬、号令が途切れた。故に、二人が傷を負った」
「アレクシアのせいじゃない。予想外の――」
「言うな」
彼女は、タクマの言葉を遮った。
「慰めは要らぬ。……事実じゃ」
その声は、震えてはいなかった。ただ、恐ろしく静かだった。
「妾は、術が出ぬという事を、考えた事すら無かった。乗る前に、確かめようとも思わなかった。……当たり前に出る物だと思うておったからじゃ」
――当たり前が崩れた時に、人は止まる。
それを、彼女は身をもって知った。
「そして、止まった時に何をすべきかも、妾は知らなんだ。……座学で教わったのは、勝つ形だけじゃった。崩れた時の事は、誰も教えてくれなんだ」
「……」
タクマは、何も言えなかった。
――言えなかったのは、彼にも、同じ心当たりがあったからだ。
(「……僕も、同じだ」)
自分が出来なかったが故に、アレクシアにその役目を押し付けた。
誰かが号令を掛けなければならず、他に該当する者が居ないから、そうした。理としては、間違っていない。
――だが、「足る者を据えた」のではなかった。
その一点が、今になって、はっきりと形を持ち始めていた。
「……次があるよ」
千瀬が、努めて明るい声で言った。
「一回戦は勝った。まだ勝ってるんだから、いいじゃん」
「……うん」
タクマは、頷いた。頷いて、鈍銀の機体を見上げた。
――五戦。
まだ、四つ残っている。
焼けた軽量機と、裂けた脚の狙撃機と、術の出ない重装で。
(「……オーエン」)
声にはしなかった。
――そのくらいの意地は、まだ、あった。
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――空中戦艦『ベオウルフ』、医務室。
窓の外では、雲が緩やかに流れている。
人の気配のない艦内は、静かだった。機械の低い唸りと、そして治療カプセルの、規則的な音だけがある。
「……皆さん、勝ったのですね。タクマさんと千瀬さん、大丈夫かしら」
通信を聞きながらサラは、独り言。
その時、ぴ、と。
デバイスが、短く鳴った。
「……体に、違和感はございませんか?」
白い蒸気が、床を這って広がる。
「ああ、何も問題なさそうだ」
金のぼさぼさの髪に、表情は相変わらず自信に満ちていて。
「すまん。ありがとう、サラ。現状をかいつまんで教えてくれたまえ」




