第八話 初めての誕生日と、解けない魔法
離宮という名の「新婚生活?」が始まって数ヶ月。
レオノーラの徹底的な栄養管理とスキンケア、そして過剰なまでの愛情によって、ルシアンは出会った頃とは別人のように輝き始めていた。頬にはふっくらと血色が戻り、お肌はツルツル、虹色の瞳は生命力に満ち、十歳にしてすでに将来の「国宝級イケメン」の風格が漏れ出している。
(目もキラキラして、生きることを楽しんでいらっしゃいますわ……。いいことですわ、非常にいいことですわ!!)
勉学に励むルシアンを聖母のような微笑で見守っていたレオノーラだったが、ふと、脳内に激震が走る。
(待って!! あと三日でルシアン様の十一歳の誕生日じゃないの! 王宮では一度も祝われたことがないなんて、原作設定が鬼畜すぎるわ!! 生まれてきてよかった! と思える日にしなければ、悪女の名が廃りますわ!!)
「こうしちゃいられないわ!」
当日。レオノーラは早朝から厨房を完全占拠。前世の記憶をフル回転させ、この世界にはまだ存在しない「デコレーションケーキ」を焼き上げた。粉まみれになりながらも、その顔は真剣そのものだった。
「ルシアン様! 今日は何の日かご存知?」
「ええっと……満月がよく見える日、かな?」
首をかしげる無垢なルシアンを、レオノーラは勢いよく抱きしめた。誕生日という概念そのものが、彼の中には存在していなかったのだと、その一言で思い知らされる。
「いいえ! 今日は、貴方がこの世に生まれてきてくれた、最高にハッピーな日ですわ!」
食卓に並ぶ、真っ白な生クリームと、森で摘んできた真っ赤なイチゴのケーキ。
「これ、僕のために……?」
「ええ! 貴方が生まれてきてくれただけで、この世界には価値があるのです。おめでとう、ルシアン様!」
ルシアンは震える手でケーキを一口食べると、またポロポロと涙をこぼした。
「……美味しい。生まれてきてよかったって、初めて思いました……」
「ルシアン様ぁぁ!(号泣)」
レオノーラは鼻水を拭いながら、誕生日プレゼントとして後日の「街へのお出かけ」を約束したのだった。
誕生日の夜。
レオノーラが自室で寝る準備をしていると、ドアからひょっこりと青い頭が覗いた。
「どうされましたの、ルシアン様? 眠れませんの?」
するとルシアンは、レオノーラの腰にぎゅっと抱きつき、上目遣いで訴えてきた。
「……今日は、僕と一緒に寝てほしい。最近、レオノーラ様の子守唄を聞かないと、寝れなくなっちゃったんだ……」
虹色の瞳を潤ませた、破壊力抜群の「お願い」。
(か、かかかかわいい!!!!! そんな顔でお願いされたら、断れるはずがありませんわ!!)
レオノーラはルシアンの背中を優しくトントンしながら子守唄を歌う。その温もりに包まれ、二人はいつしか深い眠りについた。
夜中。ふと目を覚ましたルシアンが見上げた先には、無防備に自分を抱きしめて眠るレオノーラの顔があった。月明かりが、その寝顔を静かに照らしている。
「……レオノーラ様」
ルシアンは、彼女の服を握る手に力を込める。
今まで誰も愛してくれなかった。誰も必要としてくれなかった。けれど、この人だけは違う。自分を救い、名前を呼び、生きる喜びを教えてくれ、価値があると言ってくれた。
(レオノーラ様がいれば、他に何もいらない。……レオノーラ様、これからもずっと僕のそばにいて。どこにも行かないで……)
その願いは、幼い子供の素直な愛着のようでいて、どこか、縋りつくような強さを帯びていた。
ルシアンはレオノーラの腕の中に深く顔を埋め、彼女を抱きしめ返した。レオノーラが自分に注いでくれた「愛」という名の底なし沼に、自ら深く、深く沈んでいく。
その執着が、いつか自分たちを処刑台に送った王宮すらも呑み込むほど巨大なものになるとは、まだ夢の中のレオノーラは知る由もなかった。




