第九話 お忍びデートは、甘い約束と独占の予感
「今日は、ルシアン様との約束の『街へのお出かけ』ですわ!」
私は朝から気合を入れていた。まずは、この嫌というほど目立つワインレッドの髪。そして、隠しきれない王族のオーラを放つルシアン様。このままでは秒速で正体がバレて、王宮の監視(といっても誰も興味ないでしょうけれど)に見つかってしまいますわ!
私は公爵家からこっそり持ち出していた魔法の薬を使い、自分の髪を地味な茶色へ。ルシアン様の美しい青髪も目立たない色へと変え、私たちは平民の子供を装って街へと繰り出した。
(ふふふ……。これでルシアン様はただの可愛い街の少年。いや、全然隠せてないわね!? 可愛すぎてオーラが漏れてますわ! 隠しきれない宝石感!)
初めて見る街の賑わい、立ち込める屋台の匂い。呼び込みの声、荷車の軋む音、笑い合う人々のざわめき――そのすべてが、離宮での静かな暮らししか知らないルシアン様にとっては刺激的な世界だったのだろう。彼は私の服の裾をギュッと掴み、虹色の瞳をキラキラと輝かせていた。
「レオノーラ様、あれは何ですか? こっちは?」
「あれはりんごを売っているようですわ! こっちは新鮮なお魚やお肉がいっぱいですわね。今夜は何を作りましょうかしら……」
活気ある市場を歩いていると、射的の屋台が目に止まった。私はドレス(風の古着)の袖をまくり上げると、ゴリラ並みの動体視力と精密動作をフル活用して、景品を片端から撃ち落とした。パン、パン、パンッ――店主が唖然とする中、棚の景品はあっという間に空になっていく。
「はい、これ! ルシアン様に似ているウサギさんのぬいぐるみですわ!」
「……っ、ありがとうございます。一生、大事にします……!」
ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめるルシアン様。側から見れば、仲睦まじい少年と少女の微笑ましい光景。……けれど、私の脳内は「ルシアン様、可愛い」という感情でいっぱいだった。
人混みの中、はぐれないようにとルシアン様が私の指を絡めるように握りしめてくる。その手の力は、はぐれるのを恐れるにしては、少し強すぎるようにも思えた。
「レオノーラ様……。僕、ずっとこうしていたいです。レオノーラ様と一緒にいられるなら、王宮なんていりません」
(……っ! なんて健気なことを! 私もですわ! あんな冷たい王宮、更地にしてジャガイモ畑にしてもいいくらいですわ!!)
「また、二人で来ましょうね♪」
「はい。レオノーラ様が行くところなら、僕はどこまでも……」
夕陽に向かって歩く二人の影が、長く伸びていく。
レオノーラは、可愛い旦那様が自分を心から信頼してくれていると大感激していた。
だが、ルシアンの瞳の奥で、夕陽よりも熱く静かに燃え始めていた「レオノーラ様だけは、誰にも、死んでも渡したくない」という重すぎる情熱には、まだ気づいていなかったのである。




