第六話 月光と子守唄、孤独な夜の終わり
朝日を浴びながら、私は一心不乱にクワを振るっていた。
「ふぅ……。今日もいい土ですわ。美味しいお野菜、たくさん作りますわよ!」
公爵令嬢が泥だらけで畑を耕す光景は、もはや離宮の名物(?)だ。悪女の「悪」の字も忘れた私は、今日も愛する旦那様を健康にするため精を出している。
食後の昼下がり。私はルシアンを呼び寄せた。
「ルシアン様、少しお勉強を致しませんか? 知ることは、自分を守る武器になりますわ」
教育を奪われていたルシアンに、私は公爵家で叩き込まれた帝王学や外国語を教え始めた。
すると、驚くべきことが起きた。
(……待って。一回教えただけの単語、もう完璧に発音した!? 私の旦那様は天才? 天才なの!? 賢くて顔がいいとか、もはやバグでしょ!?)
一文字覚えるたびに「素晴らしいですわ! 天才ですわ!」と大絶賛する私に、ルシアンは顔を真っ赤にしてはにかんだ。
「レオノーラ様の教え方が……上手なのです……」
「ブフォッ……(鼻血噴出)」
その後、私はタンスの奥に眠っていた古い礼服をリメイクした。フリルのついた上品なシャツに、泥ひとつないズボン。それを着たルシアンは、鏡の前で呆然としていた。
「……僕じゃないみたいだ」
「何を仰いますの! 世界一、いえ、全宇宙一の美少年ですわ!!」
全力で拝み倒す私に、彼は戸惑いながらも、少しだけ誇らしげに口角を上げた。
穏やかな一日だった。畑仕事も、勉強も、笑い合った時間も。だからこそ、夜の闇はその落差を狙うように、まだ彼を離してはくれなかった。
「う、うわぁぁぁん! ……母様、行かないで……っ!」
深夜、離宮に響いた悲鳴。私は水を飲む手を止め、弾かれたようにルシアンの部屋へ駆け込んだ。
月明かりの下、彼はシーツを握りしめ、ポロポロと涙を流しながら震えていた。昼間見た誇らしげな笑顔が嘘のように、そこには小さく縮こまった一人の子供がいた。
「ルシアン様!」
私は迷わず、その小さな体を全力で抱きしめた。
「大丈夫です。一人ではありませんわ。私が、レオノーラがここにいます!」
「……怖い……暗くて、誰もいなくて……」
「怖くないですよ。私があなたの光になりますわ」
私は彼の背中を優しくトントンと叩きながら、前世で覚えた穏やかな子守唄を口ずさんだ。
「ねんねん、ころり……」
言葉の意味は分からずとも、私の体温とリズムが伝わったのだろう。やがて彼の激しい震えが収まり、呼吸が穏やかになっていく。
「……行かないで、レオノーラ様……」
「ええ、どこへも行きませんわ。朝までずっと、こうしています」
そのまま、私たちは寄り添うようにして横になった。ルシアンは私の腕の中で、ようやく深く、安らかな眠りへと落ちていった。
(寝顔まで国宝ですわね……。あなたがもう二度と、夜の闇に怯えなくて済むように……)
迫りくる睡魔に身を任せながら、私は誓った。
いつの間にか、ルシアンの小さな手が私の衣類をぎゅっと掴んでいる。その確かな重みと信頼の証を、私はそっと抱きしめ返した。
離宮を照らす月光は、孤独な二人の魂がようやく重なり合ったのを、優しく祝福しているようだった。




