第五話 胃袋と肌を救え!悪女の至福ケアタイム
「ぐぅぅ……」
静かな離宮に、可愛らしい音が響いた。ジョンを投げ飛ばした直後、ルシアンのお腹が空腹を訴えたのだ。
(……待って。今の音、ルシアン様!? 尊い。お腹の虫まで天使の羽音に聞こえるわ!)
だが、感動している場合ではない。私は即座にドレスの裾をまくり上げ、離宮の裏に広がる森へと突き進んだ。
川で魚を素手で掴み取り、木々の間を縫う鳥を弓矢で正確に射抜く。淑女教育で習った刺繍よりも、前世由来のこの手の動きの方がよほど馴染んでいる自覚はあった。
「これで今日のメインディッシュは確保ですわね! ふんふん♪」
鼻歌まじりに離宮へ戻り、私は自ら厨房に立った。
ふと、原作の記憶が蘇る。ルシアンは陛下に疎まれ、召使いたちからも「いない者」として扱われていた。与えられるのは、腐りかけのパンや冷え切ったスープ。死なない程度の食事だ。
(……だから、十歳にしてはこんなに小さくて細いのね。許せん。栄養不足は万死に値しますわ! 今に見てなさい、庭を耕して世界一の家庭菜園を作って、ルシアン様をピカピカの健康体にして差し上げますわよ!)
怒りのパワーで調理スピードが加速し、あっという間に豪華な食卓が完成した。湯気の立つスープ、こんがり焼けた魚、山盛りの温野菜。
「……美味しそう……」
ごくり、とルシアンの喉が鳴る。
「さあ、一緒に食べましょう! ルシアン様!」
私が差し出したスプーンを、彼は壊れ物を扱うように受け取り、椅子に座った。
「いただきます!」
私がパクリと手本を見せると、安心したようにルシアンも料理を口に運ぶ。その瞬間、彼の虹色の瞳に大粒の涙が溜まった。
「美味しい……。温かくて、こんなに美味しいもの、初めて……っ」
「ルシアン様ぁぁ! 泣かないで! これからは一生、私が美味しいものを山ほど食べさせますから!!」
私ももらい泣きしながら、二人で温かい食事を囲んだ。窓の外はすっかり暗くなっていたが、食卓の周りだけはやけに温かかった。
夜。
私はお風呂上がりのルシアンを呼んだ。手には、離宮の周りで採取した薬草をゴリラパワーですり潰し、特製のクリーム状にしたものを持っている。
「お怪我は腕や足だけじゃないのでしょう? 見せてくださいまし、手当ていたしますわ!」
恥ずかしがりながらも、ルシアンがそっとシャツを脱ぐ。
(……っ! ああああ! この白くて綺麗な肌に、まだこんなに傷が……! 万死!! 異母兄の二人まとめて万死に値しますわ!!)
内心でジョンの顔面を百回くらい往復ビンタしながらも、ルシアンの肌に触れる手つきは、羽毛のように優しく、超絶丁寧に。
「……くすぐったい、です……」
くすぐったそうに肩をすくめながらも、ルシアンの口元にはうっすらと笑みが浮かんでいた。
「少しの我慢ですよ。すぐに良くなりますわ」
最初は緊張で強張っていたルシアンの体が、だんだんとほぐれていく。私の手の温もりが心地よいのか、やがて彼はこっくりこっくりと船を漕ぎ始めた。
(ふふっ、寝落ちするルシアン様……この世の奇跡ですわね)
薬を塗り終え、シャツを着せてから、私は彼を軽々と抱き上げてベッドへ運んだ。
そっと毛布をかけ、その柔らかそうな頬を指先で撫でる。規則正しい寝息だけが、静かな部屋に満ちていた。
「今まで辛かった分、あなたの明日からの毎日を、私が幸せにして見せますわ」
そう誓って、私は静かに部屋を後にした。
まずは、明日の朝食のために、また一狩り行ってきましょうかしら!




