第三十話 運命の書き換え、そして新王の誕生
ついに訪れた、運命の日。
原作ゲームにおいて、悪役夫婦であるルシアンと私が断罪され、処刑されるはずの日。
私は徹夜で目の下に酷いクマを作りながら、今日という日をどう生き延びるか、頭を悩ませていた。そんな私を、ルシアンは「大丈夫だよ」と、どこか決意を秘めた瞳で静かに見守っている。
するとその時、王宮全体に頭を割るような鐘の音が鳴り響いた。
(……待って。血の気が引くとは、まさにこのことだわ!)
原作通りなら、この鐘の音の直後に私たちは連行され、「アリシア様毒殺未遂」の嫌疑をかけられる。
ゲームでは、私が王妃の部屋から盗んだ毒をルシアンに命じて盛らせるという筋書きだが、私は毒を盗んでもいなければ、そんな物騒な命令を出すはずもない。
なのに、目に見えない「運命の強制力」が牙を剥く。
現れた騎士団により、私は陛下が呼んでいるという名目で、有無を言わさず連行されてしまった。
王宮の大広間で突きつけられたのは、やはり「アリシア様毒殺未遂」の嫌疑だった。
(ルシアンが巻き込まれなくて良かったわ……。でも、私がやっていない以上、誰がアリシア様に毒を盛ったというのよ!?)
陛下に必死で弁明するが、解毒が完全でないのか、あるいは強制力のせいか、私の言葉は全く信じてもらえない。
(私が「悪女」だから、誰も信じてくれないの……?)
悔しさと悲しさで涙が溢れそうになるが、なんとか堪える。
(……ここで暴れて事態をさらに悪くするより、まずは冷静に。策はまだ、打つ余地があるはずですわ)
捜査という名目で、私は王宮の冷たい地下牢へと閉じ込められた。
(……この鉄柵、本気を出せば引きちぎれますが、下手に暴れてルシアンに火の粉が飛ぶのは嫌ですわね。今は、耐えるしかありませんわ……)
石段の上で小さく丸まる。私が耐え難かったのは、死の恐怖よりも……暗闇から這い出してくる「虫」だった。
「ひぇっ!! こちらに来ないでくださいまし、虫さん!! る、ルシアン、助けて〜! 気絶しそうですわ……!!」
どんな強敵にも屈しないゴリラ令嬢の私が、唯一勝てない天敵。恐怖に怯えまくる私は、いつのまにか石段の上で疲れ果て、丸まって眠ってしまっていた。
そこへ、一つの影が現れる。
ルシアンは鉄柵の間から、眠る私の様子をそっと確かめた。
「レオノーラ、僕を信じて待っていて……。この国には、僕たちを引き離したい人が、王妃以外にもまだいるみたいだ」
彼はそう静かに呟くと、牢の外から見張りに何事かを指示し、足早にその場を去っていった。その表情は、もはや迷える王子のそれではなく、確かな計算と決意に満ちたものだった。
翌日。ついに始まった「レオノーラ断罪」の儀。
私は手足に重い枷をつけられ、首元には鋭い剣が向けられていた。一歩でも動けば、確実に血が流れる距離。
(ゲーム通りすぎて、もう泣けてきますわ! 死ぬのは怖いですけれど……)
絶望に打ちひしがれる私の前に、青ざめた顔のヒロイン・アリシアが現れ、「レオノーラ様に毒を盛られた」と偽りの告発を始めた。
その瞬間。王宮の広場に、巨大な投影魔法が発動した。アリシアの告発と審議の様子が、国中の国民の目に晒される。
「……その毒の成分、見せてもらってもいいかな?」
颯爽と現れたルシアンは、アリシアが証拠として出した毒を手に取ると、その場で成分を鑑定し、それが「王妃が陛下に使っていた毒」と完全に一致することを証明してみせた。
会場がどよめく。だが、ルシアンの追及はそこで終わらなかった。
「おかしいと思っていたんだ。この毒は王妃の私室、それも彼女しか出入りできない隠し部屋にしかなかったもの。……なのに、なぜ君がこれを『証拠』として持っている?」
アリシアの顔から血の気が引いていく。
「そ、それは……偶然、手に入れただけで……」
「偶然、ね。だったらこれは?」
ルシアンが懐から取り出したのは、アリシアと王妃の残党とのやり取りが記された密書だった。
「王妃が失脚した後、その残党から接触を受け、代わりに『悪女夫婦』を断罪する筋書きに協力する見返りとして、王家との縁談を約束されていた――違うかな?」
「な……なぜ、それを……!」
もはや言い逃れのできない証拠の数々に、アリシアは絶句し、その場に崩れ落ちた。
「アリシア様。君こそが、王家を蝕む毒の一部だったんだね」
国民からの圧倒的な支持と、「聖女」の嘘が暴かれた衝撃。状況は一変した。ルシアンの提示した確かな証拠と、それを支持する国民の声が、王宮を支配していく。
そして、ついに陛下が宣言した。
「私は今日、引退し、すべての権限をルシアンに譲る!!」
「……新王の名において、命じる」
ルシアンは私の首元に向けられていた剣を、手にした聖剣で鮮やかに弾き飛ばした。その瞳は、もはや一国の王としての威厳に満ちていた。
彼は騎士に命じて私の枷を外させると、静かに、しかし国民全員に聞こえる声で告げた。
「この国が誤って断罪しようとした人物は、無実だ。すべての罪状を撤回する」
(……????)
状況が読み込めず、私の思考は完全に停止した。
とりあえず、命は助かったみたい? これからもずっと、この国で生きていけるのね?
「……ああ、良かった……」
安堵のあまり、私はその場でへなへなと座り込んでしまった。




