第二十九話 断罪の前の静寂と、迫る刻限
「もうそろそろ行かないと、大審問に遅れますわよ? 私はもう大丈夫ですから」
私は宥めるように言うのだが、当のルシアンは私が連れ去られたことが相当なトラウマになっているらしい。目が覚めてからというもの、なかなか私のそばを離れようとしなかった。
「……分かった。でも、無理はしないでね」
心配そうな顔を崩さないルシアンに、私は「一緒に王宮へ向かいましょう」と提案した。王妃様やカロハス王子の末路も気になっていたからだ。
「一緒に行ってくれるのは心強いけど……。王妃や兄上たちの醜い末路を、君に見せたくない気もするんだ」
悩み続ける彼に、私は静かに首を振った。
「私達は夫婦ですわ。だからこそ、あなたに降りかかる悲しみも、幸いも、全部共有して、一緒に立ち向かいたいのです」
真っ直ぐに伝えると、ルシアンは少し驚いたように目を見開いた後、「……分かった。一緒に行こう」と頷いてくれた。
大審問の場。そこには、獄中でボロボロになった王妃イザベラの姿があった。
そして、状況を理解できず「アリシアはどこだ!」「レオノーラが企んだことに決まっている!」と見苦しく叫び続けるカロハスとジョン。
そんな彼らに対し、ルシアンの追撃は容赦なかった。淡々と、けれど冷徹に証拠を突きつけ、彼らを地獄の底へと突き落としていく。
(……ルシアン、堂々としていますわね。というか、こんな状況になっても名前を出されるアリシア様、なんだか不憫になってきましたわね……)
最終決断を下す陛下は、毒の影響が抜けたせいか、見違えるほど立派で威厳を放っていた。
(毒はあそこまで人を変えるのね……)
下された判決は、イザベラの王妃剥奪と国外追放。そして、彼女の言いなりになってルシアンを傷つけたカロハスとジョンは、王族の籍を失い庶民へと格下げされた。
その後、陛下から直々に、これまでの不遇に対する謝罪があった。
ルシアンは静かに頭を下げ、こう答えた。
「お気になさらないでください。すべては毒のせいだったのですから」
凛として、迷いのないその言葉。彼のこれまでの努力が、ようやく正しく報われた瞬間だった。私は思わず、目頭が熱くなるのを感じた。
だが、平穏に浸ってばかりはいられない。
カレンダーを見れば、ゲーム本来の「断罪の日」が目前に迫っている。
シナリオでは、私たち夫婦は極悪非道の限りを尽くして処刑されるはずだった。
(実際は何もしていない。アリシア様に嫌がらせもしていないし、離宮で静かに暮らしていただけだわ!)
けれど、前世の記憶が警鐘を鳴らす。ゲームの「強制力」は時に理屈を超えてくるものだ。イザベラという黒幕が排除された今も、物語の「筋書き」そのものが消えたとは限らない。万が一に備えて、何か策を練らなければ――。
「レオノーラ、何を難しい顔をしているの?」
考え込む私に、ルシアンが心配そうに声をかけてくる。
「……ルシアン。イザベラ様の罪が暴かれても、油断はできませんわ。まだ、この出来事の黒幕がいるような気がしてならないの…。」
「黒幕、か。……つまり、僕らを処刑しようとする人は、王妃様だけじゃないかもしれないってこと?」
「ええ。だからこそ、これからは受け身ではなく、こちらから動いてその、黒幕を炙り出す必要がありますわ。陛下への根回し、王宮内の世論、そして――」
「アリシア嬢との関係も、かな」
ルシアンの言葉に、私は頷いた。
「そうですわ。アリシア様との関係が、私たちにとって最後の不確定要素です。彼女が私たちをどう見ているか、そこも含めて、断罪の日までに手を打っておかなければ」
運命のデッドラインを、物理ではなく知略でぶち破る。
そのための策を、私は静かに練り始めるのだった。




