第二十八話 解かれた呪いと、夢の中の破壊神
レオノーラが運び込まれた医務室は、やけに静かで、それが余計に僕の心をざわつかせた。
いつも元気で、太陽のように笑う彼女が、頭に白々とした包帯を巻かれて眠っている。その現実が、僕の胸を強く締め付けた。
(ごめん……。君を守るために、僕は強くなったはずなのに……)
ほのかに残る彼女の体温が消えてしまわないよう、僕は自分の手を絡ませ、懸命に温める。指先に伝わるかすかな脈の存在だけが、今の僕を繋ぎ止める唯一の頼りだった。
ただ目を覚まして、またあの笑顔を見せてくれたら、他に何もいらない。
そんな祈りを込めながら、僕は彼女の手を握り続けていた。
そこへ陛下からの呼び出しがかかり、僕は今回の騒動の全権委任を受けた。
(レオノーラが最後に言いかけていた『陛下が……』という言葉。これを調べれば、すべてがわかるのかもしれない)
僕は眠るレオノーラの額にそっとキスを落とした。
「待っていて、レオノーラ。全部、僕が片付けてくるから」
王妃の部屋を徹底捜査する中で見つかった、さらなる「闇」。
それは、緻密に記された毒薬の調合表と投与記録だった。
「……っ!?」
投与の対象は、陛下。そして……亡き母様だった。
母様はこのことに気づき、陛下を助けようとしたんだ。けれど、王妃に感づかれ、陛下に伝える前に消された。刺殺されたように見せて、本当は毒殺だったということか……。
幼いながらに感じていた、母の死に際への疑問。紫色の唇、溢れた泡。すべてはこの毒のせいだったのだ。
母様は、陛下に試すための「実験台」にされた。そして数年にわたり、王妃は陛下に毒を盛り続け、思考力を奪い、カロハス兄上に王位を譲らせるための傀儡にしようとしていた。
「……母様だけでなく、陛下まで……」
込み上げる怒りと、ようやく報われた母への哀悼が、同時に胸を締め付ける。この六年間、誰にも信じてもらえなかった「母は殺された」という確信が、今、動かぬ証拠となって目の前にあった。
すべてを知った僕は、事実を陛下へ報告した。迅速な王宮医術師たちにより、即座に陛下の解毒が始まった。
復讐を終えた僕は、再び最愛の人が眠るベッドの横に座り、彼女の手を握った。
一方、昏睡状態のレオノーラが見ていたのは……「絶世の美女はゴリラだった!?」という不可思議な夢。
(ドォォォォン!! という壁の粉砕音)
私は、夢の中でもひたすらに壁を破壊していた。
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鏡に映る自分は、すんごい美女。なのに、右拳で岩壁を粉砕している。
えっ!? 私、ゴリラなの!?
拳が疲れれば、次は足。回し蹴りで鉄の扉を破壊する。
もはや、自分でも何が起きているのかわからない。
けれど、この破壊の衝撃、なんだかすごく懐かしい気がする……。
誰かに会いに行くために、私はずっとこうして壁を壊していた気がする……。けれど、それが誰だったのか、思い出せない。
「……レオノーラ、全部終わったよ。だから、戻ってきて」
耳元で聞こえた愛しい声。
その瞬間、濁流のように記憶が溢れ出した。
そうだ。私は、ルシアンと再会するために壁を破っていたんだわ!!
レオノーラは、夢の中で最後の一枚らしき壁を拳で粉砕した。
光が差し込み、ゆっくりとまぶたを押し上げる。
「ル、ルシアン……?」
私が意識を取り戻したのを見て、ルシアンは虹色の瞳を大きく見開き、私を壊れ物のように、けれど力強く抱きしめた。
「戻って……きてくれた。僕の大切な奥さん。もう絶対に離さない」
彼の体は小刻みに震えていて、ずっと泣いていたことがわかった。
私はそっと、彼の柔らかな髪を撫でた。
一命を取り留めた私は、ルシアンに「自分がゴリラとして暴れる夢」を見たことを打ち明けた。
「……え? 私、ゴリラじゃなくて、しおらしい可憐な美少女だったはずですわよね?」
戸惑う私を、ルシアンは「そうだね、君は世界一可憐だよ」と全面肯定してくれる。
「君みたいな可愛くて愛らしくて、全部が愛おしい存在、どこを探してもいないよ」
とろけるような甘い声で囁かれ、顔が真っ赤になる。
(……おかしいですわ。あんなに鮮明に壁をぶち抜く感触があったのに。気のせいですわよね、ホホホ!)
真っ赤な顔で笑う私。けれど、ふと思い出す。
(……待って。私、そもそも『悪女』で、ルシアン共々処刑される運命だったはずですわよね!? 没落まであと数日じゃない!?)
幸せに浸っている場合ではなかった。物理で解決できない「運命のデッドライン」が、すぐそこまで迫っていた。




