エピローグ 悪役夫婦の、その後の生存戦略について
あの断罪から、数年が経ち、私は二十三歳、ルシアンは二十歳。ルルビス王国には穏やかな春の風が吹き抜けていた。
(処刑されなかった未来なんて考えたことなかったけど、やっぱり生きているって幸せね……)
そう思いながら、うたた寝をしていた私は、聞き慣れた愛しい声で目を覚ました。
「レオノーラ、またそんなところでうたた寝して……風邪を引いちゃうよ?」
目を開けると、そこには新王の正装に身を包んだルシアンが、困ったように、けれどとびきり甘い表情で私を見下ろしていた。
ここは新しく整えられた王城の中庭。かつての離宮に似せて作られた、私たちの「聖域」だ。
「……あら、旦那様。公務はお休みですの?」
「君を補充しないと、仕事が手につかなくてね」
ルシアンは私の隣に腰を下ろすと、自然な動作で私の腰を引き寄せ、肩に頭を預けてきた。かつての「守られる少年」だった彼はもういない。今は、国を背負う立派な王であり、そして私を片時も離さない「独占欲の塊」な旦那様だ。
イザベラ元王妃は国外へ追放され、カロハスとジョンは北の果ての開拓地で、慣れない農作業に明け暮れていると聞く。アリシア様もまた、偽りの聖女としての罪を問われ、修道院で静かに余生を過ごしている。
ゲームの「断罪」という壁を、私たちは自らの手でぶち壊したのだ。
「ねえ、レオノーラ。時々、不安になるんだ。もしあの時、君が僕の手を握ってくれなかったら……僕は今頃、どうなっていただろうって」
ルシアンの指が、私の指に深く絡まる。
私はその手に力を込め、彼の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
「そんな『もしも』なんてありませんわ。私は、あなたに出会うためにこの世界に来たのかもしれませんわ……。たとえ運命が邪魔をしても、私が全部物理でなぎ倒して差し上げましたわ!」
「ふふ、そうだね。君は世界で一番強くて、世界で一番可憐な『僕のゴリラ令嬢』だな」
「……ちょっと、ルシアン! さらっとゴリラと言いましたわね!?」
私が頬を膨らませると、ルシアンは悪戯っぽく笑い、私の唇に柔らかなキスを落とした。
「嘘だよ。僕にとっては、女神様以上に尊い奥様だ」
数日後。私たちは遅めの新婚旅行として、かつてレオノーラがルシアンを連れ出した、あの思い出の街を訪れていた。
護衛を撒いて(というかルシアンが魔術で視線を逸らして)、二人きりで歩く街並み。あの日と変わらない喧騒、屋台の匂い、人々の笑い声。けれど、隣を歩くルシアンの背丈も、繋いだ手の大きさも、あの頃とはまるで違っていた。
「見てください、ルシアン! あの時食べた串焼き、まだ売っていますわよ!」
「本当だね。……レオノーラ、あの日、君が僕に『世界は広い』と教えてくれたから、僕は今の景色を見ることができているんだ。本当に、ありがとう」
賑わう市場の隅で、ルシアンは立ち止まり、私の両手を包み込んだ。夕暮れの光が、彼の青い髪を優しく染めている。
「レオノーラ。これから何十年、何百年経っても、僕は君だけを愛し続ける。君が望むなら、僕は世界中の壁を壊してでも、君の笑顔を守り抜くよ」
「……あら。壁を壊すのは、私の専売特許ですわよ?」
私が茶目っ気たっぷりに微笑むと、ルシアンは幸せそうに目を細めた。
運命に定められた「悪役」としての幕引きではなく、自分たちの意志で書き換えた「幸福」の続き。
私たちは手を繋ぎ、夕日に染まる街へと歩き出す。
背後には、かつて私たちが「生存ルート」を求めて必死に駆け抜けた日々が、今では美しい思い出として輝いていた。震えていた小さな手を握った日も、壁を壊して駆け抜けた地下迷宮も、悪夢を鎮めた月夜もそのすべてが、今のこの穏やかな時間へと繋がっている。
「大好きよ、ルシアン」
「僕もだよ、レオノーラ。……さあ、帰ろう。僕たちの、終わらない幸せの場所へ」
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!




