第二十六話 暴かれた遺志と、冷徹なる魔王の進撃
「それにしても、すごい作りですわね……」
無限に続くかのような地下の壁。だが、私の拳は止まらない。ひたすらに、愛を込めて壁を粉砕していく。
(きっと今頃、ルシアンは心配しすぎて泣いているに違いありませんわ! 早く戻って、ぎゅっと抱きしめて差し上げなくては!!)
次々と壁を壊しながら突き進む私は、自分が迷宮を彷徨っている自覚など微塵もなかった。そして、ついに辿り着いたのは、重厚な一つの扉。
「出口かしら……! 待っていてルシアン! 今、会いに行きますわ!!」
思い切り扉を開け放つ。だが、そこは出口ではなかった。
部屋の中央に飾られていたのは、ルシアンによく似た、息を呑むほど美しい女性の肖像画。……だが、それは鋭利な刃物で無残に切り刻まれていた。
(もしかして、この方は……ルシアンのお母様? これほどまでに恨みを持って切り刻むなんて……!! まさか、ここは王妃様の隠し部屋!?)
周囲を見渡すと、古い日記やメモがずらりと並んでいる。
(……っ!! これは、持っていかなくては! ルシアンのお母様の死の真相が、王妃様の罪が暴けるかもしれないわ!)
私が手に取ったのは、王妃の地位すら根底から揺るがす、ルシアンの母の死に関する驚愕の証拠だった。
だが、確信に震え、立ち上がろうとしたその瞬間。
「……お前は本当に、どこまでも癪に障る悪女だな。私の秘密まで暴くつもりか!!」
背後から凄まじい衝撃が走り、私の視界がぐにゃりと歪んだ。
意識が朦朧とする中、王妃イザベラが私の服を探り、証拠を奪おうとする姿が見える。
(この証拠は……ルシアンにとって何よりも大切なもの。簡単に奪われなどしませんわ……!)
薄れゆく意識の中でも、頭の片隅だけは奇妙なほど冷静だった。ドレスの隠しポケット、袖口、髪飾りの裏――王妃が真っ先に探るであろう場所を一瞬で弾き出し、そのすべてを切り捨てる。残る「絶対にバレない場所」はただ一つ。
私は最後の力を振り絞り、その小さな紙片を丸めてそっと口の中に隠した。舌の裏に押し込み、何事もなかったかのように、力の抜けた表情を装う。
(……これで、良し。たとえ身ぐるみ剥がされようとも、この証拠だけは、絶対にお渡ししませんわよ)
一方その頃。レオノーラを奪われたルシアンは、王宮を力で鎮圧していた。
かつて「無能」と蔑まれた少年の面影はどこにもない。レオノーラから叩き込まれた剣術と、彼女を救いたいという執念が混ざり合い、王宮の騎士ですら彼に触れることさえできなかった。
ルシアンは知略を巡らせ、ついに王妃が隠し持っていた地下迷宮の入り口を特定する。
地下へ降りた彼が目にしたのは、無惨に……いや、豪快に粉砕されたいくつもの壁の跡だった。
拳の形にくり抜かれたような穴。まるで一直線に、迷わず前へ前へと突き進んだのだとわかる、荒々しくも真っ直ぐな破壊の軌跡。
「……ふふ、やっぱり君はすごいな、レオノーラ」
ルシアンは思わず足を止め、その痕跡にそっと指先を這わせた。石壁の欠片、拳がめり込んだ跡の深さ、その一つ一つに、彼女が迷いなくここを駆け抜けていった様が刻まれている。
(怖くなかったはずがない。それでも、君は嘆くことも、蹲ることもせず、ただ僕のところへ帰ろうとしてくれた……)
込み上げる感情を持て余すように、ルシアンは小さく息を吐いた。恐怖よりも先に、抑えきれない愛おしさが胸の奥からせり上がってくる。こんな時だというのに、こうして残された「レオノーラらしさ」を見つけるたび、どうしようもなく惹かれてしまう自分がいた。
「……ああ、もう。こんな時にまで、僕を惚れ直させないでよ」
苦笑にも似た呟きを落とすと、ルシアンの瞳から一切の甘さが消えた。一目で彼女の仕業だと確信した彼は、その破壊の跡を辿り、迷宮の奥へと突き進む。
その背中に纏う殺気は、出会った頃の彼からは想像もできないほど冷たく、鋭い。
「……レオノーラに指一本でも触れた奴は、灰すら残さない」
王妃の部屋の前で、ルシアンの剣が月光のように冷たく閃いた。




