第二十五話 消えた最愛と、地下迷宮の破壊神
柔らかな朝日が差し込む寝室。ゆっくりと瞼を開けた私を包んでいたのは、逞しい腕の温もりだった。
(……あら? 私、いつの間に)
昨夜、悪夢にうなされたルシアンと手を繋いで眠りについたはずが、気づけば彼の腕の中にすっぽりと収まっていた。幼い頃、小さな体で私にしがみついて眠っていたルシアンはもういない。今、私を包み込んでいるのは、しっかりとした厚みのある腕と、年相応に逞しくなった体格を持つ一人の青年だった。
幸せそうに眠るその寝顔を見つめながら、私はそっと身を起こし、彼の頬に優しくキスを落とす。
(ふふっ。大事な人がこんなに近くてそばにいる朝は、本当に幸せですわね……)
少し寝癖のついた青い髪を指先で撫でていると、不意にその虹色の瞳とぱちりと視線がぶつかった。
「おはよう、ルシアン。貴方がそばにいる朝はいい朝ね」
そう言って微笑むと、ルシアンは一瞬だけ目を見開き、それから愛おしさの溢れた顔で私を強く抱きしめた。
「おはよう、レオノーラ。……はぁ、だめだ。君が朝から可愛いことを言うから、公務に行くのが億劫になってきたよ。責任、取ってくれる?」
そう囁くと、ルシアンは私にそっと唇を寄せた。
私もそれに応えるように彼の首に腕を回し、しばしの間、二人だけの甘い朝の時間に浸る。窓の外では、鳥のさえずりが穏やかに響いていた。
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運命の断罪まであと数ヶ月。王宮の空気は日に日に重くなっていたが、離宮の午後は穏やかな陽光に包まれていた。
ルシアンは今日も公務で王宮へ。私は溜まっていた洗濯物を片付けるべく、鼻歌まじりにシャツを畳んでいた。
「ふんふん♪ 今日の夜ご飯はルシアンの好物でも作りましょうか……? 早く帰って来れるといいですわ……」
独り言を呟きながら手を動かしていたが、窓から差し込む陽だまりが、今日は妙に心地よくて。
(……ふわぁ。陽だまりが暖かくて、なんだか眠くなってしまいましたわ……)
少しだけ、と目を閉じたのが運命の分かれ道。
背後に忍び寄る不穏な気配。口元を覆う薬の匂い。
(……あら、油断しましたわ。これでは悪女の名が廃……る……)
意識が遠のく中、私は「ルシアンが公務で不在で良かった。巻き添えにせずに済んだわ」と、どこまでもお気楽なことを考えていた。
目を覚ますと、そこは冷たい石壁に囲まれた牢獄。
「……ここは、地下迷宮……? 随分と手の込んだお招きですこと」
夕刻。公務を終えたルシアンは、逸る足取りで離宮の門を潜った。
「レオノーラ! ただいま。今日も君の好きな……」
だが、いつもの「おかえりなさい!」という明るい声も、飛び込んでくる愛しい温もりもなかった。
広間にあったのは、主を失って散らばったままの、中途半端に畳まれた洗濯物。
「……レオノーラ?」
嫌な予感が、冷たい蛇のように背筋を駆け上がる。彼は狂ったように離宮のすべての部屋を、庭を、さらには王宮の隅々まで探し回った。
「レオノーラ、どこ! 返事をしてよ!! 僕を置いていかないで!」
声を荒らげ、必死に彼女の名を呼ぶが、返ってくるのは冷たい夜風の音だけ。
(嘘だ……守ると誓ったのに。僕がいない隙に、また奪われたのか……?)
どこを探しても見つからない絶望感に、ルシアンの虹色の瞳から、ホロリと涙が零れ落ちる。
「レオノーラ……お願いだ、どこにいるんだ……っ。君を失うくらいなら、僕は……!」
彼の悲痛な叫びは、厚い地面の下には届かない。
その頃、私は王妃イザベラ特製の、魔力を遮断し鉄格子の嵌まった地下牢に閉じ込められていた。
(……さて、ここがどこかは存じませんが、そろそろルシアンが心配する時間ですわね)
私は立ち上がり、念入りに準備体操を始めた。
王妃としては、ここで私が恐怖に震え、泣き叫ぶ姿を想像していたのだろうが、残念ながら私は「ゴリラ悪女」である。
「壁の厚さは……ふむ。これくらいなら、『愛の力』でなんとかなりそうですわね」
私は右拳をぎゅっと握りしめ、地下牢の壁に狙いを定めた。
ドォォォォン!!!
凄まじい衝撃音と共に、頑丈なはずの石壁が派手に粉砕される。
「あら、意外と脆いですわね。さて、ルシアンの元へ帰りましょうか」
私は瓦礫を蹴散らし、真っ暗な地下迷宮へと足を踏み入れた。
一方のルシアンは、彼女がいなくなった現場に残された「わずかな王妃の香油」の香りに気づき、瞳から光を消していた。
「……王妃様。君が彼女を奪ったんだね。……地獄を見せてあげるよ」
一人は物理で壁をぶち抜き、一人は殺気を解放する。
最強(物理)と最強(知略)の再会まで、迷宮の壁はあと数枚。




