第二十二話 報われた努力と、膝枕の特等席
あの衝撃的な建国記念パーティーの翌日。
ルシアンのもとに、急きょ国王陛下からの呼び出しがかかった。
私は、彼が王宮へ向かってからというもの、落ち着かずに離宮の広間をウロウロと歩き回っていた。
(陛下から直々に呼び出しだなんて……。大丈夫かしら? もし、また謂れのない罪をなすりつけられて、処刑なんてことになったら……!)
考えれば考えるほど、悪い想像ばかりが膨らんでいく。
自覚してしまった、ルシアンへの恋心。最初は守るべき可愛い「弟」だと思っていたのに、いつの間にか彼は、私にとって空気のように必要不可欠な存在になっていた。
(二人で幸せに生きていくとそう決めていたのに……!)
不安が限界に達しようとしたその時、廊下の向こうから聞き慣れた足音が聞こえてきた。
「ルシアン!! おかえりなさい!! 大丈夫だったの!?」
姿を見つけるなり、私は彼に飛びついた。ルシアンは驚いたように目を丸くした後、優しく私を抱きしめ返し、私の頭にチュッと愛おしそうに唇を寄せた。
「うん、大丈夫だったよ。パーティーでの僕を見て、陛下が『亡くなった母様に生き写しだ』って……。それで、少しずつだけど公務を手伝うことになったんだ」
「公務を……!? ルシアンが!?」
「カロハス兄上がアリシア様に相当熱を上げているらしくて、兄上の仕事を肩代わりする形なんだけどね」
照れくさそうに笑うルシアンを見て、私の目からボロボロと涙が溢れ出した。
「良かったですわ……。陛下が、ルシアンをちゃんと認めてくださったのね。ルシアンの努力が、ようやく報われたのですわね……!」
「僕がここまで来れたのは、全部レオノーラのおかげだよ。いつも僕を見守って、信じてくれて……本当にありがとう」
ルシアンは私の涙を指先で優しく拭い、太陽のような笑顔を見せた。
それからというもの、ルシアンは毎日王宮へ通い、公務に勤しむようになった。彼の持ち前の優秀さと品行方正さは瞬く間に噂となり、かつて彼を見下していた者たちも、次第にその実力を認めざるを得なくなっていった。
けれど、慣れない王宮での仕事は、想像以上に彼を疲れさせているようだった。
夕暮れ時、離宮に戻ってきたルシアンを、私は全力で出迎える。
「おかえりなさい、ルシアン! 今日も一日お疲れ様でした。とびきりの具沢山スープと、ルシアンの好きなパイを焼いておきましたわ!」
「ありがとう、レオノーラ。君の顔を見ると、疲れが全部吹き飛ぶよ」
食事を終えたルシアンは、玄関で出迎えた時よりもずっと自然な笑顔を浮かべていた。それを見て、私の胸にも温かいものが満ちていく。
暖炉の前。ソファに腰掛けた私の隣に、ルシアンが当然のように寄り添って座る。それから、まるで長年の癖のように、私の膝へと頭を預けてきた。
「……ルシアン、肩が凝っていませんか? 少し揉みますわね」
「うん……。レオノーラの温かさが、一番の薬だ……」
膝枕をしながら、私は彼の柔らかな青い髪を優しく撫で、肩の力を抜くようにマッサージをする。ルシアンは心地よさそうに目を細めると、私の手をそっと自分の手で包み込んだ。
「ねえ、レオノーラ」
「なんですの?」
「こうして君の膝に頭を乗せてると、思うんだ。……ずっと昔、初めて出会った日も、君はこうやって僕を抱きしめてくれたなって」
「……よく覚えていますわね、そんな昔のこと」
「忘れるわけないよ。あの日から今日まで、僕の世界には、ずっと君しかいなかったんだから」
ルシアンは私の腰をそっと抱き寄せると、私の手の甲に、確かめるように唇を落とした。恋人になってからというもの、こういう不意打ちの多いこと。心臓がまた忙しなく音を立てる。
「レオノーラ……ずっと、こうしてて」
「ええ、もちろんですわ。あなたはよく頑張っていますもの。離宮にいる時くらい、私に甘えてくださいな」
「甘えていいのは、離宮にいる時だけ? 本当は、一生こうしていたいんだけどな」
いたずらっぽく笑うルシアンの額に、今度は私からそっと口づけを落とす。
「ふふ、欲張りですわね。……でも、そういうところも、好きですわ」
(……ふふ、やっぱり少し甘えん坊なところは変わっていませんわね。可愛い旦那様……。いえ、もう立派な、そして少し意地悪な殿方ですけれど)
幸せを噛みしめる穏やかな夜。
だが、その平穏な時間の裏で。
王宮の闇の中、イザベラ王妃の瞳だけが、ルシアンの躍進を許すまいと冷酷に光り続けていた。




