第二十話 月下の誓いと、愛の包囲網
パーティーの喧騒が嘘のように、テラスは静まり返っていた。夜風が頬を撫で、遠くの庭園から花の香りがふわりと漂ってくる。
月光に導かれるようにして辿り着いたその場所で、私はルシアンの腕の中に閉じ込められていた。
「ルシアン……?」
顔を上げると、少しだけ頬を赤くしたルシアンが私を見つめていた。その虹色の瞳は、月に照らされて宝石のような輝きを増している。
「レオノーラ、僕、もう我慢できそうにないんだ……。僕のこと『弟』じゃなくて、ちゃんと一人の『男』として意識してほしい」
その瞳があまりにも真っ直ぐで、私は射抜かれたようにこくこくと頷くことしかできなかった。
(男の人として意識すると、ドキドキが止まらなくなって……困ってしまいますわ。ルシアンの早い鼓動と温かい体温。抱きしめられているだけなのに、どうしてこんなに……苦しいの?)
ルシアンの瞳には、顔を真っ赤にした私が映っている。互いに見つめ合い、どちらからともなく顔が近づいていく。
初めての口づけ。重なる影。
ちゅっと微かな音を立てて唇が離れると、ルシアンは愛おしそうに私の頬に手を添えた。
「ふふっ。レオノーラ、顔が赤いよ? 可愛い」
「見ないでくださいまし!! ルシアンが、急に……そんなことをするからですわ!!」
私が手で顔を隠して抗議すると、彼は「ごめんね?」と言いながら優しく私の頭を撫でた。
「でもね、レオノーラの初めてを僕がもらえたの、すごく嬉しいよ」
(……ああ。私、もうルシアンを可愛い弟だなんて思えませんわ。この方のことが、好きになってしまいましたのね……)
心の中に芽生えた確かな恋心を、私はようやく自覚した。
だが、そんな甘い時間を引き裂くように、ドカドカと足音を立ててカロハスとジョンが乱入してきた。
「レオノーラ! 貴様、アリシアをどこへ連れ去った!? お前の企みだということは分かっているのだぞ!」
(はあぁ!?)
身に覚えのない罪をなすりつけようとする王太子に対し、私の中の論破ゴリラ……いえ、令嬢が牙を剥く。
「アリシア様が姿を消されたのは、カロハス殿下たちがしつこく迫ったからではなくて? よく知りもしない殿方に迫られて、困らない女子などこの世におりませんわ」
「なっ……! 貴様、俺に口答えをするのか!」
カロハスが苦虫を噛み潰したような顔をする横で、ジョンが追い打ちをかける。
「お前がアリシアに嫉妬して、連れ去ったのだろう!」
「嫉妬? 何に嫉妬するというのです? 私がカロハス殿下をお慕いしているとお思いでしたら、それは大いなる勘違いですわ。私を問い詰めるより、会場をよくお探しになったらどうです? アリシア様のような素敵な方なら、もう別の誰かに言い寄られているかもしれませんわよ?」
私の挑発に、二人は顔を真っ赤にして「貴様のことは監視しているからな!」と捨て台詞を吐いて走り去っていった。
「はぁ……。なんだか疲れましたわ……」
ため息をつく私の指に、ルシアンが自身の指を絡めてくる。
「ねえ、レオノーラ。カロハス兄上のこと、好きじゃないんだね。安心した。……じゃあ、僕のこと、好きになってくれる可能性があるってことだよね?」
ルシアンは私の手の甲に、誓うようにチュッとキスを落とした。
「ふふっ。僕、レオノーラに振り向いてもらえるように、全力で頑張るからね?」
(待って!!!!!! もう、頑張る必要なんてありませんわ。私はもう――)
溢れそうになった想いのまま、私は口を開いた。
「ルシアン、あの、私……あなたのことが、す――」
けれど、最後まで紡がれることはなかった。ルシアンの人差し指が、そっと私の唇に触れたからだ。
「……その先は、僕に言わせて?」
悪戯っぽく、けれどどこか真剣な光を宿した瞳で、ルシアンは私を見つめた。月明かりが、彼の輪郭を静かに縁取っている。
「レオノーラ。……好きだよ。ずっと前から、ずっと。君だけを見ていたいし、君だけに見ていてほしい。この気持ちは、弟が姉に向けるようなものじゃない。一人の男として、僕は、君を愛してる」
その言葉一つ一つが、まっすぐに私の心を射抜いていく。もう、誤魔化す術はどこにもなかった。
「……っ、わ、私も……」
震える声で、私は精一杯の勇気をかき集めた。
「私も、好きですわ……ルシアン。もう、これ以上ないくらい」
顔を真っ赤にして俯く私に、ルシアンは息を呑み、それから蕩けるように相好を崩した。
「……レオノーラ」
そっと私の顎を持ち上げると、ルシアンはもう一度、今度はさっきよりもゆっくりと、確かめるように唇を重ねた。
月明かりの下、二人分の想いが、ようやく重なり合った瞬間だった。
処刑まであと一年。絶対に死ねない理由が、また一つ増えてしまった。




