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第十九話 ヒロインも大変なようです?


豪華絢爛な王宮のダンスホール。

そこでは、原作のヒロイン・アリシア様が、王太子カロハスと第二王子ジョンに交互に手を取られ、熱烈な(というより暑苦しい)口説き文句の嵐に晒されていた。


「アリシア、君の瞳はまるで……」


「いや、俺とのダンスの方が……」


「「さあ、どっちの手を取るのか教えてくれ!!」」


二人の声が重なり、あわあわと困り果てているアリシア様。


(……あらあら。ヒロインというのも、あんな暑苦しい殿方たちに囲まれて大変ですわね。私なら三秒で拳が出てしまいますわ。頑張って、アリシアさん!)


遠くからシャンパングラスを片手に、のんきに観戦モードを決め込む私。本来ならこここそが物語の主戦場のはずなのに、私の意識はどうにも長続きしない。……だが、その余裕はすぐに奪われた。


「レオノーラ。……どこを見てるの? 僕がこんなにそばにいるのに」


背後から伸びてきた逞しい腕が、私の腰を強引に引き寄せる。耳元に触れるルシアンの熱い吐息に、心臓が跳ね上がった。


「ル、ルシアン。私はただ、あちらの状況が気になっただけで……」


「ダメだよ。レオノーラの瞳の中に映るのは、僕だけでいい。……それとも、僕じゃ不満?」


ルシアンは私の肩に顎を乗せ、あざとく潤んだ瞳で私を覗き込んできた。十六歳になった彼の「甘え」は、もはや致死量の毒に近い。


(……っ! この顔! この声! 卑怯ですわ! そんな顔で見つめられたら、アリシアさんの修羅場なんてどうでもよくなってしまいますわよ!!)


「……わ、わかりましたわ。ルシアンだけを見ますから、そんなに密着しないで……恥ずかしいですわ」


「やだ。離さないよ。レオノーラがどこかへ行かないように、こうして捕まえておかなきゃいけないから」


ルシアンはさらに力を込め、私の首筋に鼻先を寄せる。その仕草は、周囲の男たちに対する「この女は僕のものだ」という強烈な牽制そのものだった。


(……不思議ですわね。こんなに独占されて、本来なら困るはずですのに……嫌だと、少しも思えない自分がいますわ)


その事実に気づいた瞬間、心臓がドクンと大きく跳ねた。慌てて自分の頬を内心で叩く。


(い、いえ! 今のは違いますわ! ただ単に、身内としての情が湧いているだけで……!)


そんな一触即発の空気も読まず、一人の着飾った令嬢がルシアンに擦り寄ってきた。


「第三王子殿下♡ あの頃と比べたら、なんてお美しくなって……! 良ければ私と一曲お願いしたいですわぁ♡」


彼女がルシアンの手を取ろうとした瞬間、空気の温度が数度下がった。


「……ごめんなさい、誰かな? 今、レオノーラと話している最中なんだ。邪魔をしないでくれる?」


ルシアンはその令嬢の方を向きもしない。


冷酷なまでの無関心。社交的な挨拶すら「レオノーラの時間を奪う障害物」への対応。もはや、ヒロインのアリシア様ですら、ルシアンにかかれば背景の壁と同化してしまう。皮肉にも、本編の「攻略対象」であるはずのカロハスとジョンよりも、ルシアンの方がよほど一人のヒロインに一途だった。


「でも、ルシアン様……隣にいるのは悪名高い『悪女』ですのよ……?」


令嬢は諦めずに私を嘲笑する。


(……さすがの嫌われようですわね)


事実を突きつけられ、一瞬しゅんとしてしまった私だったが、それをルシアンが許さなかった。


「僕の奥さんのことを馬鹿にしてるの……? 悪いけど、僕は、レオノーラ以外に興味もないんだ。それ以外の人は、僕の視界に入らなくていいから」


令嬢や周囲が絶句する中、ルシアンは私を抱きしめる力を強めた。その瞳に宿る冷徹な眼光に射抜かれ、令嬢は青ざめて退散していく。


「レオノーラ、あっちのテラスに行こう? 二人きりになりたい」


(……二人きり!? 待って、まだパーティーは始まったばかりですわよ!?)


そう思いながらも、私はルシアンの手を振り払うことができなかった。それどころか、彼に手を引かれるまま歩き出す自分の足が、少しも嫌がっていないことに気づいてしまう。


(……ああ、もう。誤魔化しようがありませんわね。私、ルシアンに独占されるの、嬉しいと思ってしまっていますわ……)


自覚した瞬間の羞恥に、鼻血を堪えながらルシアンに引きずられるように会場の隅へと向かう私。


ヒロインの恋愛模様を心配している暇なんて、一秒もなかった。


なぜなら、私の目の前の「悪役王子」は、今この瞬間も私のすべてを独占しようと、甘く重い罠を張り巡らせているのだから。そして私自身も、その罠の心地よさから、もう抜け出したいとは思っていなかったのである。

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