第十八話 夜空の再臨と、愛夫家の宣言
仕上がった燕尾服に身を包んだルシアンは、絵本や童話からそのまま抜け出してきたかのように美しく、そして猛々しかった。深い紺色が彼の青い髪を夜空のように際立たせ、散りばめられた宝石がその魅力をさらに加速させている。
(美しさもどんどん進化していますわ! 誰ももう、この方が六年前、あんなにボロボロだった王子様だなんて思いませんわ……!)
「ルシアン! すごく似合っていますわ! 男前ですわ!! あなたのような素敵な殿方が旦那様だなんて、いまだに信じられませんわ……!!」
私が大絶賛すると、ルシアンは少し照れくさそうに頭をかいた。
「レオノーラも、すごく綺麗だよ……。今日は、誰にも見せたくないくらい」
「もう、大袈裟ですわね……って、あら? どうかされました?」
なぜかルシアンがじっと私を見つめたまま固まっている。その視線の熱に、こちらまで落ち着かなくなる。
「……あの、髪型を迷っていて。上げるのと下ろすの、どちらがいいかしら?」
私がうなじを見せるように髪を持ち上げた瞬間、ルシアンが「はっ……」と息を呑んだ。
そう、私が着ているドレスは胸元だけでなく、背中も大胆に開いているデザインだったのだ。
「……レオノーラ。髪は絶対に下ろしてね。じゃないと、他の男たちにレオノーラの綺麗で白い背中を見られることになるから……。それだけは、僕、許せそうにないんだ」
ルシアンは私の背後へ回ると、剥き出しの肌に熱い唇を落とした。
「ひゃひぃっ!?」
驚いて変な声が出る私を余所に、彼は耳元で低く囁く。
「こうやってキスしていいのも、僕だけ」
そう言って、今度は髪に、そして頬に……。触れるたびに、彼の唇はほんの少しずつ、まるで確かめるように熱を増していく。
(だ、だめですわ! これからパーティーなのに、私の心臓を限界突破させないでくださいまし!!)
真っ赤な顔で抗議する私を、ルシアンは「ふふっ」と楽しげに笑って見つめ、優しく手を取った。
「エスコートなら任せて、僕の奥様」
その一言に、心臓がまた大きく跳ねる。「奥様」と呼ばれるたび、いつまで経っても慣れる気配がしない。
(ちょっと、ルシアン。今日はいつにも増して積極的すぎませんこと……? こんな調子で、パーティーを乗り切れる自信がありませんわ……!)
王宮のパーティー会場に足を踏み入れた瞬間、会場は冷水を打ったように静まり返った。
悪名高きレオノーラと、存在しない者として扱われ続けた第三王子ルシアン。現れた二人は、まるで星が煌めく冬の夜空そのもの。誰もがその圧倒的な美しさに視線を釘付けにされた。
「あれが……『ゴミ』と言われた第三王子なのか……?」
「悪女レオノーラは、あんなにも美しい人だったのか……?」
どよめきの中、私は周囲の噂などどこ吹く風で、ヒロインのアリシア様を探していた。
(アリシア様はどこかしら? 原作通りなら、そろそろあの二人に捕まっているはずですけれど……)
すると、私たちの前に一人の貴族が立ち塞がった。
「レオノーラ嬢、あなたは噂よりも何倍も美しい……。そんな無能で生きる価値もない男を連れているなど、美貌の無駄遣いというものだ」
男はルシアンを嘲笑うように一瞥した。
(……今、なんて仰いました? ルシアンを侮辱した上に、私を誘惑するつもり?)
私は怒りを押し殺し、ルシアンの前に一歩踏み出した。そして、彼の大きな手を優しく、けれど離さないようにギュッと握る。隣のルシアンが、一瞬だけ驚いたように私を見下ろしたのがわかった。
「まぁまぁ、すごい言いようですわね。ですがあいにく、私は『愛妻家』ならぬ『愛夫家』なもので。夫しか隣に置くつもりはありませんし、夫しか愛せませんの」
私はルシアンの腕にそっと寄り添い、幸せそうに微笑んでみせた。自分で言っておきながら、じわじわと顔が熱くなってくる。
(……あら? 私、今、何を口走りましたの? 「夫しか愛せません」って……いえ、これは方便ですわ! 場を収めるための、ただの方便……!)
「――今の、本気で言ってくれた?」
隣から降ってきた囁きに、私の思考は完全に停止した。ルシアンが、蕩けるような、それでいてどこか縋るような目で私を見つめている。
「な、なにを、いきなり……! 場の空気を収めるための、社交辞令のようなものですわよ!?」
「ふーん。……じゃあ、僕も社交辞令、言っていい?」
ルシアンは私の耳元に唇を寄せると、誰にも聞こえないほど小さな声で告げた。
「――レオノーラ以外、誰も愛せない。それは、社交辞令でもなんでもなく、ずっと本気だよ」
(……っ、心臓が、もう保ちませんわぁぁぁ!!)
真っ赤に染まる顔を隠すこともできず、私はただ立ち尽くすしかなかった。隣のルシアンからは、「彼女を僕から奪おうなんて、一億年早すぎるだろう?」という無言の、けれど凄まじい圧が放たれている。
冷ややかな沈黙が貴族たちを包む中、私はふと、会場の奥で何やら揉み合いになっている人影を見つけた。




