第十七話 動き出す運命の歯車
離宮での生活も六年目。
私は十九歳、そして隣にいるルシアンは十六歳になった。そして、ついに処刑フラグまで残り一年という、崖っぷちの年に足を踏み入れてしまったのだ。
本来のゲームなら、この時期にヒロインのアリシア・サランバースが登場し、王太子カロハスと第二王子ジョンの間で揺れ動く恋物語が始まる。そして、カロハスに盲目的な初恋をしていた悪女レオノーラは、飼い犬として扱っていたルシアンを駒にしてアリシアを追い詰め、結果として二人まとめて処刑台へ送られる……という最悪の結末が待っている。
(でも、死に戻った今のルシアンは、操り人形なんかじゃないわ!)
かつての彼には、目に光も感情もなかった。けれど、今の私の隣にいるのは、虹色の瞳を爛々と輝かせ、生きることを楽しんでいるルシアンだ。それに、私自身もカロハス殿下への好意なんて一ミリもない。むしろ嫌悪感しかないのだ。
だからこそ、アリシアたちの恋路を邪魔する気は毛頭ない。とにかく状況を把握しつつ、距離を取って「生存ルート」を勝ち取らなければ!
「……陛下も、今さら何を考えていらっしゃるのかしら」
目の前には、国王陛下から届いた建国記念パーティーの招待状。六年近くもルシアンを放置し、身の回りの世話をすべて私に投げ出していたくせに、急にパーティーへ参加しろだなんて無責任すぎる。
(でも、これはチャンスですわ! ルシアンがどれほど立派で、頑張り屋で、素敵な旦那様になったかを、あの腐った王宮の連中に見せつけてやる絶好の機会ですわ!)
「うーん。ルシアンの綺麗な青い髪が映えるなら、やっぱり燕尾服は紺色がいいかしら? ジャケットにアクアマリンとサファイアを散らして……それから、あちらもきっとお似合いですわ!」
唸りながら真剣に選んでいると、ルシアンが嬉しそうにくすくすと笑った。
「僕の服、そんなに一生懸命選んでくれるの? ふふ、嬉しいな……」
ルシアンは私の腕にぴったりとくっつき、私の肩にその頭を乗せて甘えてくる。
「もちろんですわ! ルシアンがどれほど素敵な殿方になったかを、皆に知らしめて差し上げますわ!」
結局、ルシアンはアクアマリンとサファイアを贅沢にあしらった紺色の燕尾服。私はお揃いの紺色にトパーズが煌めくドレスに決まった。……ただ、このドレス、少し胸元が大胆に開いている気がしなくもないけれど。
「……ねえ、レオノーラ。そのドレス、少し胸元が開きすぎてないかな? 僕以外の人に見せるのは、あんまり……好きじゃないな」
低い、けれど蜜のように甘い声。囁きながら、ルシアンは私の髪を優しく耳にかけた。
(……っ! またですわ! この『あざとカッコいい』攻撃!! 鼻血が出そうですわ!!)
十六歳になったルシアンは、もはや「弟」という枠には到底収まりきらない。身長は私を遥かに追い越し、肩幅も男らしくなった。それでいて、私を口説く時は、捨てられた仔犬のような瞳で「ねえ、ダメ?」と首を傾げてくるのだ。
(この子、自分がどれだけ破壊力のある美男子か、完全に理解してやってますわね!? 好きですけれども! LOVEですけれども!)
「ル、ルシアン。明日は建国記念パーティーですのよ。公爵令嬢として、多少の華やかさは必要ですわ」
「ふーん。……じゃあ、僕の隣から一歩も離れないで。約束だよ?」
そう言って、私の指を絡めるようにぎゅっと握るルシアン。その力強さに、心臓の鼓動が耳元まで響いてくる。
(……ああもう、この六年で私、いったい何回鼻血を出したかしら。数えるのも野暮というものですわね)
かつての「虐げられた王子」は、今や「レオノーラを自分の檻に閉じ込めたい黒王子」へと、過剰なまでの成長を遂げていた。それでもと私は思う。この檻の心地よさに慣れきってしまった自分もまた、彼と同じくらい深く沼に沈んでいるのかもしれない。
運命のパーティーまで、あと数時間。私たちの反撃……いえ、自慢大会の幕が上がろうとしていた。




