第十六話 見上げる瞳と、十五歳の宣戦布告
離宮での「やり直し」の日々も、気づけば五年が過ぎていた。
私は十八歳になり、隣に立つルシアンは十五歳。
「わぁ! さすがですわ! ついに私を追い越しましたわね。出会った頃はあんなに小さかったのに……。今や、こうして見上げるほどになってしまいましたわ!」
私は、ぐんと伸びたルシアンの背丈を測るように、彼を見上げた。かつては私の胸のあたりにいた少年が、今では見上げるほど逞しい体躯を持っている。
(ふふ、なんだか嬉しいですわ。私が丹精込めて育て……いえ、見守ってきたルシアンが、こんなに立派な騎士様みたいに成長するなんて!)
だが、ルシアンは私の「オカン的喜び」を、甘い視線で一蹴した。
「いざ見下ろす立場になると、レオノーラがさらに可愛く見えて、僕、困っちゃうかも……」
「……へ?」
「それに、もう僕は……レオノーラをお姉さんだなんて、これっぽっちも思えないんだ」
ルシアンはそう言うと、逃げ場を塞ぐように、私の背後の壁にドンッと手を置いた。
(ちょ、ちょっと待って……これがいわゆる『壁ドン』!? でも待って、ルシアンの手が大きくなって、腕もいつの間にか筋肉がついていて、顔が、顔が近いですわぁぁ!!)
「……ねえ、レオノーラ。僕を、ただの弟だと思って見てるの?」
「ブフォッ……!!!(大噴出)」
もはや一回の鼻血では足りない。私は凄まじい勢いでハンカチを顔面に押し当てた。
十五歳の少年の成長速度、恐るべし! イケボと身長のダブルパンチに、私の淑女としての精神が崩壊寸前だ。
なんとか動悸を鎮めた後、私たちはいつものように暖炉の前で向き合った。パチパチと爆ぜる炎の音だけが、しばらく部屋を満たしていた。
ふと、私の胸に冷たい予感が走る。
原作通りなら、あと二年もすれば、私とルシアンは共に処刑され、悲惨な最期を遂げる未来が待っている。この五年間、私はずっとその未来から目を逸らさないようにしてきたはずだった。
(……ルシアンを幸せにするために、私はここまで頑張ってきたのよ。彼が幸せじゃなきゃ、私のやり直しに意味なんてないわ!)
私は、意を決して神妙な顔で尋ねた。
「ルシアン。……あなたの『幸せ』は何? 私に、教えてくださる?」
私が彼のためにできる「最後の準備」を整えるためにもし処刑の運命が避けられないなら、せめて自分が退く形で、ルシアンだけでも生かす道を探るために。
すると、ルシアンは私の手を優しく取り、そのまま自分の方へ引き寄せた。
「僕の幸せは、レオノーラがそばにいてくれること」
耳元で囁かれる、真実の響き。
「こんなふうに紅茶を飲んで語らって、明日も、その次も、二人で生きていくこと。それ以外に欲しいものなんて、僕にはひとつもないんだ」
そして、ルシアンは私の頬に、チュッと柔らかなキスを落とした。
「!?!?、???」
(ルシアン……あなた、いつの間にそんなテクニックを!? いえ、それよりも……)
頭の中で、警鐘のように彼の言葉が繰り返される。「二人で生きていくこと」それが、ルシアンの幸せのすべてだと。
(……私、今まで何を考えていたの。「私さえいなくなれば、ルシアンだけは助かる」なんて、そんな筋書き、この子は少しも望んでいないじゃない)
ルシアンの幸せが「二人で生きていくこと」ならば、私だけが死ぬなんて計画は、彼を守るどころか、彼から一番大切なものを奪うだけの、独りよがりな自己満足だ。
(……そうよ。ルシアンの幸せを守るためには、私も、絶対に生き延びなきゃいけないということですわね!)
「やり直し」の当初は「彼だけを幸せにすればいい」と思っていた。自分の命は、そのための引き換えにしてもいいとさえ考えていた。
けれど、目の前の少年の強い瞳を見て、私は初めて気づいたのだ。それは彼の望む幸せではなく、私が勝手に決めた「償い」の形でしかなかったのだと。
「絶対に、二人で生き残りましょう、ルシアン」
私は初めて、「運命を粉砕して、二人で生き残る」ことを、真の目標として声に出した。




