第十五話 聖剣の誓いと、牙を剥く若き虎
ルシアンの血の滲むような鍛錬の結果、その剣術はもはや私(ゴリラ令嬢)をも脅かすレベルに達していた。
私は、密かに用意していた贈り物を彼に差し出す。それは、柄に美しいオパールが嵌め込まれた一振りの聖剣だ。
「ルシアン、おめでとう! もう私から剣術で教えることは何もありませんわ。街で見つけた時、このオパールの輝きがあなたの瞳にそっくりで……。これからは、この剣があなたを助けてくれるはずよ」
「……ありがとう、レオノーラ。すごく綺麗だ」
ルシアンは愛おしそうに聖剣を眺め、その柄を力強く握りしめた。刃に映る自分の顔を確かめるように、しばらく黙って見つめている。そして、私を真っ直ぐに見つめて、低く、甘い声で告げたのだ。
「僕、これで必ずレオノーラを守るから」
「……ひょっ!?」
変な声が出た。守る? 私を?
(んんん!? 今、ものすごくイケボでキュンな台詞が聞こえましたわよ!? いえ、きっと特訓のしすぎで幻聴が聞こえたんですわ。男性耐性ゼロの私の脳がバグを起こしたに違いありませんわ!)
一方、ルシアンは贈られた剣の重みを噛み締めていた。
(これで、レオノーラを守れる。僕に武器をくれたのは彼女だ。なら、この剣が血に染まるのは、彼女に仇なす者を排除する時だけでいい……)
数日後。平穏な離宮のお茶会に、泥靴で踏み込むような「招かれざる客」が現れた。
それはジョンの差し金ですらない、近隣諸国の放蕩貴族だった。悪女レオノーラの美貌を噂に聞き、物珍しさで不法侵入してきたのだ。
「いやはや、噂の悪女殿。その美貌、なるほど、男を狂わせる毒をお持ちのようだ」
脂ぎった顔を近づけてくる貴族に、私は内心で盛大に顔をしかめた。
(ちょっと、生理的に無理すぎるんですけど!? てか、どこから入ってきたのよ。ルシアンとの癒し時間を邪魔するなんて、万死に値しますわ!!)
「……お引き取りください。ここは王族の離宮、無作法な立ち入りは許されませんわ」
淡々と告げる私に、男は顔を真っ赤にして逆上した。
「お前のような行き遅れの悪女を、この私が口説いてやっているんだぞ! 有難く――」
男の汚い言葉が最後まで紡がれることはなかった。
私の拳が動くより早く、男の首筋には鋭い銀光が突きつけられていた。
「僕の大切な妻に、無作法な口を聞かないでくれます?」
空気が凍りついた。庭に満ちていた鳥の声すら、その瞬間だけ止んだ気がした。
そこには、私すら見たことがないほど冷徹な瞳をしたルシアンが立っていた。彼の背後には、荒々しく牙を剥く「白い虎」の幻影が見えるほどの凄まじい圧。
「次、その口を開いたら……。この剣の錆になってもらうよ」
「ひ、ひいいいぃっ!?」
放蕩貴族は腰を抜かし、無様に這いずりながら逃げ出していった。
殺気は一瞬で消え、ルシアンは「えへへ」といつもの可愛い顔で私に擦り寄ってきた。まるで、さっきまでの冷徹さなど最初から存在しなかったかのように。
「びっくりさせちゃったかな?」
「……あ、ありがとう。ルシアン、本当にかっこよかったわ……」
(……待って、心臓の音がうるさいですわ。今のルシアン、本当に『男の人』に見えて……)
「ふふっ。僕が守るって言ったでしょ?」
余裕たっぷりに微笑むルシアンに、私は高鳴る胸を必死に抑えながら、温いお茶を飲み干した。
可愛かったはずの私の旦那様が、いつの間にか、私を獲物のように見つめる「雄」の顔を持っていることに、私はまだ気づかない振りをしていた。




