第十三話 背伸び、見上げる景色
離宮での生活が始まり、三度目の春が巡ってきた。
13歳になったルシアン様は、今まさに「脱皮」の時期を迎えていた。
「レオノーラ様、ここ、もう少し強く踏み込んだ方がいいかな?」
庭で木剣を振るうルシアン様が振り返る。振り抜いた腕の動きに、以前にはなかった力強さが宿っていた。
(……あら? なんだか、目線の高さが前より近くなった気がしますわね?)
「ルシアン様、ちょっとそこに立ってくださる?」
私が手招きすると、彼は「なあに?」と首を傾げて隣に並んだ。
かつては私の胸のあたりまでしかなかった彼の頭が、今や私の鼻の高さまで来ている。
「……まあ! ルシアン様、随分と背が伸びましたわね! 毎日たくさん食べて、特訓した成果ですわ!」
「……うん。レオノーラ様を早く追い越したいから」
私は「ふふっ、可愛いことを仰いますわね。いつか私を追い越して、素敵な殿方になられるのが楽しみですわ。お母さんは嬉しいです!」と、完全にオカンモードで彼の頭を撫でた。
だが、ルシアン様の反応は、以前とは少し違っていた。
彼は私の手を避けるどころか、自らその手に頬を寄せ、さらに一歩、私のパーソナルスペースを侵食するように近づいてきたのだ。
「……『お母さん』じゃないよ、レオノーラ様」
低く落とされた声には、これまで聞いたことのない響きがあった。
「へ? 今、何か仰いました?」
「ううん、なんでもない。……ねえ、もう一回、素振りに付き合ってくれる?」
(まあ! 向上心があって素晴らしいわ! 私も負けていられませんわね!)
夕暮れ時。汗をかいた私たちは、縁側に並んで座り、冷たいお茶を飲んでいた。
ふと、ルシアン様が私の肩に寄りかかってくる。
「……ルシアン様、暑くありませんこと?」
「ううん、これがいいんだ」
少しずつ厚みを増してきた彼の肩を感じながら、私はのんきに考えていた。
(いつか、私を見上げるのではなく、見下ろすようになるのかしら。その時は、きっと今よりずっと、多くの令嬢たちを虜にする美男子になっているのでしょうね。……ふふ、私の『育成』は完璧ですわ!)
だが、私の隣で目を伏せているルシアン様の思考は、私のそれとは正反対だった。
(……足りない。もっと背を伸ばして、体を鍛えて。レオノーラを僕の腕の中に完全に隠せるくらいにならなきゃ。……そうしたら、あの日見た『ジョン兄上』みたいに、他の男が彼女に触れることなんて、絶対にさせないのに)
ルシアン様は、私のドレスの袖をギュッと握りしめる。
それは「甘えん坊」の子供の仕草ではなく、獲物を離すまいとする若き肉食獣の、静かな執着だった。
「ねえ、レオノーラ。……僕がもっと大きくなったら、僕のこと、もっと『男の人』として見てくれる?」
「もちろんですわ! 今でも立派な『私の旦那様』ですもの!」
(よしっ、完璧な回答ですわね!)と胸を張る私。
「……そういう意味じゃないんだけどな」
ルシアン様は小さく苦笑すると、それ以上は何も言わず、ただ私の肩にもう一度そっと頭を預けた。
沈んでいく夕陽が、二人の影を庭に長く長く伸ばしていく。私たちの温度差は、春の夜風に吹かれて、心地よく、けれどどこか危うく混ざり合っていた。




