Sideベネディクト②
「なにひとつ決断できない優柔不断な男だ」
「優しいばっかりで退屈なやつ」
「簡単な命の選別もできない腑抜け」
小さい頃は、多忙な父と関わることがあまりなく、母や乳母、メイドたちと過ごすことが多かったが、王教育が始まってからはほとんど、父や教育係としか話せることがなくなってしまった。
それこそ、散々「やさしい」「親切」と褒められてきた性格が、場所が違うとこんなにも疎まれるものだと知らなかった。
「優秀な兵士1人と、平民10人の命、どちらを優先するか」
そんな問題が出されたときは、すぐに答えられずに叩かれた。
答えは優秀な兵士だったらしい。
優秀な兵士は平民10人の命よりも重い、ということだった。
10人の平民の中に女性や子供がいたらどうするのか、そう質問して、また叩かれた。
くだらないことを考えるな、と。
僕はどうしてもそういうことを考えずにはいられなかった。
だから戦法や取捨選択に関して全く決断ができなかった。
肉を切らせて骨を断つ、そんなことは考えたくもないほどだった。
いかにして争わずに物事を収められるか、他に方法がないのか、この事案の場合は相手にどのように接したら平和的解決ができるか、そんなことばかり考えていた。
皮肉なことにその成果なのか、人と接するのはわりと得意だった。
誰かの悩みごとを聞いて解決したり、諍いがあればしょっちゅう仲裁していた。
そんなことをしても国の拡大にはクソほど役に立たない!と父には諌められたが、もしかしたら、もしかしたらなにかの役に立つのではと思って、できるだけ人と話すようにしていた。
その頃になると父の関心はもうマティアスに向いていた。
マティアスは僕とは真逆で、人とはあまり関わらなかったようだが、どの問題事に関しても即決即断だった。
その選択はいつも正しく、一番被害が少なく済む道を選んでいた。
マティアスはベネディクトと違って賢く、王の素質がある。
それはもう、家庭内だけでなくアカデミーにおいても周知の事実であった。
マティアスとの差について打ちのめされていたころ、僕はあることに気づく。
マティアスは女子生徒から黄色い歓声があがるほど人気なのに、だれにも興味を示さなかった。
忙しさ故のことかと思っていたが、ある日熱のこもった目線を窓の外に向けていた。
目線の先を追うと、そこにはヴェロニカがいた。
あぁ、マティアスは姉のように慕っているわけではなく、一人の女性としてヴェロニカが好きなのか、そう悟った。
王妃になりたいヴェロニカに対して、王の素質がない僕と、素質があるマティアス。
どちらがヴェロニカを幸せにできるかなんて明白だった。
それを知っても、どうしても僕はヴェロニカを自分から振ることなんてできなかった。
嫌いだなんて、とても言いたくなかった。
こんなことにすらキッチリ落とし前をつけられない自分にほとほと嫌気がさしたが、どうしてもその気持ちには嘘を付きたくなかったのだ。
そしてヴェロニカ自身も、大した理由もなく縁談を断れるような子じゃないとわかっていた。
なにもできない僕だからこそ、彼女の夢くらいは叶えてあげたい。
その気持ちだけはあったので、どうにかこうにか僕と婚約破棄してマティアスと結婚できるようにダメ王子を演じるようにした。
できるだけ女の子とヘラヘラしている姿を見せつけたり、だらしないやつだという噂を流させた。
あの手この手を使ったが、ヴェロニカはノーリアクションだった。
僕が他の女の子にちょっかいを出しているところに通りかかっても、フッと一瞥して通り過ぎるだけだった。
それだけでなく、どんなに冷たく突き放しても婚約破棄を言い出さなかった。
たまたま街に出たときにずいぶんと可愛らしい女の子がいたので、適当な理由をつけて裏口入学もさせた。
もしこのことがヴェロニカに知れたら、いよいよ振られるだろうという算段もあってのことだった。
平民の女の子はハンナといった。
麗しい見た目とは対象的に、自由奔放で天真爛漫、すこしヴェロニカを思わせる性格だった。
ハンナが入学してくる直前に、突然ヴェロニカは変わった。
「話がある」と言われたときに、いよいよ婚約破棄されると覚悟を決めたが、逆に「自分が必ず変えて見せる、婚約破棄なんてしない」と宣言してきた。
これにはものすごく驚いた。
僕をまだ諦めていない人がいる!!
僕に呆れたり、見捨てたりしない人がいる!
そしてそれがヴェロニカであることがたまらなく嬉しかった。
思わずその場で抱きしめてしまいそうだった。
女の子と話していることに唇を尖らすヴェロニカが可愛くて仕方なかった。
僕はみっともないことに、マティアスの気持ちを知ってもなお、ヴェロニカを諦めることができなかった。
ハンナのこともあまりにあっさり許してくれるものだから拍子抜けした。
というか、むしろハンナとは仲良くなって、しょっちゅう二人で談笑する姿を見かけた。
彼女の逞しさや優しさ、柔軟さに惚れ直していた。
そしてハンナがヴェロニカにとって大切な友人であるなら、僕も大切にしたいと、そう思うようになった。
それがまさかハンナを好きだなんて誤解されているとは思わなかった。




