Sideベネディクト①
初めてヴェロニカと出会った時はまだ子供だったし、特になにも思わなかった。
ただ、廊下で目に涙を浮かべてこちらを見る可愛らしい女の子と目があったときに、この子と将来結婚するんだと思うとなぜか嬉しい気持ちになったことは覚えている。
一緒に遊ぶうちに、彼女の明るく天真爛漫な性格に惹かれていった。
鈴を転がすように笑う声も、僕に懐いて追ってくるその姿も、全て愛らしかった。
このままずっと一緒にいられる、そう約束されていることがどれだけ僕を安心させてくれたかわからない。
マティアスを紹介して揉めたときも、正直嬉しかった。
そんなに独占したいくらい僕を好きでいてくれるなんて光栄だった。
マティアスはみるみるうちにヴェロニカと距離を縮めていった。
あまりにヴェロニカにべったりで、少し不愉快に思うこともあったが、自分から仲良くしてほしいと言った手前、言い出しにくかった。
10歳になり、王のための教育が始まったとき、僕は自分の理想とする国を作ることを目標にがむしゃらに頑張った。
ヴェロニカも、王妃教育を頑張っていると聞いていたので、一緒にやっている気分になれて、自然と頑張れたのだ。
しかし、僕はそこから変わらざるを得なかった。
僕が理想としているのは「戦争のない国」だった。
昔から誰かと争ったり、叱られたり、逆に怒鳴ったりすることを好まず、とにかく平穏な生活というものが好きだった。
でも教育を受ける中で教わることといえば
「いかにして国を大きくするか」「国を守る戦力の育て方」「戦争戦略について」こんなことばかりで辟易としていた。
僕は一度父に聞いたことがある。
「戦争のない世界を作るにはどんな王になったら良いか」と。
その答えは3日間飲まず食わずの罰であった。
3日目に朦朧とする意識の中で言われたことは全て覚えている。
「戦争のない国を作りたいなどと甘いことは二度と考えるな。
そんな生ぬるい考え方をしているものは王になどなれない。
お前はいつも甘すぎる。何一つ強い決断ができない男だ。
弟のマティアスのほうが適正があるかもしれんな。」
いくら頑張っていると言っても、王になる重圧と、その教育に耐えるのは並大抵のことではなかった。
こんな辛い思いをかわいい弟にはさせたくなかった。
マティアスには気楽に自由に生きていってほしかったのだ。
気楽に生きて、自分の分まで楽しく自由にしていてほしかった。
僕は何度も懇願した。
マティアスにだけは王教育を施さないでほしい。
マティアスの分まで僕が頑張るから。
絶対に良き王になれるように頑張るから。
でもその願いは聞き入れられなかった。
なぜなら僕がマティアスを守るためにそう言っていることが見抜かれたからだ。
「弟と張り合うためではなく、守りたいと考えるなど相変わらず甘い。
お前は根本的に王に向いていないな。
それにマティアスはもう王教育が始まっている。
お前のせいでこんな目にあっていると、恨むなら兄を恨めと、そう伝えている。
まあマティアスがどう思っているかは、知らないがな。
このままマティアスが順当にいけば、お前の王位継承順位については考えさせてもらおう。
…そうなればお気に入りの婚約者がどう思うかな。
それに、マティアスは随分とお前の婚約者に懐いているようだしな。」
僕は絶望した。
王になろうとしているのに、弟すら守れないこと。
不甲斐ない兄のせいだ、とマティアスに恨まれているだろうということ。
ヴェロニカをも失うかもしれないということ。
そこからすべてが投げやりになった。
そんな中で、ヴェロニカだけは良くも悪くも変わらなかった。
変わらずに「頑張っている」だの「夢を諦めない」だのキラキラしてきたことを言ってきて、思わずイラついた。
そしてヴェロニカは、「夢は王妃になること」だと言った。
やっぱりそうなんだな。
王になれない僕には用はないということだ。
もういい。
僕のことが好きなわけじゃないなら、王妃になりたいだけなら、もうマティアスと結婚すると言ってくれたらいいのに。
僕に遠慮して言い出しにくいというなら、向こうが断りたくなるほどのダメな王子になってやろう。
不誠実で、だらしなく、優柔不断なダメ王子になってやる。
そうしてどんどん落ちていった。
底なしに堕落していったのだ。




