ヴェロニカとベネディクト②
私とベネディクトが10歳になる頃、ちょうどお互いの帝王学が始まった。
ベネディクトと会える時間はそこから激減していくこととなる。
私は王妃として、国の情勢や経済、マナーからお茶の作法に至るまでみっちり叩き込まれた。
軽く見積もっても、普通に勉強する生徒の5倍は学んでいたと思う。
毎日部屋に缶詰めになり、家庭教師から手厳しく教え込まれていた。
時には泣き出すほどに辛く、毎朝起きるたびに憂鬱な気持ちになっていた。
ただ一つ、私を支えていたのは
「頑張ったらベネディクトと結婚できる」
ということだった。
ベネディクトと結婚できるならこれくらい乗り越えられる、そう自分に言い聞かせて何度も涙を飲んで、歯を食いしばった。
それでも一度だけ、お父様に泣きついたことがある。
苦しい、辛い、と打ち明けたら、もしかしたら私に甘いお父様は
「もう十分がんばったよ」
とかなんとか言って家庭教師を帰らせてくれるんじゃないかと淡い期待をしたのだった。
しかし返ってきたのは
「ヴェロニカが苦しいと感じる、その何十倍もベネディクト君は頑張っているみたいだよ。
ねぇ、どうする?ヴェロニカは逃げ出す?」
というものだった。
私はびっくりした。
「これの?この何十倍も辛い思いをしているの?
そんなのベネディクト様、大丈夫なの?!」
「多分、本当に毎日泣いてしまいそうなくらい辛いだろうね。
勉強だけじゃなく、王になる重圧というのは、そうそう耐えられるものじゃない。
それでも彼にはきっと理想があるんだろう。彼の教育係の人が、今まで見てきたどの生徒よりも熱心だと言っていたよ。
ヴェロニカは、それに応えなくていいの?」
あんなに優しくて柔和な雰囲気の人が、こんなに厳しい試練に耐えているなんて想像もつかなかった。
実際、時々会えたときにはいつもと変わらない、にこやかな雰囲気で話してくれていたからだ。
それを聞いて、私はますますベネディクトへの憧れが強くなった。
そしてその日以来、泣き言は言わなくなった。
どんな辛い環境にも、ベネディクトは変わらなかった。
いつも変わらず、優しく笑いかけてくれていた。
そんな彼が変わったのは、私達がアカデミーに入る少し前のことだった。
数ヶ月ぶりに二人とも時間が空き、会えることとなり、私はウッキウキでノルデグレーン城を訪ねた。
数ヶ月ぶりのベネディクトを見ると、胸が高鳴った。
「ベネディクト様!お会いできて嬉しいです!お久しぶりです!!」
私は満面の笑みで話しかけたのをよく覚えている。
「あぁ…ヴェロニカ…。うん、久しぶり。」
物腰の柔らかい口調は何一つ変わっていないのに、なにかすごく突き放された感じがして、私は焦った。
「べ、ベネディクト様?どこか…お加減が悪いのですか?
もしかして、色々と頑張りすぎているんじゃないですか?」
気を遣ってそう言ったつもりだったが、ベネディクトが唇を噛みしめるのが見えた。
「僕は…なにも頑張ってなんかいないよ。
それに、いくら頑張っても無駄なことってあるんだなって最近気付いたんだ。」
「なんで、急にそんな…。無駄なんてことはないと思います!
それにベネディクト様は本当に頑張っています!
前に父が言っていました。ベネディクト様には理想があって、そのために日々精進していらっしゃると。
私、それを聞いてますます…」
「ねぇヴェロニカ?
今頑張ったことが、将来全て希望どおりに報われるなんてことは絶対にないんだ。」
「それは…そうかもしれませんが…。全部希望どおりというわけにはいかないかもしれないけれど…。
あ、でも、私は一つだけ譲れないものがあるんです!
そのために今頑張れています!」
「譲れないもの…?」
「はい!べ、ベネディクト様の婚約者という立場です…!
私はそれさえあれば頑張れるんです!」
真っ赤になりながら私がそう言うと、ベネディクトは苦しそうな顔をした。
「…ヴェロニカは王妃になりたいってこと?
王妃になる夢があるから頑張れるってこと?」
王妃になりたいか、なんて変なことを聞くなぁ、と思った。
だってそれはベネディクトが王になるというんだから、その妻といえばやっぱり王妃しかない。
「はい、そうです!」
ベネディクトは、ハッと自嘲気味に笑うと
「そうだよね。そりゃそうだよね。ヴェロニカはそのために頑張っているんだもんね。」
私はよく意味がわからず、とりあえずコクコクと頷いた。
「わかったよ、これからも頑張ってね。
それから、もうアカデミー入学まではこうして君とは会えないから。
…あと、悪いけど今日はもう帰ってもらってもいいかな?
僕はこれからまだまだ忙しいんだ。」
「え、ベネディクト様?」
「それじゃあヴェロニカ。次会うときはアカデミーで。」
そう言ってベネディクトは部屋を出ていってしまった。
一人部屋に残された私は、わけもわからずひどく悲しい気分になった。
なにか怒らせてしまったのかな…。
アカデミーに入学したら、きちんと話せるかな。
そう悶々とするうちに、アカデミーへ入学する日になった。




