ヴェロニカとベネディクト①
ヴェロニカの記憶を辿ると、一番初めにベネディクトに出会ったのは6歳のときだった。
公爵家の長女として生まれ、さらにはヴェロニカは一人っ子であったことから蝶よ花よと可愛がられて育ってきた。
特にお父様は目に入れても痛くない、という可愛がりようで口癖は
「こんなに可愛いヴェロニカの相手は王子レベルでないと!!」
であった。
なので、婚約相手として取り付けてきた相手が本当に第一王子だとわかった時には、母はもう感心するやら呆れるやら複雑だったそうだ。
初の顔合わせは、ノルデグレーン家での食事会であった。
早めに到着し、別室でベネディクト達を待っている間に、私はどうしてもお手洗いに行きたくなってしまった。
初めてのお宅で、しかもお城でトイレに行くなんて父や母に言い出せず、こっそり部屋を抜け出して一人トイレへ向かった。
なんとか見つけて用は足せたものの、広すぎるお城で迷ってしまい、元いた部屋がわからなくなってしまった。
恥ずかしい、怒られる、どうしよう、怒られる!!
そんな色んな感情が押し寄せてきて泣き出しそうなところ、声をかけてきたのがベネディクトだった。
「君がヴェロニカ?」
「ふぇ…だれぇ…?」
「僕はベネディクトだよ。君の婚約者になる予定の。」
「え、ベネディクト…様…?
…あ、ご、ごめんなさい!!!私、どうしてもお手洗いに行きたいのが言い出せなくて、一人で部屋を出てしまって…。
それで、帰り道がわからなくて…うぅ…。」
「そっか、よかった、ヴェロニカ。」
ニコッと微笑んだ。
「よかった…?」
「うん、見つけたのが僕でよかった!
怖がらなくてももう大丈夫だよ。
ねぇ、一緒にこうして、もう仲良くなったんだーって帰ったら、きっとみんな君のことを叱ったりできないよ。」
そう言うと、ベネディクトは手を繋いでくれた。
「それにね、僕も時々迷っちゃうんだ。自分の家なのにさ。無駄に広いんだよなぁ。もう廊下は自転車で移動したいくらいだよ。」
こっそりそんな話してくれて、私は可笑しくなって思わず笑ってしまった。
実際、ベネディクトと手を繋いで談笑しながら部屋に戻ると、父と母は一瞬びっくりした顔をしたものの、突然登場した仲睦まじい子供カップルに、思わずみんなにこやかな表情を向けていた。
「ね?怒られなかったでしょう?」
こっそり耳打ちをしたあと、ベネディクトはニコッと微笑んだ。
今思えば、ずっとその笑顔の虜なのかもしれない。
それから正式に婚約者としての話が進み、私はよくノルデグレーン城に出入りするようになっていた。
2年ほど経ったある日、ベネディクトはマティアスを紹介してくれた。
本当に弟を大切にしているようで、可愛がっているのがこちらにも伝わってきた。
その日以来、いつも遊ぶときはマティアスも参加するようになった。
2歳下の弟はまだあどけなくて目が離せないらしく、ベネディクトは甲斐甲斐しく世話を焼いていた。
私は最初、ベネディクトと二人の時間を奪われたようで、マティアスのことを可愛がれなかった。
その態度にベネディクトが気付き、声を掛けられた。
「ヴェロニカは、マティアスが嫌い?」
「き、嫌いなわけないです。ベネディクト様の…大切な弟なんですから…。」
「じゃあ、どうしてマティアスにそっけなくするの?」
「だ、だって…ベネディクト様と…二人で遊ぶ時間が減っちゃうじゃないですか!
私は、ベネディクト様とお二人でお話ししたいときもあります…。
でもベネディクト様は違うんでしょう?
私より…マティアス様のほうが大切でカワイイんでしょう?」
今考えると、なんて心が狭い女なんだ、というかんじだけど、私はそれほど、弟にすら嫉妬するくらいベネディクトのことを大好きになっていた。
ベネディクトは私の発言に少しびっくりした様子で、すこし考えてから
「ちょっと待ってて。」
と言って走り去ってしまった。
待てと言われたのでしばらく待っていたが、ベネディクトは現れず、きっと呆れられちゃったのね…と泣きながら帰ろうとした時だった。
ベネディクトが両手一杯の、本人も前が見えないくらいの花束を持って現れた。
「えっ…!ベネディクト様?どこでこんなに…。」
戸惑う私に、ベネディクトは花束を渡してくれた。
その花束はよく見ると茎が千切れていたり、まとめ方もものすごく雑だった。
萎れかかっている花を一本つまんでしげしげ眺めると、ベネディクトは真っ赤になって叫んだ。
「僕は花を摘むのも、束ねるのも、誰かにこうしてあげるのも初めてだよ!マティアスにだってしたことない!
ヴェロニカ、君は特別な女の子だ!!
花をあげるのも、ボートに乗るのも、花冠を作るのも、これからの僕の初めての経験は全部君にあげるって約束するよ。
だから、もっと僕を信じて?」
「ベネディクト様…。」
「マティアスは僕にとって大切だ。だって弟だから。
大切なヴェロニカと、大切なマティアス、二人が仲良くなってくれたらやっぱりすごく嬉しいんだけど…だめ?」
そんなふうに不安そうに聞いてくるベネディクトに涙が溢れた。
「ベネディクト様…ごめんなさい。ありがとう。」
私がそう答えると、ベネディクトはふわりと笑った。
実はこの時の花束は、城の庭から根こそぎベネディクトが摘んだものだとわかり、後から王妃様にこっぴどく叱られたという話だ。
けれどそれ以来、ベネディクトとマティアスと3人で仲良く遊ぶようになった。
すごく平和に思える時間は、ずっとは続かなかった。
変わったのは、私とベネディクトが10歳になる頃だった。




