揉め事②
「マ、マティアス様!!」
「ヒルデガルド様、なぜハンナ様に手を上げようとしているのですか?」
マティアスの綺麗な顔で睨まれると迫力あるだろうな、と思った。
実際、ヒルデガルドは蛇に睨まれた蛙のようになっていた。
「これは…その…」
「ヒルデガルド様は!あの!ヒルデガルド様は噂の真意を聞こうとしただけなんです!」
取り巻きが、すかさず助け舟を出した。
「そ、そうなんですの!この…ハンナ様は、ベネディクト様が個人的に気に入って入学させたんじゃないか、って噂が立っていて。
そのことについて言及しようとしていたら、逆にハンナ様に喧嘩をふっかけられてしまいまして…。」
さめざめ、といった演技で泣きつく。
「わたくしだけでなく、家の名誉も汚されましたの!
それでその、ついカッとなってしまって。お見苦しいところをお見せしてしまい、お恥ずかしいですわ。」
誰?って言われた話しをよくそんなに盛り盛りにできるなぁーと感心してしまう。
「そうなのですか?ハンナ様?」
「え…いや…あの…ちがうっていうか…。」
マティアスを目の前にしたハンナは急にしおらしくなってしまった。
もう!もっとはっきり否定しなさいよーー!!
横から口を挟むべきか否かやきもきする私と、うつむくハンナを見て、ヒルデガルドの口元が緩んだのが見えた。
まずい…これをどう挽回するか…と考えていると、後の方からベネディクトの声が聞こえた。
「その噂はホントだよ。」
「え、ベネディクト様?」
ヒルデガルドが呆気に取られていた。
「僕がハンナを裏口入学させたんだよ。街を通りかかって、ハンナを一目見たときに気に入っちゃってね。
ほら、こんなにカワイイ子、なかなかいないでしょ?
アカデミーに居てくれたら僕も勉強も頑張れるかなーなんて思ってさ。
それに、平民の意見だって僕ら王家や公爵家にとっては貴重だし参考にするべきでしょ?」
―――――――――「こんなカワイイ子なかなかいない」
そんな風ににこやかにハンナを褒めるベネディクトを見て、少し胸がチクチクした。
「でもね、入学後にハンナにきちんと話したんだ。
もちろん一番悪いのは僕だ。
だってハンナは裏口入学させてくれ、なんて一言も言っていないんだから。むしろハンナを傷つけてしまった。
そもそも、そんなことしなくてもハンナほど出来が良ければ普通に特別枠で入学してたんだろうし。
でももう入れてしまった後だし、入り方が正攻法でなかった、という点は避けられない。
だからもしその噂が流れたとしても、言い訳くらい良い成績を取ろうって、ハンナと話し合ったんだ。
だから僕もそれに協力してる。」
「協力……?」
ヒルデガルドが思わず質問する。
「そう。普通の教科の成績はもちろん僕が教える必要ないくらい素晴らしいんだけど、ハンナは平民でしょ?
だからマナー講座やダンスレッスンが大変かと思って、ずっと僕が教えていたんだ。」
えっ…。急に二人がそんな親密な関係だったなんて…。
自分の知らないところで度々会っていたことを聞かされ、指先が冷えていくのを感じた。
「王室直伝の講座だしね、それに、さすがは優秀なハンナだよ。
マナーもダンスも成績はA+だったよ。
あ、そうだ、そこでこれを拾ったからお返しします、ヒルデガルド嬢。」
パッとベネディクトが差し出したのはヒルデガルドの答案用紙だった。
右上にはしっかりとB−と書かれていた。
「無礼無礼だと罵るなら、まずA+を取ろうね?」
ヒルデガルドは真っ赤になって答案をひったくった。
ベネディクトは冷ややかな目をしたままにっこりと微笑んでいた。
私が今まで見たこともない、怒りの籠もった目をしていた。
――――――ハンナのためにこんなに怒ってるんだ。
貼り付けたような笑顔のまま、ベネディクトは続けた。
「それにさ、王子の相手が令嬢じゃないといけない、なんて決まりはないんだよ。
平民とだって結婚できるんだ。
僕だったら身分ばっかり高くて高飛車な相手より、どんな立場でも奢らず素直に努力できる相手と結婚したいかな。」
ドキン、心臓の音が頭に響く。
「そう考えたら、ハンナは王家の婚約者としては文句のつけようのない相手だと思うけどなぁ。
だから身分不相応だなんて、君が言えるべきことではないよ。
ね?」
チラッとベネディクトはハンナに目配せした。
パチっと目があったハンナは真っ赤になっていた。
え、もうこれ、二人は恋人同士の会話みたいじゃない?
どういうこと…?ハンナとベネディクトはいつの間にそんな仲になったの?
私がベネディクトを好きだと知っていて、ハンナは裏切ったの…?
顔が青ざめて指が震える。足がふらつく。
「あ、わ、わたくし!用を思い出しましたわ。失礼!」
完全に言い負かされたヒルデガルドは足早に去っていった。
(このとき、もうヒルデガルドのことなんかどうでも良くなっていたけど。)
ヒルデガルドは私の横を通り過ぎる時に、ボソッと耳元で囁いた。
「飼い犬に手を噛まれるとはこのことですわね。」
やられてもタダでは起きない性格に関心すると同時に、的を射たその意見に思考停止して、その場でぼーっとする他なかった。




