第十七話 告白
ラウル君が眠らされ、会議の場から強制退去(別室で休ませるらしい)させられた後は、それまでの様子が嘘のように順調に会議が進んだ。
この例年にない冬を乗り切るための物資の融通、緊急連絡の手段を確認したり、現在抱えている問題を報告したりっていう話もあったんだけど、獣人族のみんなはたとえ部族が違っても基本的に互助の精神を忘れないようで、驚くほどスムーズに決まっていった。
やっぱり、私のことが一番"荒れる"議題だったんだろう。ラウル君の話を聞いた今、それも仕方ないと思える。
「シルフィ、ごめんね」
「え……?」
だから、会議を終えて家に戻る途中、コマリちゃんに突然謝られた意味がわからなかった。
首を傾げる私に、コマリちゃんは珍しくおどおどと自信無さげに口を開く。
「みんな、シルフィのこと悪者扱いして……嫌いになっちゃった?」
「そんなことないよ、悪いのは私だから」
「でも、人族っていうだけであんな風に……シルフィはシルフィなのに」
むう、と頬を膨らませるコマリちゃんに、私はふふっと小さく笑う。
種族で差別しないで、まっすぐ私を見てくれるコマリちゃんの気持ちはすごく嬉しい。でも……。
「ありがとう。でもいいの、本当に私は、庇って貰う価値なんてないから……だからコマリちゃんは、獣人の仲間を大切にしてあげて」
「シルフィ、どうしてそんなこと言うの?」
コマリちゃんが私の前に回り込んで、足を止める。
寂しそうに揺れるその桜色の瞳を見ていられなくて、私は思わず目を逸らした。
「だって、私は人族で……みんなを不幸にする疫病神で……」
「そんなことないよ! 私、シルフィが来てから毎日すっごく楽しいもん!」
疑うまでもなく、本心から言ってくれているとわかるコマリちゃんの言葉。
だからこそ、胸が痛む。
痛くて、痛くて……とても、隠す気になんてなれなかった。
「私が、奴隷商の娘だったとしても……そう言える……?」
「ほえ……?」
さすがに想像もしていなかったのか、コマリちゃんの目がきょとんと丸くなる。
そんな彼女に、私は包み隠さず全部打ち明けることにした。
「私のお父さんは、奴隷商だったんだ。人族も、獣人族も、他の種族の人だってたくさん、物みたいに売り捌いて……今もきっと、同じことを続けて稼いでる。私は、そのお金で育てられた子なの。ラウル君が憎んで当然の存在なんだよ!!」
最後は捨てられたなんて、言い訳にもならない。
ラウル君のあの怪我だって……きっと、お姉さんを取り戻そうとして、人族につけられた傷なんだろう。言われなくても、雰囲気からそれくらいは察せられた。
だから……私は獣人族にとって、間違いなく忌むべき敵だ。
「だから……だから私は、やっぱり……!」
ここにいるべきじゃない──そう言うよりも早く、私の体はコマリちゃんに抱き締められていた。
いつもより一段と強い力で、少し痛いくらいの抱擁には、絶対に離さないという強い意思を感じる。
「シルフィが誰の子供でも、どんな場所で、どうやって育ってきたんだとしても関係ないよ。言ったでしょ、シルフィはシルフィだって」
「でも……」
「んー、じゃあほら、シルフィは魔物ってどう思う? やっぱり恐い?」
「え? それは、まあ……」
そう呟いた後、コマリちゃんが何を言わんとしてるか気付いてハッとする。
そんな私の反応に気付いたのかどうか、コマリちゃんは私から距離を置いて、全身から魔力を吹き出した。
桜色に染まった雪塵が視界を奪い、反射的に腕で顔を庇う。
次に目を開けた時、そこにいたのは全身桜色の毛に覆われた一体の魔狼。
雪の中に捨てられていた私を見つけてくれた、あの時の狼そのものだった。
「えへへ、どう? 驚いた? 私、魔物の子なんだよ。聖獣様って呼ばれてた魔物のお父さんと、獣人のお母さんの間に生まれたのが私」
魔狼の口から、普段と変わらないコマリちゃんの声がする。
ルンさんから事前に聞かされていたのに、そのあまりにも大きなギャップのせいで、私の体は固まったまま動かない。
だけど、続く言葉には反応せざるを得なかった。
「シルフィは、私が魔物だったら恐い? 嫌いになっちゃう?」
「っ、そんなことないよ!! コマリちゃんは私の大切な……! あ……」
思わず叫んでしまった後、私はコマリちゃんにしてやられたのだと遅まきながら気がついた。
案の定、魔狼の姿から元に戻ったコマリちゃんは、悪戯が成功した子供みたいな笑顔を私に向ける。
「でしょ? だからね、シルフィも同じだよ。シルフィは私の大事な家族、それは、シルフィの生まれなんかで絶対に変わらないよ。だって私、シルフィのこと大好きだから!」
「っ!!」
迷いなく言い切るコマリちゃんの姿が、涙でどんどん滲んでいく。
人一倍優しくて人懐っこいコマリちゃんのことだし、ラウル君のお姉さんや……他の攫われた獣人さん達のことも知ってるはず。奴隷商への恨みだって、決して小さくないはずなのに。
いきなりこんな話を聞かされて、それでも微塵も揺らがないなんて思いもしなかった。
「ねえ、シルフィは私のこと嫌い? 一緒にいたくない?」
「っ……そんなわけ、ないよ……私も、コマリちゃんのこと、大好き……ずっと、一緒にいたいよ……!」
「なら、これからもずっと一緒だよ! 私はそうしたいし、シルフィも同じなら、離れる理由なんてどこにもないもん!」
「っ……ぐすっ、うえぇ……」
堰を切って溢れだした涙が、とめどなく目から溢れ落ちていく。
本当に、コマリちゃんには敵わないなぁ。
私の不安も何もかも、笑顔一つで吹き飛ばして、私の欲しいものを全部くれるんだから。
「うわあぁぁぁん……!! コマリちゃぁん……!!」
「な、泣かないでシルフィ。ええと、ほら、今晩私のおかず分けてあげるから!」
大泣きして縋り付く私に戸惑いながら、必死に慰めようとしてくれるコマリちゃん。
俯いたままだった私の顔をそっと持ち上げ、出会った時と何も変わらない……ううん、あの時よりもずっと温かく微笑んでくれる。
「だから、シルフィにも笑って欲しいな。笑ってるシルフィの方が、私は好きだから!」
「ぐすっ……うん……! えへへ……」
何も持たず、一人で朽ちていくしかないと思っていた世界に光を灯してくれた、私の太陽。
私も、この子みたいに輝きたい……この子の家族だって胸を張れるくらい、強い人になりたい。
そんな思いを胸に抱きながら、私は涙に汚れた顔のまま、不恰好な笑みを浮かべるのだった。
次回、「心からの想い」




