第十六話 部族会議
ハッキリ言うと、私は舐めてた。
コマリちゃんもいるし、ゼフ村長はすごく大柄で強そうで、こんな人が味方なら大丈夫だろうと。
でも。
「ほう? 貴様が人族の娘か」
「ふん! ひ弱そうな奴だぜ」
「人族とは、元来そういうものでしょう」
今目の前にいる人達を見ると、とてもじゃないけど何も安心出来ない。
ゼフ村長より更に一回り以上大きな体を持つ、獅子族の長。
その両隣に並ぶのは、荒々しい雰囲気を隠そうともせず私を睨み付ける熊族の若頭と、落ち着いた雰囲気を保ちつつも怜悧な瞳にはハッキリと私への敵意を滲ませる、鷹族の長。
そんな人達が、それほど広いわけでもない──コマリちゃんの家よりは大きい──ゼフ村長の屋敷に押し込まれ、私と対面しているのだ。
もう、この雰囲気だけで気絶しそう。うぅ、泣いてもいい?
「おいお前、何とか言ったらどうなんだ!?」
「ひゃい!? ごめんなしゃい!!」
熊族の人に怒鳴られて、私はすぐさま平伏する。
ひえぇ、恐いよぉ。
「もう、ダメだよ、そんな大声出したら、シルフィがびっくりしちゃうでしょ!」
「お、おう、すまん」
コマリちゃんが間に入り、私を庇ってくれる。
熊族の人もコマリちゃんにはあまり強く出る気はないようで、ひとまず矛を収めてくれた。
はふぅ、助かったぁ。
「あ、あの……今は早く、部族会議を始めるべきじゃないかなぁ、なんて思うんですけど……」
そこへすかさず追撃を入れてくれたのは、栗鼠族のお姫様。
ルンさんと同い年くらいに見えるけど、こんな大事な会議に出てくるなんてすごいなぁ……。
と思って見ていたら、私と視線が合った瞬間思い切りビクリと体を跳ね上がらせ、震えだしてしまった。
敵意の代わりに危険人物として認定されてる!?
疎まれるのには慣れてるけど、こんな風に怯えられるのは初めてでどう反応したらいいか分からないよ……。
「…………」
困った末、栗鼠さんの反対側に座る猫族の男の子に目を向けたら、周りの喧騒なんて知ったことかとばかりに、思いきり船を漕いでいた。
……あ、あの、会議に来たんだよね? 寝ててもいいの?
「それでは、部族会議を開始したく思う。今回の進行は儂、狼族のゼフが執り行わせて貰うぞ。まず、最初の議題だが……」
あ、そのまま進めるんだ……と、ゼフ村長の対応に若干遠い目をしていると、すぐさま熊族の人が声を荒げた。
「決まってる!! まずはそこの人族についてだ!!」
「ひうっ!?」
この人恐い!!
「ゼフ、人族を村に招き入れるなんて、お前は何を考えてるんだ。人族がどういう連中か、お前だってよく知ってるはずだ!!」
「むーっ、シルフィは悪い子じゃないよ!」
「コマリは黙ってろ! これは大人の話し合いだ!!」
大人の話し合いならもうちょっと穏やかにやって!!
そんな絶叫を心の内で上げながら、「私も大人だもんー!!」と叫ぶコマリちゃんを必死に宥める。
どうどう、大人なら簡単に怒っちゃダメだよコマリちゃん。
「確かに、人族の中には悪事に手を染める者もいる。だが、全てがそうと決め付け拒絶していては、いずれ人族との全面戦争にまで発展しかねん。それだけは避けねばならんと、三年前にも決めただろう!!」
「たとえそうだとしても、村の中に受け入れるかどうかは別だろうが! 大体、そうやって人族に甘い顔してたから聖獣様は──」
「やめろ、コマリの前だぞ」
獅子族の長が一言発しただけで、ヒートアップしていた場がピタリと静まり返った。
何がなんだか、さっぱり分からないけど……やっぱり私は……人族は、獣人族にとってあまり歓迎出来る存在じゃないってことだけは分かる。
その事実を改めて突き付けられて顔を俯かせていると、私の手がぎゅっと強く握り締められた。
はっとなって目を向ければ、薄く微笑むコマリちゃんの視線と交錯する。
大丈夫だよと、そう言って貰えた気がして、私は少しだけ肩の力が抜くことが出来た。
本当に、優しいな……コマリちゃんは。
「先日、部族会議を予定通り開くとお触れを出した伝令から聞いたが……その娘、モルの村で流行っていた病を見事治療し、その原因がポイズントードの異常繁殖にあることすら特定してみせたそうだな? 真か?」
「ひっ……その、あれはみんなの協力があったからで、決して私だけの力というわけでは、その……」
「真かと聞いている」
「ひゃい!? ほ、本当です!!」
コマリちゃんから貰った勇気をひと睨みで打ち砕かれ、詰問されるままに私はこくこくと頷く。
ゼフ村長もそれに追従するように頷いたことで、会議室の中はざわざわと一気に騒がしくなった。約一名、完全に横になって眠ってる猫さんがいるけど、気にしたら負けなのか誰も触れない。
「ならば、その娘は同胞を救ってくれた恩人ということになるだろう。ポイズントードの繁殖を放置すれば、いずれ他の村にも多大な被害が出ていただろうしな」
「しかしですよ、原因の特定は運良く出来たとしても、彼の魔物の毒で汚染された体の治療など、このような小娘に可能でしょうか? 俄には信じがたいですね」
鷹族の人が、私に疑惑の視線を向けて来る。
うぅ……実際、私も自分のスキルで出来ること、出来ないことの範囲をよく分かってないから、それを笑い飛ばすことも出来ないよ。
「ならば、この場で試してみればよい。……おい、入れ」
「はっ」
獅子族の人が部屋の外に声をかけると、扉を開けてその部下と思しき人達が入ってくる。
二人がかりで、担架に載せて何かを運び込んできたみたいだけど……と、その上に載せられていたものを見て、息を呑む。
そこに横たわっていたのは、獅子族の長と同じ金色の鬣を持つ、まだ幼い子供の獣人だったのだ。
それが全身に包帯を巻き、真っ青な表情でか細い呼吸を繰り返している。
「……我が不肖の息子だ。とある事情で毒を受け、この様だ。こちらではもはやこれ以上手の施しようがなく、自然回復を祈ることしか出来んのだが……貴様の力で、治せるか?」
「そ、それは……」
出来るか出来ないかで言えば、出来る。
その男の子の体から立ち上る黒い瘴気を取り込めば、毒や感染症の影響はある程度取り除けると思う。
ただ、怪我ばっかりはどうしようもないし、一度弱った体を回復させる力は私にはない。助けられるかどうか、確証は持てない。
「どうした、出来ないのか? ……もはや他に打つ手もないのだ、もし何かあるなら、やってみせてくれ」
問われ、顔を上げた私が見たのは、純粋に子を心配する親の顔。
他の獣人達の手前、抑えてはいるけど……周りに誰もいなければ、そのまま土下座だって辞さない覚悟が窺えた。
「分かり、ました。コマリちゃん……」
「うん、手伝うよ!」
子供のために、プライドを捨てて本当は嫌いなはずの私に頼み込もうとするその人の熱に押され、私は眠る子供の元に歩み寄る。
片手をその子に、もう片方の手はコマリちゃんが持つ私の編んだミサンガへと添え、自分の意思でスキルの力を解放した。
「くっ、うぅ……!」
まずは子供から吸い上げた瘴気を、私の体を介してコマリちゃんのミサンガに注ぎ込む。
その後、コマリちゃんがスキルの力で少しずつ瘴気を浄化していくっていうのが、最終的に決まった私達の治療方針だ。
本当は、コマリちゃんの物に注ぎ込むなんて嫌だったんだけど……一度私の体を経由させている時点で負担をかけているんだから、残りは私が引き受けるとコマリちゃんが引いてくれなかったのだ。
これでこの子がすぐ元気になるってわけじゃないとは思うけど……それでも、少しでも良くなってくれれば……!
「うっ……うぅ……」
「っ、ラウル!!」
子供の呻き声に、獅子族の長はそれまでの泰然とした態度を投げ捨て、すぐさまその名前を呼び掛ける。
うっすらと目を開けた子供──ラウル君は、そんな父親の姿を見つけるなり、ガバッと体を起こした。
「父ちゃん!! 俺……ぐっ……!!」
「動くな、お前はもう一週間も寝たきりだったのだぞ」
フラつくラウル君の体を支え、そのまま寝かし付ける長。
けれど、ラウル君の方は一週間という言葉に目を見開く。
「一週間!? こうしちゃいられない、早く行かないと……!」
「そんな体で何を言っている、とにかく今は休め」
「何を悠長なこと言ってんだよ、こうしてる間にも姉ちゃんは……!」
「あれから、もう三年だぞ。今更少し休んだくらいで、何も変わらん」
「もう三年だからだよ!! 大体父ちゃんはそうやって、何とかするからってずっと言いながら、結局今まで……何も……!!」
「あ、あの、毒が抜けただけで体はボロボロのままなので、あまり動かない方が……」
何か事情がありそうだけど、そんな風に騒いでたら体に障る。
そう思って声をかけたんだけど……今初めて私の存在に気付いたらしいラウル君は、途端に怒りの形相を浮かべた。
「人族!? なんでこんなとこに!!」
「えっ……」
鋭い爪が鈍い輝きを放ち、残像と共にかき消える。
一体何が起きているのか、私の理解が全く追い付かないままに、視界が桜色の魔力で埋め尽くされた。
ガキンッ!! と激しい音を立て、全ての光が収まった時。そこにはお互いの爪を武器として鍔迫り合いを演じる、コマリちゃんとラウル君の姿があった。
「コマリ、なんで邪魔するんだよ!! そいつ、人族だろ!?」
「人族だけど、私の家族だもん! 喧嘩しちゃダメ!」
展開が急過ぎて、まるで話についていけない。
だけど……少なくともコマリちゃんは、ラウル君が何に腹を立てているのか、事情を知っているみたいだ。
「あ、あの……私が人族だと、何が、悪いんですか……?」
おずおずと切り出す私に、ラウル君はその瞳に憎しみの感情すら浮かべて私を睨み付けた。
「そんなの、決まってるだろ!! 姉ちゃんが人族に攫われたからだ、奴隷として売り飛ばすために!!」
「っ!?」
奴隷、という単語に、私の心臓が竦み上がる。
私の中にある、父親の記憶。人をただの商品として扱い、売り捌く商売をしていた。
あくまで、奴隷として扱えるのは犯罪歴があったり、何らかの事情で身売りした人だけ。そう決まっている。
だけど……あの中にもし、そうじゃない人がいるとしたら?
本人とも、その家族の意思とも関係なく、無理矢理奴隷にさせられた人がいたとしたら。
そして、その中には獣人の人だって──
「姉ちゃんだけじゃない、他にも何人も仲間が連れてかれてる!! 俺は、みんなを助けるために……!!」
「ふんっ」
ゴスッ、と鈍い音と共に、ラウル君の頭上に鉄拳が振り下ろされる。
それを為した彼の父親は、溜息混じりに頭を下げた。
「助けてくれたというのに、バカ息子が失礼した。……我らの中にある人族への不信は変わらないだろうが……お前には、感謝している。礼を言わせてくれ」
「い、いえ……私なんて、全然……」
自分がどんな表情をしているか、全くわからない。
色んな感情がぐちゃぐちゃになって、足元すらも覚束なくなっていく。
「シルフィ、大丈夫?」
「うん……大丈夫、だよ」
心配そうなコマリちゃんの声に、精一杯の笑顔を返す。
もし私が、奴隷商の娘だって知られてしまったら──今向けられているこの表情はどうなってしまうのだろうかと、そう思いながら。
次回、「告白」




