第十八話 心からの想い
「いっ……でぇーーーーー!?」
ゼフ村長の屋敷に、ラウル君の悲鳴が響き渡る。
部族会議の日から、早一週間。あの時集まった各部族の代表やそのお供は、今もここモルの村に留まっている。
その理由は、シンプルに休息のため。
この雪に埋もれた森の中をやって来て、会議を終えたらすぐに日帰り、なんて、いくら獣人の体でも厳しいからね。
そしてもう一つの理由が、私のスキルで毒を取り除かれた、ラウル君の怪我の治療だった。
なんでも、会議の間ずーっと寝ていた猫族の男の子は薬草の知識が豊富で、そうした治療を得意としていたらしい。
もし私の力がデマカセだったらそのまま治療を頼む予定だったんだって。
デマカセではなかったんだけど、怪我に対しては無力なことに違いはないから、予定通りにラウル君の怪我を治療して貰うことになったらしい……んだけど……。
「おいお前!! 適当にやってんじゃないぞ!! 痛いだろうが!!」
「ご、ごめんなさい! 出来るだけ優しくやってたんだけど……」
なぜかその作業を現在、私が執り行っていた。
……いや、うん、こうなった経緯はそう難しい話じゃないから、私も理解してる。
薬草の知識が豊富と聞いて、出来ればその知識を少しでも教えて貰えたらと……そんな思いから、ラウル君の治療に立ち会わせてくれと頼んだのは私だから。
それに、ラウル君も会議の後、長であるお父さんに相当怒られたみたいで、最初ほど露骨に私へ敵意を向けて来なくなったし。
でも……まさかぶっつけ本番で治療をやらされるとは思ってなかったよ。
「にゃはは、心配しなくても、シルフィちゃんはしっかりやってるよ。まあ、お子様には痛むかもしんないけどね~」
私の隣で治療風景を見守っていた猫族の男の子……セイさんが、笑いながらラウル君をからかう。
それを聞いて、ラウル君はびきりと青筋を浮かべながらベッドから飛び起きた。
「はあぁぁぁぁ!? お子様じゃねーし、もう十四だしっ……て、あだだだ……!?」
「ま、まだ傷も塞がりきってないんだから、急に動いたらダメだよぉ……」
「にゃはは、ボクからすれば、十四なんて赤ちゃん同然だけどね~」
「うるせー化け猫セイ爺!!」
むっきー! と見るからに子供そのものな態度で怒りを露わにするラウル君に、セイさんは笑い転げる。
なんでもこの人、見た目はラウル君より幼いんだけど、実際は遥か年上らしい。
スキル【不老】によって歳を取らず、その結果永い年月をかけて蓄積された知識と技術。
それらに畏怖と敬意を込めて、"化け猫のセイ"なんて二つ名まであるんだって。
こうして子供をからかって遊んでる姿からは、そんなに凄い人とはとても思えないんだけどね。
「でも実際、シルフィちゃんは冗談抜きで飲み込みが早いよ。さっきやった調合もなかなかの出来だったしね」
「あ、ありがとうございます。でもその、それはセイさんの教え方が上手だったからで……」
一転してすごく真面目な顔で褒められて、思わず照れる。
うぅ、やっぱりこういうのは慣れないなぁ。
「うんうん、ボクの教え方が上手いのは否定しないけど」
「否定しろよジジイ。……あだっ、あだだ!? その薬染みるんだから無理矢理塗り込むなよ!!」
「こういう地味な作業って、獣人は苦手な人が多くてね。なかなか教えても身に付かないんだ。そういう器用なところは、やっぱり人族の方が優れてるね」
ベッドの上で悶絶するラウル君を余所に、セイさんはそう言って何度も頷く。
種族特徴か……なるほど、そういうのもあるんだね……。
そう納得しかけた私に、セイさんがキラリとその細目を煌めかせる。
「それとも、やっぱり好きな子のためだと頑張れちゃうのかな?」
「ふえっ!?」
「あだーーっ!?」
思わぬ言葉に驚いて手元を誤った私は、うっかりラウル君の傷口にぶすりと指を突き刺してしまう。
ごめんなさーい! と慌てふためきながら叫ぶ私の姿に、セイさんは可笑しくてたまらないとばかりに笑っていた。
「せ、セイさん! 急に変なこと言わないでください!」
「変なこと言ったつもりはないよ? 会議の様子を見てたら、君がコマリに並々ならぬ感情を寄せていることは一目瞭然だったからね」
「ね、寝てたんじゃなかったんですか……!?」
「にゃはは、そう見えてたんなら、作戦成功かな?」
目を丸くする私に、セイさんは得意気な表情を浮かべる。
ずっと船を漕いだり寝転んで寝息を立てたりしてたのは、私の注意を逸らすための演技だったの!?
「会議中、ずーっとコマリの手を握り締めてたよね。しかも、何かあってもなくても、頻繁に体を寄せて肩がぶつかってたし、もうこの子の隣だけが自分の居場所だって感じ? 何があったのか、会議の翌日からは益々コマリにべったりで……いやー、見てていじらしいくらいだよ」
「う、うぅ~……!」
完全に全部見抜かれてる……! セイさん、怖い!
うぅ、今日はコマリちゃんと一緒じゃなくて良かった……もしここにいたら、もう顔も見れないよ……。
「君は、たとえ他の全てを裏切ったとしても、コマリだけは裏切れない。そして、コマリがボクら獣人族を絶対に裏切らない以上、君もボクらを裏切れない。ボクが君を信用して色々と教えてるのは、それが理由さ。分かったかな?」
私に向かって語りかけているようでいて、セイさんの目はチラリとラウル君の方を向く。
……今の、もしかしてラウル君に聞かせるために話したのかな? 私を信用させるために。
だとしたら、優しい人だな……。
「……というわけで、『大好きなコマリちゃんの役に立ちたいけど、私のスキルじゃ病気にならないコマリちゃんには何の意味もないし、それならいっそ怪我の治療も出来るようになっておけば、しょっちゅう擦り傷作っちゃうコマリちゃんの役に立てるよね』なんて健気なこと考えてるシルフィちゃんに一つアドバイスしよう」
「他人の思考一から十まで全部暴き立てるのやめてください!!」
全然優しくない!! やっぱり意地悪だよこの人!!
「コマリは太陽みたいな子だ。あの子がいるだけで、周りにいる人はみんな笑顔になれる。同時に、コマリ自身もそうした笑顔に囲まれることに喜びを感じられる優しさを持ってる」
だから、と、セイさんは私の頭にポンと手を乗せる。
幼い見た目にはとても似合わない、年季の入った落ち着きを感じさせる微笑みを浮かべ、諭すように続けた。
「まずは、君自身がちゃんと幸せになれる方法を考えるといいよ」
「わ、私自身が……?」
「そう。君が笑ってくれることが、コマリにとっても一番嬉しいことだろうからね」
「そ、そう言われても……」
私だって、コマリちゃんに笑って欲しい。元気で過ごして欲しい。
そう思ってやってるんだけど、セイさんとしては私のそれが少しズレているように見えているらしい。
「そう難しく考える必要はないよ。シルフィはコマリに何かして欲しいことない?」
「して欲しいことって言うと……」
真っ先に思い浮かぶのは、コマリちゃんの笑顔。
コマリちゃんの温かい手をぎゅっと繋いで、いつもみたいに一緒のマフラーを巻いて、私に向かってにこっと……。
そこまで考えて、ようやく私はセイさんの言わんとしていることに気付いた。気付かされた。
ボッ、と顔を赤くしながら、私はそれをボソボソと口にする。
「コマリちゃんの、傍に……誰よりも、近くで……笑って、欲しい……です……あう……」
そうだ、単にコマリちゃんに笑顔でいて欲しいだけなら、私が消えればいいってずっと思ってたはずだ。
それでもこの村にいたのは、コマリちゃんの傍にいたいから。誰よりも近くで、コマリちゃんの笑顔で照らされていたいって願ってしまったからだ。
消え入りそうな声でそう口にすると、セイさんのニヤニヤとした表情が更に深まり、ラウル君はなぜかベッドの上で暴れだす。
「なんなんだこれ、めっちゃくちゃ体がムズムズするぞ!! なんなんだこれ!?」
「にゃはは、ラウルにはまだこういうのは早かったみたいだね。さて、じゃあ年寄りのお節介パートツーと行こうか」
そう言って、セイさんはどこからともなく一輪の花を取り出した。
真冬であるにも関わらず、立派に白い花を咲かせたそれを見て「きれい」と呟くと、セイさんはうんうんと何度も頷く。
「シルフィ、あまり自分の気持ちを言葉にするの得意じゃないでしょ? なら、行動で示すのが一番だよ。その花、この辺りじゃ冬に咲く唯一の花だから、プレゼントにぴったりじゃないかな」
「な、なるほど……」
「更に、ここには簡単な軽食と、調合したばかりの薬草がどっさり。そろそろお昼時だし、ポイズントードの幼体にうっかり毒液をかけられたお間抜けさんもいるだろうから、これを届けることを名目にしてコマリのとこに向かうんだ」
「は、はいっ」
やたらと準備よくテキパキと渡され、私は疑問を覚える暇もなくそれを受け入れてしまう。
実際、今頃コマリちゃんはラウル君のお父さんやルンさん、村のみんなと一緒にポイズントード狩りをしてるはずだから、薬やご飯を届けるのはとても大事だ。
「最後にもう一つ。狼族にはね、大切な家族にはお互いの首元を甘噛みして、大好きって気持ちを伝える風習があるんだよ。挨拶代わりにやってるところもあるから、花をプレゼントするついでにやってあげると、コマリもすごく喜ぶんじゃないかなー」
「わ、分かりました……私、頑張ります!」
他人を甘噛みするなんて、私の常識からは考えられないけど……獣人だもんね、きっとそういう挨拶もあるんだろう。
特に疑うことなく受け入れた私は、早速花と薬草が詰まった鞄を手に立ち上がった。
「それじゃあ私、行ってきます!! えと、ラウル君のことよろしくお願いしますね!!」
「うん、行ってらー」
ひらひらと手を振るセイさんに見送られ、私は屋敷を後にする。
私の心の内にあった気持ちを暴かれ、優しくアドバイスまでされて、きっと私はこの時、気が動転してたんだと思う。
だから、ニコニコ笑顔のセイさんをラウル君がジト目で見つめていたことに、最後まで気付かなかった。
「コマリちゃん、みなさーん! お薬とご飯お持ちしましたー!」
「あ、シルフィ! ありがとー!」
川原までやって来た私が声をかけると、コマリちゃんが駆け寄って来る。
いつもと変わらない明るい笑顔をボーッと見つめていると、こてりとその顔が斜めに傾いた。
「ん? どうしたの? 私の顔に何かついてる?」
「あ、ええと、その……こ、これ! お花、コマリちゃんにあげようと思って……!」
ここに来た目的……もとい建前も忘れ、私は前置きも何もなく花を差し出す。
そんな私の奇行も、コマリちゃんは嫌な顔一つせず受け入れてくれた。
「わあ、プリズムリリーの花だ! ありがとう!」
たった一輪の花で喜んでくれたコマリちゃんを見て、もうそれだけで満足しそうになる。
でも、ここからが本番だとばかり、私は勢いよくコマリちゃんの両肩に手を置いた。
「その、えっと……ご、ごめんね!」
「へ?」
何を言えばいいのか分からないまま、勢いだけでコマリちゃんの首元を甘噛みする。
もはや自分でも何をしているのか分からないまま、すぐに体を離し……無言の空気に耐えきれず、結局は正直な気持ちを吐露していた。
「こ、コマリちゃん、大好き! これからも一緒にいてね……!」
ポカーンと口を開けたまま固まるコマリちゃんを見て、今更ながら羞恥心に襲われる。
あれ、私、セイさんに乗せられてとんでもないことしでかしたんじゃ……?
そんな風に不安になっていると、コマリちゃんからも顔を寄せられ、私の首元をかぷっと噛まれた。
「うん、ずっと一緒だよ! ……でも、シルフィって女の子だよね?」
「ふえ? そ、そうだけど……?」
何やらおかしな質問をされ、私の理解が追い付かない。
そこへ、コマリちゃんからとんでもない事実が明かされる。
「このお花と甘噛みって、結婚する時の誓いの儀? ってやつなんだけど……シルフィ、知ってたの?」
「えっ。……えぇぇぇぇぇ!?」
私の絶叫に、いつの間にやら周囲に集まっていた他の獣人さん達から温かい視線を送られる。
これ……絶対にこうなるって、全部分かった上で私にやらせたよね、あの人!?
「せ……セイさんの、ばかぁぁぁぁ!!」
やっぱりあいつか、というどこか呆れ混じりの呟きをどこからともなく耳にしながら。
私は恥ずかしさのあまり、その場から全速力で走り出すのだった。
「プリズムリリーは、どんな季節だろうと、どんな嵐の中でも関係なく花を咲かせることから、どんな苦難にも負けない永遠の愛を誓う花とされている。ついでに、お互いの首を甘噛みするのは、自分の命を相手に差し出す……つまり、私達は運命共同体であると宣言する行いとなってるわけだね。いやー、狼族って大概ロマンチックだよねー、にゃはは」
「このジジイ、本当に性格悪いな」
次回、「とある奴隷商の誤算」




