全員が幸せになる道(Win-Win)を探せ
「姫様、左大臣家のご養女になられたとの宣旨が……!
ああ、神仏がお守りくださったのですわ、おめでとうございます!」
女房の少納言が、はしゃいだ様子で触れ回る。
「少納言。姫君の御前ですよ」
小納言を嗜めた後、姫様に向かって礼を取る。
「姫様、おめでとうございます。母君もお喜びになられておりましたわね。
臣下として、心からお祝い申し上げますわ」
桐壺の更衣は、はっと顔を上げた。
「紅蓮の君。あなた、もしかして……」
すっと、人差し指で姫様の唇をそっと押さえた。
「姫様」
(どうかそれ以上、言ってはならない)
ここは内裏だ。
簾の陰にも、眼が潜む。
いつ誰が密告の機会を狙っているか分からない。
いくら実家のスマホ(通話の鏡)や左大臣を味方につけたとはいえ、油断は命取りになる。
「ご迷惑でしたか?」
「ううん、そんなわけ……」
「今度こそ堂々と、主上のおそばにいらっしゃいませ」
――どうか、お幸せに。
姫様は目を見開いたあと、くしゃりと泣き笑いした。
「……ありがとう。私の紅蓮の精」
抱きついてきた姫様の肩に、私の涙が一粒こぼれた。
***
「桐壺の更衣様、あの……」
新参の女房が声をかける。
「これ、今は女御様ですよ」
「あ、失礼致しました!」
私がたしなめると、その女房は慌てた様子で頭を下げた。
「構わないわ。
ねえ紅蓮の君。
産着はどんな刺繍を縫うのがいいかしら?」
「桐壺の女御様……。縫い物など私がやりますわ。
大切なお身体なのですもの。
どうかごゆっくりなされませ」
「じっとなんかしてられないわ。
布は砧を打ったものがいいかしら?」
顔を綻ばせている姫様に、くすりと笑みがこぼれる。
「おや、相変わらず女御は紅蓮の君と仲が良い」
さら、と御簾が上げられた。
「お株を奪われてしまうな、私は」
「お、主上……!」
一斉に女房たちが礼を取る。
その最前列に座した私もまた、帝に礼を取った。
「これは主上。お出ましとも知らず、大変な不調法をいたしました」
「いやいや何を言う。
美しい花同士の内緒話を見られたのだ。
得をした気分だよ」
くすくすと、忍び笑いを主上はお漏らしになる。
「ただ、我が寵妃を独り占めされて、少し妬けるな」
からかうように言う主上に、私も扇の陰から笑みをこぼした。
「まあ、主上。お株を奪うなど滅相もございません。
女御様が熱心に産着のことをお考えでしたので、ついお止めするのに夢中になってしまいましたの」
「変わらぬな、女御は」
そう口にされた主上の微笑みは、うららかな天日のごとく、ただひたすらに幸福な光をまとっておいでだった。
***
そして産まれた、光り輝くように美しい御子。
「おめでとうございます、桐壺の女御さま。
男御子にございます!」
ほぎゃあ、ほぎゃあと産声が辺りに響き渡る。
「よく頑張りましたね、姫……!」
姫様の母君が、彼女の額の汗をそっと拭った。
私はその光景を目の端にとらえながら、どこかぼんやりと産まれた御子を見ていた。
歴史の瞬間に立ち会ったような、不思議な高揚感。
(これが、のちの『光源氏』……)
すると、白いおくるみから覗く小さな手が、ふっと私の指先をかすめた。
(え?)
まるで、千年の時を超えて、私を見つけたかのように。
「自らの孫であり、日御子の皇子をこの目で見ることができるとは……。
紫苑の姫宮が身罷られた時、もうこの世に生きる甲斐など無いと思っていたのに……。
八百万の神々の導きに、感謝いたします」
はっと、後ろを振り向く。
見ると、姫様の母君がむせび泣いていた。
「紅蓮の君」
ぎゅっと、皺だらけの温かい手が、私の両手を包み込む。
「心から、お礼を申し上げます。
あなたの亡き母君、紫苑の宮様にも、なんと御礼申し上げれば良いか……。
本当に、ありがとう……」
手に額をあて、肩を震わせる。
その姿を見た途端、目頭が熱くなった。
「いえ、そんな……」
その手を握り締める。
温かいものが頬を伝い、じんわりと胸にしみこんだ。
「ほら、桐壺の女御様。あなたさまの御子ですよ」
泣き止んだ私が、白いおくるみに包まれた赤ん坊をそっと差し出す。
姫様は、色白の男御子を、愛おしそうにその胸に抱いた。
「光り輝くばかりに美しい子……。
ねえ、紅蓮の君。
この子はきっと『光るの宮』と呼ばれるような、輝かしいお方になるわね」
そう微笑む姫様の腕の中で、のちの『光るの宮』――いまはまだ、ただの小さく愛らしい若君が、ふにゃりとあくびをした。
その光景を見た時、流し尽くしたと思った涙が、また溢れ出す。
まぶしいほど幸福で、満ち溢れていて、どうにかなりそうなほど輝いている光景。
(よかった、諦めないで)
ここまで頑張ってきて、本当によかった。
涙を流している姫様――桐壺の女御様を見て、わたしはぐすっと鼻をすすった。
***
とまあ感動に浸るのはここまでだ。
仕事である。
(姫様が男御子――原作の『光源氏』を産んだ。
これは弘徽殿の女御――とりわけ右大臣家にとっては、最大の目の上のたんこぶ)
帝の寵愛を独占する桐壺の女御様への嫉妬は、すでに宮廷で限界突破している。
もし、この生まれた男御子が、弘徽殿の女御の生んだ第一皇子を脅かすような存在になったら――。
原作通りなら、弘徽殿の女御は嫉妬に狂い、容赦ない虐めで桐壺の女御様を精神的に追い詰め、幼い若君をも排除しようと躍起になりかねない。
こめかみに指をあて、目を閉じる。
(考えろ。
右大臣家も左大臣家も帝も桐壺の女御様も若君も、全員が幸せになる道はなんだ?)
高速フル回転で頭を働かせる。
カシャカシャとパズルのように情報が一つ一つ当てはまっていく。
チチチチ……ピコーン!
(よし。決めた)
思い立ったら即行動、part2である。
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