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【平安転生】ありえない源氏物語 〜桐壺の更衣を救ったら光源氏の愛が重すぎて労基違反です!〜  作者: 揚子江
第二章 日本一モテるのに日本一不憫な東宮

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隠しきれぬ熱と不穏な影

「……紅蓮の君。私が日中に送った歌は読んでくれましたか?」



「ええ、読ませていただきましたわ。



添削するのは十通目でしたっけ?」



紅蓮の君は、東宮に仕える女房達の人事差配の見直しを、頭の中で行っていた。




東宮と話しながらも、頭のもう片方では、最近入ってきた女房、早苗(さなえ)のことで頭がいっぱいだった。



(……早苗。


家柄も、身分も、容姿も、東宮の女房としては十分相応しい。


働きぶりも悪くないわ。




ただ……。)




ーー何か、嫌なものを感じた。



それは、初めて早苗と相対した時に感じた、ほんの少しの違和感。



『早苗と申しまする。


末長う、お導き頂きますよう、よろしゅうお願いいたします』



艶やかな声。

泣きぼくろを持つ優しそうな女房。



微笑みを浮かべたその目に……得体の知れない、どろっとした『熱』を感じた。




だがそれはほんのひととき。



瞬き一つの間で、彼女は『愛らしく慎ましい女房』としての笑顔を見せていた。




(ここ数日、しっかり目を光らせておいたけど、特に不審な点は見当たらない。



仕事も真面目にこなしている。



第一彼女は、中宮様の親戚筋。



経歴、血筋に特に問題はない)




ーーでも、私は知っている。




こういった直感は、時に理屈を超えて働くのだということを。




「最近では朱も入れられないほど素晴らしい歌をお作るになるようになられて……感慨深いですわ」



「いや、あれは添削して欲しいのではなく……」




(念のため、衛門に彼女を見張らせよう。



中宮様や太后宮様にも相談して……)



そんな考え事をしていたせいで、紅蓮の君は、長すぎる袴(はかま)の裾に足を取られた。



(あっ、しまっ……!)



気づいた時にはもう遅い。



ぐらりと視界が揺れる。



倒れそうになった瞬間、腕を咄嗟に力強く掴まれた。



引き寄せられ、背中に誰かの温もりがあたる。



ぱさ、と藍色に染まった扇子が落ちた。



振り返った瞬間、若君と、鼻がぶつかりそうな至近距離でぱちりと目があった。



思わず青ざめ、慌てて下がる。



(転びそうになったのを主君に抱きとめてもらうなんて、なんて失態を……!)



「ご無礼致しました、若君。大変な無作法、を……」



詫びの言葉を紡ぎかけた瞬間、目の前の光景に目を見開いた。




じわじわと、耳の先端から首筋にかけて鮮やかな朱色に染まっていく。



久方ぶりに見る、扇で隠されていない若君の横顔。



十四歳とは思えぬほど凛々しく整った鼻梁と美しい骨格が、今はもう隠すこともできず、


紅葉のように真っ赤に染まりきっていた。



(……えっ、熱!?)



この時代、ワクチンも抗生物質も解熱剤もない。


ただの風邪ですら場合によっては命取りになるのだ。



あまりの赤さに血の気が引いた紅蓮の君は、光るの宮が何かを言いかけるよりも早く立ち上がっていた。



「若君、大丈夫ですか!? 熱があるんじゃ!?」


「えっ……あ、いや、紅蓮の君、これは――」


「動かないで! すぐ冷やさないと!!」



シュバッ!! と風を切る音を残し、紅蓮の君は回廊へと飛び出した。



圧倒的な脚力で内裏を爆走し、速攻で氷室(ひむろ)へ向かって削り氷を木桶に入れて戻ってくるという、前代未聞の爆速救護活動をやってのけたのだった。



***



「あはは……。いや、本当に何やってるんでしょうね、私。おでこ触って熱を測ればよかったのに……」


後日、紅蓮の君は、太后宮に呼び出された。


ちょっと顔を赤くし、恥ずかしそうに人差し指でポリポリと頬をかきながら、紅蓮の君は事の顛末を太后宮に報告していた。



「……ほう。それで? 熱だったのか?」



「いえ、大丈夫でした。今思うと、ほんのちょっとした風邪の引き始めだったのかもしれませんね。季節の移り変わりは、特に気をつけないと……」



(この時代、薬がないから風邪だって命取りになるもの。若君に何かあったら大変だわ!)



真剣な目つきでうんうんと頷く紅蓮の君。



「…………」



太后宮は、ずず……と持っていた茶を啜り、気の遠くなるような深い溜め息をついた。



(賢すぎるのも困りものじゃのう。



あれほど政治の裏や謀略は一瞬で見抜く恐ろしい手腕を持っているというのに。



……一度自分の懐に入れた者には、無条件の親愛と信頼を寄せる。



一切の警戒もしない)



家族なのだ。紅蓮の君にとって、光るの宮という存在は。



(この世で一番優しく、そして……一番厚く、頑丈な壁)



幼少期から積み上げられた「家族愛」「親心」「保護者意識」という絶対防壁。



(そなたはどう壊す? 光るの宮……)



太后宮は可哀想な義理の息子(東宮)に心の中で同情を寄せつつ、トントンと扇で膝を叩いた。



「……まあ、これからもあの子の『風邪』には、よく気をつけてやるのだな……」



「はい! もちろんです!」



(今度、酒を蒸留させた消毒用アルコールと、蜂蜜と薬草を煮詰めて固めたのど飴を渡してあげようっと)



力強く頷いた紅蓮の君に、太后宮は、仕方のない愛娘を見るように、小さく笑った。




「……時に、紅蓮の君よ。」




ーー太后宮が、そっと扇子を振った。




それと同時に、女房達が察し、するすると下がる。




紅蓮の君は、太后宮の瞬きから、『ここにいろ』という思惑を感じ、座したままでいた。




しん、と部屋が静まり返る。




「そなたが申しておった『早苗』という女房について、色々と調べさせた」




ハッと、紅蓮の君は背筋を伸ばした。


ここまでお読みいただきありがとうございます!


この時代は、ただの風邪も肺炎などに繋がり命を落とす人が本当に多い時代でした。


若君が流行病にかかったのかもと、紅蓮の君は本気で青ざめたんでしょう。


光るの宮の重いがピュアな初恋と、忍び寄る不穏な影を楽しんでいただけたら嬉しいです。


「面白かった!」「次も気になる!」と思っていただけましたら、

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