【幕間 光るの宮視点】東宮様は手が出せない(物理的&政治的に)
時折思う。
あなたが、東宮としての地位、皇子としての身分、この美貌に靡いてくれる人であったなら、どれほど楽だったろうか、と。
(……だが)
もしもあなたが、そんな安易な誘惑や権力に流されるような女性であったなら。
私はここまで深く、狂おしいほどにあなたを愛しはしなかっただろう。
(私が見初めたのは、他の誰でもない、あなたという個の光なのだから。)
だからこそ、手荒な真似は絶対にできない。
あの人は、一重の衣と一刀の鋏さえあれば、いつでもこの華やかな宮廷を捨てて尼になれる女性だ。
もしも万が一、権力に物を言わせて強引に契りを交わそうものなら――
翌朝には、彼女の姿は綺麗さっぱり消えているだろう。
後に残されているのは、
『探さないでください』
という無駄に達筆な置き手紙と、
バッサリ切り落とされた艶やかな黒髪だけ。
(……それだけでは済まないはずだ)
逃げ出した彼女はそのまま馬を買い集め、風のように都を疾走し、難波の津から大陸行きの船へと飛び乗るに違いない。
そして中国へと渡り、持ち前の胆力と知略で異国の言葉を一月で理解し、
商人どもを顎で使い、あっという間に一財産を築き上げて悠々自適に暮らすのだ。
(……あの人なら、間違いなくやる!!)
煌びやかな衣装も、金銀宝石も、宮廷の地位も、あの人はいらない。
山に籠もれば自分で罠を作って猪を捕り、素手で魚をとり、蛍を愛で、銀漢を眺めながら野山での生活を全力で満喫するだろうし、
海を渡れば異国で大商人になってみせるだろう。
どれほど豪華な籠を用意しようと、彼女を閉じ込める鎖にはなり得ないのだ。
(恐ろしい……! 手を出した瞬間に、私は彼女を永久に失うことになる……!)
それに――もしも、万が一。
理性を失って紅蓮の君に強引に手を出し、彼女を泣かせでもしようものなら。
待っているのは、恐ろしいほどの政治的・経済的破滅だ。
まず、彼女の父である太宰大弐から、九州の貿易権を盾に容赦のない【経済制裁】を叩き込まれるだろう。
続いて、彼女の叔母である御匣殿別当からは、内裏における装束や日用品の【物流留め】を食らい、東宮御所の補給線を完全に遮断される。
そして何より、中宮の母上からは、
「私の大切な乳姉妹を泣かせるなんて……そんな子に育てた覚えは無いわ。
東宮の職務を停止して、今すぐ山に籠もって滝にでも打たれてきなさい」
と冷ややかな軽蔑の眼差しと共に言い渡されるに違いない。
父上の桐壺院も、母には頭が上がらないのだから、絶対に庇ってくれない。
(……極めつけは、あの御方だ)
紅蓮の君を大親友として慈しんでいる太后宮様から、一体どのような凄惨な仕置きを食らうことになるか……。
(考えるだけでも、恐ろしすぎる……!!)
内裏の頂点に立つはずの東宮でありながら、逃げ場などどこにも残されていなかった。
ーーだが、政治的破滅よりも何より、紅蓮の君に嫌われるのだけは、死んでも嫌だ。
(……やはり、私にできるのは……彼女に誠心誠意尽くし、自ら振り向いていただくことだけなのだ……)
あの人の手から鋏を奪うことはできない。
ならば私にできるのは、彼女の自由と自立を全身全霊で尊重し、この宮廷を彼女にとって「居心地の良い場所」にし続けることだけ。
(絶対に手荒な真似はしない。
あの人が自ら『ここにいたい』と思ってくれるまで、私はどれだけでも待ってみせる……!)
ーー背中に冷や汗を流しながら、光るの宮は己の衝動を必死に抑え込み、固く心に誓うのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
光るの宮の絶望的なまでの片恋を楽しんでいただけたら嬉しいです。
難易度EXの相手を堕とせるのはいつでしょう?
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