その美しさは罪です(本気)
時は流れ、あっとう間に新嘗祭が訪れた。
帝自らが一年の感謝と豊穣を神に祈る、最重要の儀式。
そして翌日——四日間の行事の終わりに帝が催す酒宴、『豊明節会』。
数多の公達が美酒に酔いしれる最中、いよいよ五節舞が始まった。
夜の紅葉がひらひらと散る殿上に姿を現した、篝火に照らされた舞姫を見た瞬間。
東宮・光るの宮は盃の酒を盛大に吹きだしかけた。
何とか必死に飲み込み、喉を鳴らして咳を抑え込む。
そこに降臨した舞姫の装束は、まさに天女が舞い降りたかと見紛うばかりの絢爛さであった。
鮮やかな唐紅の唐衣には、篝火を反射して煌めく瑞雲の金糸刺繍。
その下から覗く幾重もの袿は、深い紫から紅梅、白へと流れる見事な色彩を描いている。
艶やかな黒髪には金銀の心葉が光る。
耳際から揺れる純白の日陰の糸が、彼女の白皙の肌と、くっきりと際立つ紅唇を一層引き立てていた。
裳は白地に紅葉と流水が描かれた華やかな絵裳。
腰の引き紐にあしらわれた銀糸が、彼女がしとやかに身を翻すたびに美しい閃光を弾く。
手に持つ檜扇は、金箔が撒かれた唐紅。
そこには絢爛たる牡丹と紅葉が描かれ、両端から垂れる六色の糸が、彼女の細い指先が動くたびに優美に揺れていた。
それまでざわめいていた公卿や殿上人たちが一斉に息を呑み、しんと静まり返る。
光るの宮は、胸の中で激しく叫んだ。
(紅蓮の君……!?!)
その間、周囲の公達が、
「あれは紅蓮の尚侍ではないか?」
「大宰大弐の家からは、紅蓮の君の側近の女房が舞う予定ではなかったか?」
「急遽体調を崩したらしいぞ。男たちの前で煌々と顔を照らされ、視線を集めることに耐えられなかったのだとか」
「まあ、帝や東宮の御前だ。緊張のあまり倒れるのも無理はあるまい」
「だが御前の舞台を汚すわけにもいかず、従者の失態を埋めるために紅蓮の君が急遽舞うことになった……と」
などと噂を囁き合っていたが、そんな声など光るの宮の耳には一言も届いていなかった。
(なっ、なんで紅蓮の君が舞姫に……!?)
驚愕と焦燥で固まる光るの宮の横で、
「ほお……」
「まあ、綺麗ねぇ。さすが私の紅蓮!」
己とは対照的に、一切動じず優雅に鑑賞している両親(院と中宮)の姿があった。
光るの宮は一瞬で悟る。
「……母上……!?」
「はぁい? 何かしら、光るの宮」
「『何かしら』じゃありません! 何を考えているんですか!!
父上も父上です、なぜ事前にお教えくださらなかったのですか!?」
「いや、その……だな……」
「あら、だって事前に教えたりしたら、光るの宮、絶対に言ったでしょう?」
中宮様は扇で口元を隠し、生温かい笑みを深めた。
「『紅蓮の君が舞姫!? そんな姿を他の男に晒すなんて絶対に嫌です!
断固拒否します!!』……って」
「ぐっ……」
「東宮の権力と立場を最大限に利用して、何としてでも阻止しようとしたはずよ。
『これぞ皇族の権威の正しい使い道です』とか何とか言って。
持ち前の顔の良さと爽やかな雰囲気とそれっぽい大義名分で、公卿たちをも上手に丸め込もうとしたでしょう?
ダメよ、権力の私的乱用は」
父である桐壺院も、扇で光るの宮からの鋭い視線を遮りながら、気まずそうに顔を隠した。
「すまぬ光るの宮……そなたに言えば、紅蓮の君に縋り付いて、ごねまくってでも引き止めようとするかと……。
『子供の特権』を総動員して止めただろう?
紅蓮の君は、昔からお前には甘いからな……」
もし事前に知っていたら、即座に外聞を捨てて袖を引っ張り、
『……ごめんなさい紅蓮の君。お願いですから、私を置いて舞わないで……っ(※潤んだ瞳と上目遣い)』
と嘘泣き作戦をかまして、
「しょうがないわねえ……」
と若君限定チョロイン紅蓮の君を陥落させていたであろう己の未来予想図が一瞬で脳裏に浮かぶ。
光るの宮は沈黙を守るしかなかった。
目的(紅蓮の君を他の男の視線から守る)のためなら、
多少の犠牲(十四歳としての尊厳と男のプライド)は惜しみなく払える男。
それが、光るの宮である。
少し離れた上座に座っていた朱雀帝は、何やら小声で揉めている桐壺一家の気配を察したらしく、弟の光るの宮にいささか同情に満ちた眼差しを送っていた。
その隣の次席に座っていた太后宮は、爆笑しそうになる頬の筋肉を必死に叱咤し、肩を小刻みに震わせるだけに留めている。
ちなみに、ここまでのやり取りはすべて雅やかな笑みを崩さぬまま、超・低音の小声で行われており、御簾の向こう側や周囲には一切悟らせていない。
彼らは百戦錬磨の皇族である。
盃を握りつぶさんばかりの勢いで固まる光るの宮の視線の先で——。
満月を背に、紅蓮の君は、どこか遠くを見つめるような神聖で静謐な眼差しをたたえ、ゆっくりと、優美に袖を翻すのだった。
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紅蓮の君、舞姫として降臨!
紅蓮の君は、中宮様から、「光るの宮には私から言っておくから大丈夫よ」と、にっこり笑顔で言われていたので若君には結局直接言っておらず。
光るの宮は、知っていたら紅蓮の君を何としてでも全力で引きとめようとしたことを皇族全体が察して本番まで隠されていました。
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