父上が重症(?)みたいなのですぐさま帰りたいです
でも、私も少し反省したのだ。
若君は十四歳。
私の周りを纏わりついていた幼子では、もうない。
女の子に囲まれている若君を見て、漸くそれが実感できた。
(子供って成長するのね……嬉しいけど、少し寂しいわ……
子離れする親の気持ちってこんな感じかしら……)
実の母でも姉でもない年上の女が、あれこれうるさく口を出してくるのは、流石に鬱陶しいだろう。
(やっぱり少し、距離を置いた方がいいのかもしれないわね)
そう思い立った私は、すぐさま行動を起こした。
***
「ですので朱雀帝。
少しの間、朧月夜の君をお貸しいただいてもよろしいでしょうか?
私がいない間、彼女に東宮の尚侍代行を頼みたいのです。
……五節舞が終わったら、私は少し里帰りをしようかと」
「ま、待ってくれ紅蓮の君!
朧月夜は私の尚侍だぞ!?
いくら以前君の右腕だったからと言って、彼女がいないと私も困るのだが……!」
「ご安心くださいませ、帝。
帝の業務もすべて目を通しております。私の留守中の代行には、優秀な私の側近を置いていきます。
朧月夜の君は、あくまで最終判断の確認をして頂ければいいのです。
帝の政務に支障が出る仕事は負わせませんわ」
「し、しかしだな……!」
「実は少し、父の容体が思わしくないようなのです。
最近会議にも出席できていなくて……。
軽い風邪らしいのですが、とても心配で……。
久しぶりに姉にも会いたいので、五節舞が終わりましたら七日ほど実家へ戻らせていただきたいのです」
「さ、左大臣殿の病か……! それは……それは誠に心配だな……!!」
朱雀帝は必死に表情を繕い、声を上ずらせながら、何故か皇帝としての全権力を全力で横振りし始めた。
「よし、分かった!
直ちに典薬頭を邸に派遣しよう!
内裏に伝わる最高の霊薬もすべて持たせる!
帝室からも豪奢な見舞い品を贈らせる!!」
「えっ……? そこまでしていただかなくても、ただの軽い風邪で……」
恐縮する紅蓮の君の手を、朱雀帝はガシッと力任せに握りしめた。
「だから……だから頼むから、君はここにいてくれ……!!」
「み、帝……!?」
あまりの必死さと、握られた手の鬼気迫る圧力に、紅蓮の君は、
(え、うちの父、実は余命いくばくもない重病なの……!?)
と完全に筋違いな方向へ青ざめていくのだった。
***
「父上の重症説(誤解)」に顔を青ざめさせた紅蓮の君は、明後日の方向に思考をエスカレートさせる。
(文では軽い風邪だって言っていたけど、まさか仕事で忙しい私に気を遣って言えなかったんじゃ……!?)
まさか流行り病にかかり、私が見舞いで実家に帰ったら感染するリスクを心配して、私に何も言わなかったのではないか。
帝にだけは本当のことを打ち明けていたのではないか。
でなければ、あれほど帝が狼狽えるなんておかしい……!
(帝は、私が実家に帰ったら病にかかる可能性を懸念したのでは……!?)
ぶるっと背筋が凍る。
(……待って、落ち着いて私。もしかしたら考えすぎかもしれないわ……。
父上は、何かあったら必ず私に言ってくれるはずだもの。
本当に、ただの軽い風邪なのかも……)
だが、そう思い込もうとすればするほど、
「じゃあ先ほどの、朱雀帝のあの必死すぎる慌てぶりは何だったの?」
という巨大な疑問符が頭をよぎる。
(……やっぱり胸騒ぎがする! 勘違いかもしれないけど、心配だわ……!
五節舞姫を務めて、引き継ぎが終わったらすぐ実家に帰ろう……)
ーー行動力EXの紅蓮の君は、その日のうちに太后宮のもとへ突撃し、見事な交渉術で何とか七日間の有給をもぎ取ったのであった。
***
その日の夕刻。
「紅蓮の君!」
少し低く、声変わりし始めた声に驚いて振り返る。
「若君……!?」
はぁはぁと息を切らせて立っている姿に、ギョッとする。
「どうしたのですか若君、そんなに汗をかかれて……」
日御子たる東宮がこのような乱れたお姿では外聞が悪い。
汗を拭いて差し上げようとそっと手を伸ばしかけた――その時。
パッと、素早く避けられた。
(あ……)
すっと一礼し、静かに距離を取る紅蓮の君。
「申し訳ありません若君、差し出がましい真似をいたしました」
「あ、いや……っ」
「それよりも、どうされたのです? そんなに慌てて……」
「……里帰りすると、聞いたのだが」
「ああ、はい。父の見舞いにと思いまして」
「七日も、内裏を空けると」
「ええ。申し訳ありません、お伝えするのが遅くなり――」
「いや違う! そうではない、そうでは無くて……っ!」
「若君?」
あーだの、うーだのと言いながら、ぐしゃぐしゃと髪をかきあげる若君。
その姿は一瞬だけ、昔の「幼かった頃の甘えん坊な若君」と重なって見えた。
そんな彼の様子に、クスッと笑みが溢れる。
「ふふふ。もしかして、お寂しいのですか?」
「そんなわけない」「もう子供ではないのですから」といった、
反抗期特有の素っ気ない言い返しを期待していたのだ。
(「ですわよねー、冗談ですよ」って返して、いつものように場を和ませよう……)
と軽快な相槌を用意していた、その時。
――ぴたっ。
髪をかきむしっていた若君の動きが、完全に止まった。
静寂が、簀子縁を包み込む。
「……」
若君は言葉を失ったまま、じっと固まり、ぎゅっと唇を噛みしめていた。
(え……? 嘘でしょ……?)
これまで「反抗期でそっけないのだ」「嫌われているのだ」と信じて疑わなかった紅蓮の君は、目の前の光景にただただ呆然とする。
(そっか……若君も、まだまだ可愛らしい子供なのね)
ふふッと笑いながら、優しく見つめ返す。
嫌われていないと分かっただけでも、こんなにも嬉しい。
「すぐに帰ってきますから」
その時、ひらりと舞い落ちてきた紅葉が、扇の上に乗った。
それをすっと若君へと差し出す。
「どうぞ」
まるで昔、幼い若君が「これあげます!」と無邪気に春咲きの菫を手渡してくれたあの日のお返しのように。
とびきりの優しさと親愛を込めた微笑みを添えて。
だが――差し出された紅葉と、その手に添えられた白くしなやかな指先を見つめる若君の瞳に、あやしく深い情熱の熱が宿ったことに、彼女はまだ気づいていなかった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
平安時代において、「花」を手渡される行為は、極めて深い情愛の贈答(求愛に近い意味)として受け取られることがあります。
それに対して紅蓮の君は、うっかり「紅葉」(燃え盛る恋情を表す)を渡してしまいました……。
光るの宮の重すぎる不器用な初恋と、紅蓮の君の呑気ぶりを楽しんでいただけたら嬉しいです。
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次回は本日【18:00】に更新します!




