昨夜はお楽しみでしたね(誤解)
中宮様との会談を終えた次の日。
私は腹心の側近、衛門と共に、本日のスケジュール確認と五節舞姫になったことを報告するため、
光るの宮様の御所、東宮御所へと参っていた。
「ねえ衛門、今日の予定はどうなっているかしら?」
「本日は朱雀帝より会談のご希望が届いております。五節舞の件でご相談があるとのこと。
また桐壺院様からも『予算の件で意見を聞きたいので、ぜひ東宮とご一緒に』とお召しでございます」
「そうね。若君にとって勉強になるでしょうし、彼自身の意見も聞いておきたいわ。
時間を調整してくれる?」
「かしこまりま――」
その時、前方の廊下から、尋常ではないざわめきと熱気が伝わってきた。
嫌な空気ではない。むしろ、純粋なまでに一途な熱だ。
「ねえ衛門」
「……なんでしょう、紅蓮の君様」
「……何かしら、この怒涛の女性大行列……」
美しい黒髪がたなびき、華やかな着物が幾重にも重なって見える様は、まさに百花繚乱。
きゃいきゃいと子雀が囀るように、数多の女房たちが扇の影でお喋りを繰り広げている。
(この光景、どこかで見たことがあるような……)
うーんと首を傾げる。
(あ)
ぽん、と手を叩いた。
(思い出したわ。現代でいう『アイドル出待ち&ファンサ待ち』だ!!)
「はあ……早くお目にかかれないかしら、光るの宮様に……!」
「わずかにお姿を拝見できるだけで、心が洗われますわ!」
「あのお美しい御尊顔を見られれば、日々の疲れなんて一瞬で吹き飛びますもの!」
「他の公達と比べても、一際まばゆく輝いていらっしゃるわ」
「東宮様ですもの、当然ですわね!」
「それでいて御身持ちが非常に堅く、女房からの誘いも雅にかわされるお姿と言ったら……もう、憎いお方!」
御簾の裾から色鮮やかな袖口がのぞく。
きゃっきゃと楽しそうだ。
推し活が肌と精神に良いのは、千年前の平安時代から変わらないらしい。
(これ全員がファンかあ……若君のお部屋はもっと奥のはずなんだけど、人垣で塞がれてるわね)
大丈夫かしら若君。
まあ若いから平気か。
ひょいとつま先立ちで覗き込むと、女性の山に埋もれている若君のお顔がチラリと見えた。
右には妖艶系美女、左には清楚系美女。
前には愛らしい系美少女、後ろには庇護欲をそそる系美少女。
(わお、すごいハーレム。見事な両手に花ね)
「如何いたしますか、紅蓮の君様?」
「若君の人生の春を邪魔するほど不粋ではないわ。今日の政務は私達で片付けておきましょう」
人生は長いが青春は短いのだ。思い切り満喫させてあげようではないか。
まあ、うちの若君に限って、原作の光源氏のように女性を弄んで泣かせたりはしないはずだ。
何しろ、私が幼い頃からしっかり教育したのだから!
『いいですか若君。
決して強引に迫ってはいけませんよ。
女性にはどこまでも優しく誠実に!
そうすれば嫌というほど女性の方から寄ってきますからね!』
(幼い頃から言い聞かせておいた甲斐あって、こんなに立派なモテモテ美少年になって……!)
「じゃあ衛門、朱雀帝のところへ――」
その時、ぱちっと若君と目が合った。
(あ、若君。ご機嫌よう)
笑顔で一礼を返す。
次の瞬間――若君の顔色が、一気に青ざめた。
口をパクパクと、陸に上がった魚のように開けては閉じている。
(え、何?)
読唇術で読み取ろうとするが、群がる女房たちの波に隠れてしまって上手く読めない。
邪魔をしては悪いと、すっと頭を下げてその場を去ろうとする。
すると若君の顔色は、青から一飛びに土気色へと変わった。
(えっ、いったいどうした美少年。)
何かを必死に叫ぼうとしているようだが、たなびく袖と扇に遮られて声が届かない。
(なんだろう……???
あ、もしかして!)
ポンッと手を打つ。
(安心してください若君!
お父様(院)とお母様(中宮様)には、
『若君はお勉強に集中されています』って上手く誤魔化しておきますからね!!)
私は若君に向かって、力強くグッとサムズアップしてみせた。
この平安時代にサムズアップの文化など存在しないが、まあ「私に任せておけ!」という意思は伝わっただろう。
だって、若君がピタッと静止したのだから。
意思疎通バッチリである。
「紅蓮の君様、そろそろお時間が……」
「ああ衛門、ごめんなさい。朱雀帝をお待たせするのは失礼ね、急ぎましょう」
着物の裾を翻し、私は颯爽と歩き出す。
「衛門、東宮の案件で私が処理できるものは全部回しておいてちょうだい。
明日の朝までは、若君が『ごゆっくり』できるように配慮してあげてね」
「かしこまりました」
***
一方その頃、残された光るの宮はというと――。
「いや違うんです誤解です!!
この女性たちは勝手にひしめいているだけで、私が遊んでいるわけでは……って、
優美に立ち去らないでください紅蓮の君!
説明させてくださいぃぃぃ!!」
必死で人波(女性の山)をかき分けようとするが、あまりの人数に身動きが取れない。
そして、どんなに焦っていても女性たちを強引に押しのけたり、払いのけたりすることができない光るの宮。
……こんな絶体絶命の瞬間ですら、幼少期に紅蓮の君から叩き込まれた『スパダリ紳士教育』を忠実に守ってしまう、涙ぐましい優等生であった。
「紅蓮の君―――!!」
悲痛な叫びをあげるが、「光るの宮様―――きゃあぁぁ!!」という女房たちの黄色い歓声にかき消され、遥か遠ざかる紅蓮の君の耳には一拭きも届かない。
「やあ東宮、相変わらず羨ましいですねえ!」
「いっそのこと全員妃に迎えてあげたらどうです? 泣いて喜ばれますよ!」
「半分くらい僕に分けてほしいものですね!」
通りがかった親友の、頭中将をはじめとする若手公達からの能天気な羨望の声に、光るの宮は心の中で激しく血涙を流した。
(……肝心の女性にのみ振り向いてくれない現実、お前たちにわかるか???)
ここまでお読みいただきありがとうございます!
地獄の道を善意で舗装する紅蓮の君。
光るの宮の気の毒な日々はまだまだ続きそうです。
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次回は明日【18:00】に更新します!




