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【平安転生】ありえない源氏物語 〜桐壺の更衣を救ったら光源氏の愛が重すぎて労基違反です!〜  作者: 揚子江
第二章 日本一モテるのに日本一不憫な東宮

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アラサーで舞姫はかなりきついです

私の「若君に避けられて反抗期がつらい」という悩みに、


中宮様は小さく息を吐いたあと、扇をそっと胸元に添えて和歌を詠まれた。



「紅(くれない)の 咲き匂ふ庭の 花なれば


夏の光も 添ひてこそ見め……」



私は首を傾げる。



脳内の古文知識と前世の社会人脳を総動員し、必死に現代語訳を試みた。



(『庭に美しく咲き誇る紅の花なのですから、青々しい若葉が輝く夏の光がその傍を離れず、


添い遂げるように寄り添いたくなるのも当然のことですね』……?



もう秋ですよ、新嘗祭(にいなめさい)始まりますよ……?



なぜいま『夏の光』……?)



秋なら、燃えるような恋の情熱を掛け合わせて紅葉などを詠むのが宮中のジャスティスだ。



(季節外れの『夏』を詠むなんて、何か試されている……!?


いや、それよりも返歌だ! 歌を返さなければ……!)



今世では母や叔母から厳しく叩き込まれたとはいえ、前世での私は古典の文法が大の苦手だったのだ。


正直言ってあれは宇宙語に等しいと思っている。



(って、やばいやばい、そんなこと考えている場合じゃない!


早く返さないとマナー違反になる! えーと、えーと……!!)



ここまでわずか二秒。



脳内CPUを高速フル回転させすぎて、周囲の景色がスローモーションに見えてくる。



私はふっと表向きだけ余裕のある微笑みを浮かべ、音にして返し歌を詠み上げた。



「朝日にて 映ゆる夏花(なつばな) 愛(いと)しけれ


唐紅(からくれない)に 照るぞ恋しき」



(『夏の朝日に照らされる花も素敵ですが、唐紅に染まる秋の紅葉もまた恋しいものですわ』……!



よしっ!!


『夏の光も素晴らしいですが、今はしっとりとした秋を愛でましょう』という完璧な返歌ができたわ!!)



なんとか和歌を返すことができた私は、内心で(一仕事したぜ……!)と汗を拭く。




だが、私の渾身の返歌を聞いた中宮様は――なぜか一瞬目を丸くしたあと、


ぽかんと口を開き、やがて扇で顔を隠して肩をぷくくと震わせ始めた。




「……くすっ、ふふふ……本当に、あなたは……っ」



(……あれ? 私、やっぱり文法間違えてました……!?)




中宮様はひとしきり笑った後、可憐に扇を口元に当てながら、私の手をそっと温かく包み込んだ。



「紅蓮の君。決して、あなたが光るの宮に嫌われているわけではありませんよ。


あの子は今……そう、実に『難しいお年頃』なのです」



「やっぱり反抗期ですか……!」



「え、ええ……まあ、そのようなものです。


ですから……決して距離を置こうなどと考えず、今まで通り、


いえ、これまで以上に優しくあの子の側にいてあげてくださいね?



(……じゃないとあの子、何をしでかすか分かったものじゃないわ……)」



「え? 中宮様、いま何かおっしゃいましたか?」



「いいえ、何も。……それよりも紅蓮の君、少し真面目な相談があるのだけど」



空気が変わったのと同時に、私はすっと背筋を伸ばした。



一瞬で勘づく。



ーー政治アドバイザーとしての、『仕事』の時間だ。



「何でございましょう、中宮様」


ぱら、と中宮様が扇を広げる。



「今年の新嘗祭が、もうすぐ行われるでしょう?」



「ええ、帝御自らが一年の感謝と豊穣を、神々に祈る儀式ですわよね。


今年は豊作でしたから、五節(ごせち)の行事もつつがなく行えるでしょう。


それがどうかされましたか?」



「その新嘗祭の期間に行う、五節舞(ごせちまい)の舞姫が、どうしても決まらないのよ。」



ふう、と中宮様は重いため息をついた。



「昔は家柄の良い姫君が舞姫となり、帝や公卿にお披露目される華やかな場だったけれど……」



「そうですね。舞姫に選ばれたことをきっかけに見そめられ、妃として入内される事例もありましたね」



「ええ。けれど最近では、高貴な姫君ほど顔を晒すのを嫌がって辞退してしまうの。


だから仕方なく、女官が簡易的な舞姫を務めるのが通例になりつつあるわ」



「無理もありません……舞姫を出すためには、お付きの女房や豪奢な装束など、莫大な費用を実家が負担しなければなりませんから。


娘が舞姫に選ばれるのは貴族としてこの上ない栄誉とはいえ、軽々しく手を挙げられないのでしょう」



「……そこで、あなたにお願いがあるの、紅蓮の君」



中宮様がまっすぐ、黒真珠のような瞳で私を見つめた。



「五節舞の舞姫の一人を、あなたに務めていただきたいの」



一瞬、耳を疑った。



「……ちゅ、中宮様!? 何を仰せですか!?」



思わず素の超絶驚き声が出てしまった。



「舞姫といえば、十二、三歳の可憐な少女が務めるものですわ!



私はすでに二十代半ば……!



五節舞という若々しく華やかな舞台には、到底相応しくありません!」



「……だからこそ、なのよ。紅蓮の君」



中宮様は静かに、けれど強い意志を込めて語りかけた。



「宮中では十代前半の幼い姫君ばかりが重宝されているわ。


けれど、もっと歳を重ね、教養と美しさを深めた女性の中にも、素晴らしい舞を披露できる者はいるはずよ。


私はそういった女性たちの価値を、もっと高めたいと思っているの」



「……っ」



「ですが……紅蓮の君。


古い慣例を破る時には、必ずや周囲から苛烈な反対が巻き起こるわ。



けれど、それを恐れて逃げていたら何も変えられない。



一度だけでも『例外』を作る……。


それが第二、第三の例外を生み、結果として宮中の古い流れを変えるきっかけになるはずよ」



「……なるほど。


慣例を打破するには、批判する貴族たちをその権威と政治力で黙らせられるほどの、


圧倒的な家柄と後ろ盾を持つ姫君でなければ務まりませんね」



「……そうなの。そして、それができるのは……私の知る限り、


紅蓮の君――あなたしかいないわ」




静まり返る部屋の中で、中宮様はしばし目を伏せた。




「……年頃の未婚の女性に、大勢の男たちの前で顔を晒せと言っているのだもの。


私、本当に酷いことを頼んでいるわね……」




一瞬、その瞳に迷いが浮かぶ。


だが次の瞬間、中宮様はその迷いを飲み込むように深く息を吐き、毅然とした表情を取り戻した。




「相応の対価は用意します。


紅蓮の君、引き受けてはくださらないかしら。


――あなたは、殿方の視線くらいで気絶するような柔な器ではないわ。


堂々と舞ってみせると、私は信じているの」




まっすぐに注がれる中宮様の強い瞳に、私の胸の奥がじんわりと熱くなった。




(ああ……姫様は、本当に強く、立派になられたな……)



私と共に内裏へ上がった頃の姫様は、こんな風にご自身の意志をはっきりと示すお方ではなかった。



優しく、美しく、儚げで、秋の野分(のわき)が吹けばひとたまりもなく散ってしまうような、小さな白い花だったのだ。



その姫様が今、自身の言葉で、宮中の女性たちの地位を上げるための『改革』を起こそうと奮起している。



院の正妻ーー中宮としての覚悟を胸に。




「……ふふ。中宮様にそこまで頼まれてしまっては、断れるはずがありませんわ」



私は結局、昔からこの姫様には滅法弱いのだ。




すっと背筋を正し、床に深く平伏する。




「承知いたしました、中宮様。――至らぬ身ではございますが、我が命に代えてもご期待に応え、見事な舞をお見せすることを誓いますわ」



「ありがとう、紅蓮の君……!」



パッと顔をほころばせた中宮様の表情に、


幼い頃、二人でお屋敷の庭を駆け回って笑い合った『あの頃の笑顔』が重ね合わさった。



***




(……とはいえ舞姫か……!


現代で言ったら中学生のアイドルグループにアラサーが一人混ざるようなものよね……!?



……まあでも、一度自分で決めたことだわ。)



やるからには、徹底的に。



(腹を括って、バチバチにメイクして無双してやる!!)



――こうして私は、宮中を揺るがす前代未聞の『アラサー舞姫』として、舞台に立つことになったのだった。


ここまでお読みいただきありがとうございます!


紅蓮の君、大切な姫様のために舞姫がんばります!


「面白かった!」「次も気になる!」と思っていただけましたら、

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次回は明日【8:00】に更新します!

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