若君が十四歳になりました!
やあニーハオみなさん。
毎度お馴染み紅蓮の君でございます。
あれから七年の時が経ち、我が愛しの若君は十四歳となられました。
平安時代の十四歳といえば……そう、大人への一歩を踏み出す成人式、『元服』間近!
いやあ、立派になられて……!!
ちょっと前まで母君や乳母、あるいは私が近くにいないとぐずって泣き喚き、
涙と鼻水を垂らしていたあの愛くるしい若君が……!
こんなに成長して……!
もう気分は完全に親戚のおばちゃんである。
(※私自身はまだ二十代半ばのピチピチ(?)なお年頃なのですが)
あ、そうそう。
この平和な七年の間、私も順調に出世いたしました。
現在の私の役職は東宮の『尚侍』です。
尚侍――それは第一秘書官であり、いつも傍らに控える超絶キャリア官僚ポジションです。
本来『尚侍』といえば、帝に仕える女官のトップなのですが……
まだ幼い東宮の政務をサポートするためという名目で、なんと『東宮尚侍』なる前代未聞の特例ポストが新設されてしまったのだ。
そして、そこにすっぽりと嵌め込まれたのが私である。
(院も帝も太后宮様も、揃いも揃って無茶振りしすぎでしょ〜!?
よく反対意見が出なかったなぁ。
まさか裏で政治的圧力で揉み消し……
いやいや、まさかね?)
ま……まあ、なにはともかく。
社畜生活は、平安時代に生まれ変わっても治らなかったのだ……。
本当は、東宮宣旨になれただけでも十分すぎるほどの出世だった。
だが尚侍は、それを遥かに上回る宮中エリート中のエリート。
一度は固辞しようとしたのだが、桐壺院や中宮様、そして太后宮様からの猛烈なごり押し……ではなく強い薦めがあり。
何より東宮ご本人の若君が、「紅蓮の君以外は考えられない」とキッパリ言い放ったのだという。
(確かに私は、大体の政務ならサクサク捌けますが……若君。
そんなに政務がお嫌いなのですか?
私がいくら自他ともに認める書類整理の鬼だからって……)
まあ、まだ十四歳。
面倒な政務はできるだけ人に投げて、青春を謳歌したい年頃なのもよく分かる。
(よーし、ここは頼れる姉代わりとして、一肌脱ぎますか!)
仕事自体は大変だがやり甲斐もあるし、出世に不満があるわけない。
ただ一つ問題があるとすれば……周りが「そろそろ結婚しないのか?」と、妙に縁談を勧めてくるようになったことだ。
先日の父との会合を、ふと思い出す。
* * *
「紅蓮の君、東宮の尚侍になったというではないか……!
こんなめでたいことはない、父は誇らしくてたまらぬ……!」
豪奢な狩衣の袖で目頭をぬぐう父。
感涙にむせぶあまり、そのお袖はあっという間に重く濡れてしまっている。
「もったいないお言葉ですわ。
父上も、左大臣への昇進、大宰大弐の兼任、
心よりお祝い申し上げます。」
超絶エリートの仲間入りを果たした父は、満足そうだった。
「父上の莫大な国家への貢献が実を結び、何よりでございます」
「これもそなたのおかげだ。今上帝と東宮の後押しがあってこそ叶ったのだからな」
「いえ、父上の日頃の成果の賜物ですわ」
ほほえみを浮かべる私に、父は目元を細めた。
「そなたは優しいな、紅蓮の君。
その心映えも、亡き母——紫苑の君にそっくりだ。
……まあ、私のことはいい。それよりもそなたのことだ!」
バッと顔を上げた父が、身を乗り出してくる。
「東宮の尚侍——それはとりもなおさず、帝や東宮のお目にとまったということ!
もしかしたら、このまま東宮の妃にあがられるやもしれんぞ!」
「父上、それはさすがに飛躍が過ぎますわよ。
わたくしはただ、乳姉妹である中宮様のご厚意で、
まだ年若い東宮様の政務補佐をお任せされたにすぎませんわ」
扇で口元を隠しながら窘めるが、父の親バカ暴走は止まらない。
「何を言っているのだ。尚侍が寵愛を得て妃にあがるなど、さして珍しいことではない!
お前はちと風変わりなところもあるが、琴や和歌の才能、美しさも頭の回転も、並の姫君では束になっても敵わぬ。
太政大臣殿という強力な後ろ盾もあり、宮家の血筋も引いているのだ。
あの関白殿も、朱雀帝を帝位につけたお前には一目置いているのだからな!
もっと胸を張りなさい」
「ありがとうございます、父上。そう言ってくださるのは嬉しいですが……
私はすでに行き遅れの年。
帝や東宮の寵愛を得て皇子を産むというお役目は、もう厳しいでしょう」
自嘲気味に笑うと、父はふっと表情を和らげた。
「そんなことはない。たとえ御子を授からずとも、賢いお前のことだ。
内裏でも立派に地位を確立できよう」
娘への評価がバグってる父上に、思わず笑みが溢れた。
「確かに私は、海千山千の経済の荒波を潜り抜け、巨万の富を築いた父上の娘ですものね。
逞しさだけには自信がありますわ。」
私は、少し複雑な笑みを見せた。
「……私は姉上とは違い、昔から病知らずでしたから」
「お前の姉……撫子上は、昔は酷く病弱で、乳姉妹である中宮様に満足にお仕えすることができなかった……」
遠い目をする父。
「あの子は、幼い頃は寝たきりで、起き上がることもままならなかった。
だから入内は諦め、身分違いではあったが本人が望む恋愛結婚を許したのだ。
……儚い身の上なら、せめて愛する者と結ばれ、幸せになってほしかったからな」
「ですが、姉様も今はずいぶんお元気になられましたわね」
「ああ。夫との間に、息子を二人、娘を一人も儲けた」
「ふふ、愛の力は偉大ですわね」
「神仏の慈悲だな、ありがたいことだ。
その次男が我が家を継ぐことも決まっている。
だから紅蓮の君、お前が家に縛られて無理に結婚する必要はない。
好きな道を選びなさい。
……でもな、せめて誰か、心許せる者はいないのか?」
「お父様ったら。既に可愛い孫がたくさんいらっしゃるのですから、充分でしょう?」
「まあ、な。撫子上の子供たちは可愛いが……」
ちらりと、父が試すような視線を送ってくる。
視線を彷徨わせる父を見て、
(そろそろ髭のお手入れをされた方が……)などと呑気に考えていた私だが。
まさか父が内心で、
(私の器量と度胸を一番受け継いているのは、そなただぞ。
幼い頃から漢文を読み、漢詩をつくり、楽器も得意。
中国の貿易話に目を輝かせ、時々大人も目を見張るような観点から物事を言う。
お前が男でなく、家を継がせることができないのをどれほど残念がったか、お前は知らないだろう)
などと思っていたことなど、当時の私は知る由もなかったのである。
「……話は変わるが、お前は実に商才があるな」
「はい?」
パチリと瞬きをする私に、父がニヤリと口角を上げた。
「現に、お前が考案したあの『化粧品』とやらは、宮中の女房たちの間で大人気ではないか」
思わず背筋が凍りつき、肩が跳ねあがった。
「い、いやあの……それは……!」
「一応、叔母の御匣殿別当の名義で『宋からの輸入品』として宮中に流通させているが……あれはお前が作ったのだろう。
よくぞ思いついたものだ、あのような不思議な粉や塗料を」
「あ、あはは……」
「まあ、飛ぶように売れているおかげで我が家の財はさらに潤った。
経費を除いた売り上げはお前の個人財産として登録してある。
……だが一体、どうやってあのようなものを思いついたのだ?」
顔を覗き込んでくる父に、滝のような冷や汗が流れる。
(だって平安時代には!! まともな保湿化粧水も! 肌荒れしないファンデーションも! クレンジングすらないんだもん!!!!)
私は心の中で、盛大に叫んだのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
周りが縁談で騒がしくなってきた紅蓮の君ですが、14歳になった若君(光るの宮)が黙っているはずもなく……!?
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次回は明日【20:00】に更新します!




