08 共同生活
狩猟
共同生活(奴隷と主人の関係)
その建物は、街の繁華街S通りのすぐ裏側の、ひっそりとした路地の奥、倉庫ビルの建ちならんでいる中にあった。そのなかの三階建ての倉庫ビルは、木山の父親の店の、光学関係の機器などを置いてある天井の高い建物でした。
その三階に、おそらく倉庫管理人を住ませるためか、あるいは事務所にでも使用するために作られたのか、3LDKのゆったりしたマンションふうの部屋がありました。
わたしも彼らが去ったあとに、一度だけその倉庫ビルに行ってみたことがあります。新しいビルで、二人の部屋へは倉庫の脇の狭い路地にはいり、非常階段のような倉庫の外壁につけられた鉄の階段を登っていくのでした。むろん、二人の部屋からも倉庫の中へ下りていくこともできるようです。
その倉庫は街の繁華街のすぐ裏通りにはありましたが、辺りは昼間はともかくとして夜は人通りも少なく、ごく静かでした。
そのひっそりとした倉庫の建ち並ぶ街裏の環境で、教師である白木は、自分の担任クラスの生徒である木山に監督されて生活をしたわけです。
いや監督というよりは、木山一平という高校生は、鍛えられた肉体をもつ爽やかな容姿をもった青年教師を隷従させた共同生活をはじめたのだといってよいかもしれません。
木山一平の父親、木山剛平氏はその使用していない住居を担任教師に無料で提供して、
親の目のとどかない所で、祖父母には手に負えない息子を預け、家庭教師をも兼ねて面倒をみてもらうつもりになったようです。
木山の父が一平を自分の手もとから離して自分の実家の両親にあずけたのも、それなりの複雑なめんどうな事情があったようです。
その為剛平氏は、担任教師である白木に対し、家庭教師兼監督料としてかなり多額の謝礼を毎月送っていたことが想像されます。
剛平氏も、その後妻だというつれあいも、多忙のためか、実家にあずけられている木山一平のもとにはほとんど顔も見せなかったようです。時々用事で剛平氏の両親の家へは帰ったようですが、教師である白木への遠慮なのでしょう、あの倉庫ビルの三階を訪れることはなかったようです。
そんなわけで、木山一平の両親もその老いた祖父母も、白木の同居は願ってもないことだったのでしょう。
しかし、実際に監督指導されたのは自分のほうだと、白木夏雄は書いてます。
『俺は気づかなかったか、あいつは用意周到に俺をおびき寄せ罠にはめたようだ。共同生活の件も父親とはすでに話がついていて、あとは俺の承諾を待つばかりだった。
引越し業者とも契約が済んでいて、日取りを決めるのを待っている状態だった。独身者の住まいゆえ家具もほとんどなく、作業はすぐに終わり、料金も木山が支払っていた。
学校への住所変更届は正直に報告した。教師と生徒が同じ住所では問題ありと思ったが、木山は祖父の住所のまま変更をしなかったので、問題はなかった。
朝パンを食べ終わると、まず俺が出てから時間差で木山が登校した。まさか一緒に登校するのは憚れた。昼食は学食ですませ、夜は木山の父親が経営する会社の従業員の家族が近くに住んでいるため、その者が夕方に倉庫一階の整理棚に賄いを置いておいてくれる。食べ終わり整理棚に戻しておくと、夕方に当日分と交換して持って行ってくれた。洗濯物も同じ要領だった。
俺にとっては、独り暮らしの時よりその点では快適ではあった。
だが、俺の考えは甘かった。
その後に突然始まったのは、毎週土曜日の夜の学習会だ。学習会と名付けたように、たしかに前半は久米や中山のように受験を控えた者の援助や、成田・横山のような落ちこぼれそうな者の補習を、比較的成績の良い木山が主導してして、級長の松田や鈴木の手を借りて行われた。
その事は感心するほどだったが、学習会後の余興、お遊びは俺を性的対象物として行われた。』
このような事が本当に行われたのでしょうか。生徒指導にも熱心な健全な肉体をもった青年教師が、ひとりの高校生に意のままに操られ、その身体も精神も支配され隷属されるような事が起きるとは、わたしには送られた手記をここまで読んでも、にわかには信じられません。
しかし学習会の成果なのか、二学期から成田や横山の成績が向上し、久米や中山が大学受験に合格したのは事実です。ても学習会のあとに、このあと書き写すような出来事が、本当にあったのでしょうか。
白木は自分だけでなく、高校生たちも木山の支配下にあったと書いています。
『木山の支配下にあったのは俺だけではなかった。
レスリング部のキャプテンと副キャプテン、俺の担任のクラスの生徒4人。
だが彼らと俺とは、階級制度の中で所属する階級が違っていた。高校生たちは木山の家臣団であり、俺は雑兵ですらなかった。いわば囚われの囚人だった。
木山の奴らに対する取り込みの術は巧みだった。
転校して二ヶ月も経たないのにクラスの四人を配下に収め、レスリング部入部からもわずかな日程でキャプテンと副キャプテンを裏で支配したのだ。
無論奴らも従属させられただけではなかった。三年生の二人は大学受験に合格し、落ちこぼれに近かったふたりはいつも平均点に追いつくようになり、他のふたりも他人に教えることで自身の学力を向上させた。
しかも奴らは性欲旺盛な少年時代を、俺を対象にして発散していった。』
わたしもこの事は覚えていますが、三年生の二人は彼らの方から木山に親しげに接し、落ちこぼれのふたりは、あれ以来成績中間層に属し、あとのふたりも親友のように見受けました。教員の仲間うちでも彼らの変容ぶりには驚かされていました。
でも、その裏にこんな事情があったとは、まったく預かり知らぬことでした。
それも、白木が書いたと思われる手記の内容を、実際にあったことと信じてのことですが。
三学期になると、木山一平は成績をさらに伸ばし、学級委員長にも選出されています。成田や横井のように不良がかった少々荒っぽい連中から、優等生の松田や鈴木、牛田けい子のような女生徒たちをも自由に掌握することのできる木山の統率力は、強大だったろうと思われます。
私から見れば以前に書いたように、木山一平自身はどちらかというと平凡な顔だちで無口な、目立たない生徒に見えました。しかし、授業中に発言することがあったときには、理路整然として、恐ろしいほど明晰な判断能力でした。
彼は、どんな時にも表面にはあまり出ないで、しっかりと全体を掌握していたようです。
たしかにあのころの白木夏雄の学級は、まとまりのよい統制のとれたものになっておりましたが、それは木山の見えない統率力にあったのでしょうか。
木山はまだ少年でありながら、要所要所で
どこを押さえれば良いかを熟知していたと思われます。
部活動ではキャプテンと副キャプテンを、クラスでは荒っぽい連中と優等生、それらが木山の手中に収められると、彼の指示ですべてが動くようです。
『俺が木山に服従しても、学校では俺たちは普通の生徒と教師の態度に変わりはなかった。それどころか、他の生徒がいないところでの悪戯がなくなった。
あいつはまた、おとなしくまじめな生徒に戻った。しかしひとたび倉庫の三階に帰ると、 その瞬間から俺は奴隷でやつらは俺の主人になった。俺には少しの反抗も許されなかった。俺が不満の態度をみせると、容赦なく制裁を科した。』
白木はそう書いています。倉庫ビルの三階での秘密は、こうして完全に守られることになったようです。
この秘密結社は、土曜日の学習会後の深夜に秘密の学習会二部を開いていたと書いています。




