05 さまよう心理
狩猟
さまよう心理
『夏休みにはいると、大会がせまってくる。俺は木山を恐れてばかりもいられず、
そして恥ずかしいことに、奴らにやられることに慣れてきたようだった。
あの頃、俺が赴任して立ち上げたレスリング部が、結成して三年めになっていた。
少ない部員ながらも、はじめて県大会の予選に勝ち続けていて、決勝戦も視野にはいってきていた。
俺はキャプテンの久米英介と副キャプテンの中山久司に期待をかけて特訓をしていた。
それなのに久米も中山もなんとなく俺を避け、俺の意気ごみに乗ってこないように思われた。ある時など練習をサボったりした。
俺は俺の期待が性急すぎて、彼らに過度の負担になっているのではないかと思い、ふたりに問いかけてみた。
しかしふたりは「そんなことはない」と言うばかりで言葉を濁していた。
彼らが悩みを打ち明けてくれないのは、俺が
彼らの知らないところで、教師として恥ずかしいことをされているせいかとも考えてしまった。
久米や中山たちのその態度は、俺が知らず知らずに木山のペースに飲み込まれていることのあらわれではないかとも思った。
俺は反省して、部活の練習を終わって帰ろうとする木山をつかまえ、「あした放課後、体育館の俺の部屋に来い!俺はクビをかけてもおまえと決着をつけてやる!」と言った。
あの時、俺は木山に何をされても県大会で結果をだして、学校を去るつもりだった。もう恐れないぞ腹をかためた。』
白木は決死の覚悟だったようです。
これこそ、わたしがいつも端からみていた男らしい白木です。
けれども、木山一平は白木の呼び出しには応じなかったようです。それてもそれ以来、木山たちは白木夏雄を襲って辱めることもなくなったそうです。
彼は「一つの危機をきり抜けることができた
」と油断していったのでしょう。
木山たちとの出来事も忘れようとしていたといってます。
ところが木山のほうも辱めをしなくなっただけでなく、まったく無関心を装って彼に近づいて来なくなったようてす。
それどころか久米英介や中山久司たち三年生と親しくなり、しかもそれは、木山が三年生たちに近づいていくというのではなく、久米や中山のほうが木山に接近していくように感じられたと、白木は書いています。
やがて部活指導の為だけでなく、彼らの行動から目が離せなくなり、じゃれあったりしているのを見かけると、平静ではおれなかったと告白しています。木山一平は彼のほうに無関心になったのに、白木のほうがいつも木山の姿を探さずにはいられない気持ちになったというのです。
『俺は不安だった。
なんだか俺のほうから木山に近づいていくような気がする。木山は平然として俺には見むきもしない。しかし俺は、いつしか木山の方を見てしまう。
俺は久米や中山が木山に取り込まれて行くのを見て、俺の聖域であるレスリング部までが木山に掌握されていくのを感じた。
そして俺が目指した県大会中、俺はまたとんでもないことをしてしまった。』
白木夏雄はこの大会でのようすをかなりくわしく書いたあとに、この日彼の肉体になされた汚辱のできごとを書いています。
『監督席は観覧席のすぐ下にあった。だから俺の席は、頭上のの観覧席からは見えない。まして向かい側からは遠くて見えなかった。それに誰もが試合に夢中で、他に注意を向ける者は誰もいなかったようだ。
準決勝への出場をかけての最終戦、最後の久米がすべてを握っている試合に、俺は声を上げて指示をだしていた。
レフリーのホイッスルが鳴り、久米が相手の選手と組み合って戦いがはじまった時だった。
俺の腿に誰かの手がのせられた。
部員たちは俺を囲んで俺の後ろに立っているので、観戦に熱中して躓いた手をついたのかと気にもとめなかった。
だが手はなかなか離れない。俺は手の先を見た。
木山だった。
奴は補欠の立場をいいことに、監督の俺の座席の左側の席に座り、手を伸ばしてきていた。俺が木山の顔に釘付けになっていると「キャプテンが決死の戦いをしているのに、指示しなくていいのか?」と言ってくる。
「それとも、ご無沙汰だから俺が気になるのか?」
「バカな!」
俺は吐き捨てるように言った。
マット上では久米が苦戦していた。
俺が木山に気を取られて、適確な指示がだせなかったからかと、悔んだ。
俺は試合に熱中しようと前を見た。
「そうそうその調子。こっちはいつものように俺に任せておけば良いようにしてやるよ。」と木山はニヤニヤしている。
奴は多くの観衆のいる体育館で、いつものあれをするつもりなのか?と、俺はもう一度木山を見た。
そのときレフリーのホイッスルがなり、ふたりは一時的にひきはなされていた。
「ほら、まえ、まえ」と木山が言う。
俺のせいで木山が負け、準決勝に進めなかったら、と俺は思い久米への指示を声にだした。
だが、木山は諦めない。
俺の前に監督席の机があるのを良いことに、それを隠れみのにして、右に控えの選手が座っているのに、俺の下腹のトレーニングパンツの中へ手がすべりこませてきた。
そしていきなり、ひきちぎられそうにつよくつかまれた。
俺は小さく呻いたが、マットの上のエキサイトしている試合に、部員たちが歓声を上げ、声援の送る声にかき消され、難を逃れた。
木山は俺の耳元で「動くな。じっとしていたらわからないんだ。こんな所でバラされたら嫌だろ。」とささやいた。
俺は、牛田の一件から学校内で奴らに嬲られたこと、それらが一度に甦ってきてその手を振り払うことができなかった。
俺の苦境とともに久米も苦境に立たされていた。
久米はほんのちょっとしたスキをつけ込まれて、マ ットの上で裏返しにされ、久米の胸が俺の席からも見えるほどのブリッジの型を決められた。
彼の顔が、さかさになって俺のほうに見えて、苦しい戦いに顔をゆがめていた。俺は息をのんで、折るように久米の反り返った全身を見つめた。
久米は、俺がレスリング部を立ち上げた時からの部員で、俺が将来を期待して鍛えてきた愛弟子だった。
会場は緊張感があふれて、皆息を詰めていた。久米はフォールされそうだったが、苦しみにゆがんだ顔でそれに耐えている。
それに比べれば恥でしかないのだが、俺も耐えていた。身体を前の机に押し付けるように近づけて、からだを丸め前に屈めて。
それは、俺の下腹で動く木山の手をみんなの目から隠すためだった。
久米の汗に光ったからだがねじれて何度も反転するたびに、俺のモノは木山の手でしごかれ、次第に硬くなっていった。
俺はすまないと思った。目の前で苦闘している久米にも、それを応援している部員たちにも。
だが俺の身体は、周りの状況に関係なく快感だけを欲して止まない、からだになってしまった。
マットの上で久米が責められているのを見ながら、俺のからだも責められている。
そして久米のからだがマット上でフォールされた瞬間、俺は下着の中へ射精してしまった。俺は恥知らずの下劣なけだものだと感じた。』
多くの観衆がいる中で、たとえひと目につかないからといって、教え子の手で嬲られ、弄ばされ、しかもそれに反応し暗い快楽に溺れ、最後までいってしまうとは、わたしにはやはり信じることができません。
この文書は、やはり白木の失踪を知っている誰かの、私への悪意にみちた讒言なのかもしれません。
たしかにある種の人間には、このような汚辱を白木夏雄のあの美しく鍛えられた肉体の上に想像することは、 ひとつのサディスティックな快感があるのでしょう。
白木の精悍な筋肉としなやかに伸びた長い手足、それを無残に扱えば扱うほど、残酷美ともいえる奇妙な美しさを感じることもありましょう。
レスリングの選手としてはやや長めのやわらかな黒々とした髪が額に落ちかかり、すずやかな眉と目で肉体を虐めるほどに鍛えている時に、それを裏切るような倒錯した状況に追いこめれ、表情を屈辱に歪め、ひきむすんだ寡黙な形のよいくちびるからうめき声がもれ、その同じ肉体を快楽の炎に焦がされようとしていたとは。
―― しかしそれが事実だったというのならば、あの白木の見事な肉体が、その肉体への汚辱に反撃しないはずはないと思うのです。 それなのに、甘んじて汚辱をうけ入れ、それに反応した白木の肉体の底のところには、やはり木山との初対面のときに感じた慄えが忠告したように、危ういものが潜んでいたのでしょうか。




