第35話 社会見学③
買い出しもいよいよ佳境。
リュックの重さは、もはや私の身長を物理的に数cm縮めているのではないかと思えるほどだ。
月光山羊乳の瓶が3本に、魔獣のヒレ肉2kg。
八百屋のおじさんに貰ったキャベツが追い打ちをかけ、私のちまっこい身体は、今や歩くたびに前後に大きく揺れていた。
「……ふぅ。最後は、あそこの雑貨屋さんね」
村の端にある、小さな生活雑貨店。
そこには私の今日の「密かな楽しみ」がある。
私はよろよろと店内に滑り込み、一番奥の棚へと向かった。
そこには、賞味期限が近いという理由で半額以下に値下げされた『見切り品コーナー』がある。
前世の私もそうだったが、通常価格の商品を、割引で買えた時の、あのなんとも言えない多幸感が好きなのだ。
「あった……! 今日の見切り品は、少し硬くなった黒パンと……えっ、ベリーのジャムも安くなってる!」
私は、自分の手のひらサイズの小さなジャム瓶を手に取り、じっと見つめた。
宝石を換金したお金は、財布の中にたっぷり入っている。
けれど、これは「あの子たちのための予算」だ。
自分に使う1Gは、あの子たちのミルクを1滴減らすことと同義。
そう自分に言い聞かせながら、私はジャム瓶と、さらにその横にあった「期間限定・バナナの焼き菓子」を交互に見つめてから手に取る。
いや、でも、たまには贅沢してもいいかな。頑張ったし。
このジャムと焼き菓子だけなら……。
……でも、待って。
この焼き菓子の値段で、ルウやヒナが好きな甘い林檎が2個買えるわ。
ユキだって、昨日熱を出して頑張ったし。
ヨルも影で温度調節を頑張ってくれてるし。
……うーん。
私は、そっとジャムと焼き菓子を棚に戻した。
代わりに手に取ったのは、見切り品の固い黒パンが2袋と、少しだけ傷がついた「訳ありの大きな林檎」の山だ。
「店主さん、これください」
「おや、ネネちゃん。まいどあり!」
私は、満面の笑みで会計を済ませた。
リュックの中では、林檎の甘い香りに気づいたルウが「もきゅーっ!」と歓喜の声を上げ、それにつられて他の園児たちもバッグの中で小躍りし始めた。
「ちょ、ちょっと! 暴れないで! 私、本当に転んじゃうからっ!!」
村の出口に向かう私の姿は、もはや荷物に足が生えて歩いているような状態だった。
村を抜け、夕暮れに染まる帰り道を、私は一歩一歩、噛みしめるように歩いた。
背中から伝わる、4毛玉分の重み。
ユキの冷たさ、ヒナの温かさ、ルウの柔らかさ、そして時折足元を這って私を支えてくれるヨルの影。
150cmの私の背中は、今、この世界の「幸福の重み」をすべて背負っているような気がした。
ふと見上げると、夕焼け空を従えた、4つの巨大な影が優雅に舞っていた。
ママたちが、仕事を終えて迎えに来てくれたのだ。
彼女たちは、重い荷物を背負ってフラフラと歩く私を、慈しみと尊敬の入り混じった眼差しで見つめていた。
「ただいま戻りました!」
保育園兼自宅に帰り着いた私は、リュックを降ろすと、そのまま床に大の字にひっくり返った。
「ふ、……ふぅ。……腰が、腰が折れるかと思った……」
リュックのジッパーが開くと、中から4つの毛玉たちが弾け飛ぶように飛び出してきた。
ユキは真っ先に私の顔を舐め、ヒナは買ってきた肉の包みをつつき、ルウは林檎を鼻先で転がし、ヨルは私の足首に絡みついて労ってくれる。
私は重い身体を引きずってキッチンへ立ち、買ってきたばかりの新鮮な食材を調理し始めた。
3つの毛玉たちには最高級の山羊乳を温め、ヒナには細かく刻んだ極上のヒレ肉を。
それから、皮を剥いたばかりの瑞々しい林檎を五等分する。
彼女たちのは「すりおろし林檎」に。
「……ん。黒パンも、こうして焼いて、林檎と一緒に食べれば最高のご馳走ね」
私は、固いパンをかじりながら、満足げに喉を鳴らす園児たちの姿を眺めた。
「わふぅ!」
自分の最高級ミルクを飲み干したばかりのユキが、座り込んで私をじっと見つめてくくる。
彼女の背後では、白銀の尻尾がプロペラのようにブンブンと激しく回転している。
それは彼女が最高潮の時、あるいは……「おねだり」をしている時のサインだ。
「えっ、ユキ? あなた、もうミルク飲んだでしょ? ……これ、ただの硬いパンよ? あなたの口には合わないわよ」
「わふんっ! ぐるぅ……(私にも一口ちょうだい!)」
ユキは私の膝に前足をかけ、私の顔のすぐ近くまで身を乗り出してきた。
尻尾の回転速度はさらに上がり、冷たい風がリビングに巻き起こる。
「だーめ。これは私の分。……こら、袖を引っ張らないの!」
私がパンを隠すように背中に回すと、ユキは「くぅぅ~ん……」と、昨日熱を出した時のような、あの反則級の甘え声を漏らした。
潤んだ瞳で私を見上げ、鼻先で私の頬をツンツンと突いてくる。
ぐぬぬぬ……っ! その手は卑怯よ!?
「……はぁ。もう、一口だけよ? 本当に硬いんだからね?」
私が観念してパンの端っこを小さくちぎり、差し出した。
ユキは待ってましたとばかりに、私の指ごと食べるような勢いで「ぱくり」と食いついた。
「もぐもぐ……わふぅ!」
よほど美味しかったのか、それとも「私と同じものを食べている」という事実が嬉しいのか、ユキは満足げに目を細め、私の胸元に頭を預けてゴロゴロと喉を鳴らし始めた。
それを見ていた他の園児たちも黙ってはいない。
ルウがすりおろし林檎を放り出して「もきゅ!(私も!)」と突撃し、
ヒナが肉を飲み込んで「ぴぃ!(ずるい!)」と飛びつき、
ヨルが影の中から「みゃ!(いただくわ!)」と触手を伸ばす。
「あああああ! もう、みんな来ないで! これは私の夕飯なの!!」
結局、私の夕飯であるはずの見切り品パンは、毛玉の略奪者たちに「ちびちび」と奪われ、私の口に入ったのは、ほんの欠片だけだった。
私は、お腹を上にして「もっとパン……」と寝言を言っている園児たちの真ん中で、幸せな溜息をついた。
窓の外では、ママたちが庭の「剛山象の花園」で静かに羽根を休めている。
今日も、平和な一日が終わる。
明日もまた、私は小さな身体を精一杯伸ばして、この世界で一番幸せな「お財布事情」と向き合っていくのだ。
満腹で寝落ちしたルウとヒナを、それぞれ母親たちの背にのっける。
彼女たちが帰っていくのを見送って、お泊まり組の毛玉たちと一緒にお風呂に入る。
しっかりと今日の疲れを温かいお湯で落としてから、ふかふかのベッドに潜り込んだ。
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◼️保育日誌:星暦9999年、深冬の月
●園児:【お泊まり組】ユキ、ヨル【通園組】ルウ、ヒナ
●出来事:ロアナ村への社会見学兼買い出し。
宝石の換金成功。園児たちの食糧を大量確保。
●特記事項:ヒナの鳴き声やユキの鼻先で危うくバレそうになるが、なんとか回避。
●園長のコメント:今回も無事に買い出し成功。黒パンの食べ過ぎで顎が……。
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私はペンを置くと、眠気でウトウトし始めたユキとヨルをそっと抱き寄せ、そのまま幸せな夢の中へと落ちていった。




